論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第32話「君が消えた30秒」

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 午後11時の相談所。

 透は携帯を見つめていた。

 美月からの連絡が途絶えて3日目。

 メッセージは既読にならない。

 電話も繋がらない。

「美月さん……」

 透は小さくつぶやく。

 心臓が痛む。

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第32話。

 透は何度もメッセージを送る。

『美月さん、大丈夫ですか?』

『返事をください』

『心配しています』

 でも既読にならない。透の手が震える。

「また失うのか……」

 透は机に突っ伏す。妹を失った時と同じ感覚。

 誰かが消える。手を伸ばしても届かない。

 透は目をこする。

 また、だ。

 最近視界が歪む。疲れているだけだ。

 そう自分に言い聞かせる。でも心臓が痛い。息が苦しい。

 透は立ち上がり窓を開ける。

 冷たい風が吹き込む。

 交差点に誰かが立っている気がした。

 でも、誰もいない。

 透は窓を閉める。

 その時、携帯が鳴った。

 透は飛びつく。でも画面には何も表示されない。着信音だけが鳴っている。

 あの日の着信音。

 透の心臓が止まる。

「雪……?」

 着信音が30秒だけ鳴り続ける。

 透は耳を塞ぐ。

「やめてくれ……」

 でも音は止まらない。

 透の視界が歪む。フラッシュバック。

 8年前の11月18日。

 透の携帯が鳴る。雪からの着信。

「お兄ちゃん、今から星見に行くね」

 雪の声が、弾んでいる。

「待って、今日は寒いから——」

 透は、言いかける。でも、雪は電話を切る。

 30秒の通話。

 それが、最後だった。

 透は、その30秒を何度も思い出す。

「待って」と言えなかった。

「行かないで」と言えなかった。

 ただ、電話を切られた。そして、雪は帰ってこなかった。

 透の視界が、戻る。

 着信音が、止まる。

 透は、床に座り込む。

「ごめん……雪……」

 透は、初めて声に出す。

「俺が、悪かった……」

 涙が、溢れる。

 透は、顔を覆う。

「美月さん……消えないでくれ……」

 透は、小さく祈る。

 でも、返事はない。

 ◆

 午前2時の相談所。

 透は、眠れず机に向かっていた。

 新しい手紙を開く。

 便箋には、丸い文字でこう書かれていた。

『大切な人が、消えました。

 連絡が取れません。

 また、失うのが怖いです。

 どうしたらいいですか?

 28歳・男性』

 透の手が、止まる。

 これは、俺のことだ。

 透はペンを取り、ノートに書き込む。

「喪失の恐怖をF、過去のトラウマをT、現在の不安をAとする。

 だが、この式には本質が欠けている。

 恐怖は、愛の裏返しだ」

 透の手が、震える。

 でも、今度は迷わない。

 透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。

『大切な人が、消えました。

 その恐怖は、分かります。

 私も、同じです。

 妹を失いました。

 そして今、大切な人の連絡が途絶えています。

 また、失うのが怖いです。

 でも、恐怖は、愛の裏返しです。

 あなたが怖いのは、その人を愛しているからです。

 失いたくないのは、その人が大切だからです。

 恐怖を、否定しないでください。

 恐怖を、受け入れてください。

 そして、待ってください。

 大切な人は、必ず戻ってきます。

 信じてください。

 私も、信じています。

 美月さんが、戻ってくることを。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れ、棚に置く。

 透は、初めて自分の本音を書いた。

 美月を、失いたくない。

 その感情が、初めて言葉になった。

 透は引き出しを開ける。

 星座図に、手を伸ばす。

 指先が震える。

 触れる。

 埃が、舞う。

 でも、開けない。

 まだ、開けない。

 透は星座図を閉じた。

 透は相談所を出て、交差点に立つ。

 五つの道。

 どれも、誰かが消えた道。

 風が、冷たく吹き抜ける。

 星空が、静かに輝いている。

 透は、小さく祈る。

「美月さん、戻ってきてくれ」

 でも、返事はない。

 風が、妹の声に変わる。

「お兄ちゃん、待ってて」

 透の視界が、歪む。

「待ってる……」

 透は、小さく言う。

 君が消えた30秒。

 それが、永遠に感じる。

 でも、透は待つ。

 美月が、戻ってくるまで。

(第32話完 次話へ続く)

 次回、透は「取り戻せないもの」を知る。
 そして、透の探求が——君の想像する「過去」が、暴かれ始める——。
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