論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第39話「最後の抱擁」

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 午後11時の相談所。

 透は、机に向かっていた。

 その時、ドアが開いた。

 美月が、入ってきた。

 最後に、会いに来た。

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第39話。

「美月さん……」

 透は、立ち上がる。

 美月は、涙を流している。

「藤原さん……最後に、会いに来ました」

 透の心臓が、止まる。

「最後……?」

 美月は、頷く。

「はい……もう、会えません」

 透は、美月に近づく。

「どうして……」

 美月は、顔を上げる。

「私……真実が分かったんです」

 美月の声が、震える。

「8年前の雪ちゃんと、3年前の雪ちゃんは……別の人でした」

 透は、息を呑む。

「別の……人?」

 美月は、頷く。

「はい……でも、8年前の雪ちゃんは……藤原さんの妹さんでした」

 透の視界が、歪む。

「妹を……知っていたんですか?」

 美月は、涙を拭う。

「はい……SNSで仲良くなって……星のイラストを一緒に描いてました」

「でも、ある日……雪ちゃんが消えて……」

 透の心臓が、痛む。

「8年前の11月18日……」

 美月は、頷く。

「はい……その日、雪ちゃんから最後のメッセージが来ました」

「『美月ちゃん、ありがとう。星、見に行くね』って……」

 透の涙が、溢れる。

「雪……」

 美月も、泣いている。

「私……雪ちゃんを止められなかったんです……」

「もっと早く気づいていれば……」

 透は、首を振る。

「美月さんのせいじゃありません」

 透は、美月を抱きしめる。

「俺も……止められなかった……」

 美月は、透の胸で泣く。

「ごめんね……」

 美月の「ごめんね」は、雪に向けた言葉。

 透も、涙を流す。

「ごめん……」

 透の「ごめん」も、雪に向けた言葉。

 二人は、抱き合ったまま、泣く。

 同じ人に、謝っている。

 雪に。

 でも、二人は違う罪を背負っている。

 透は、雪を止められなかった罪。

 美月は、雪を救えなかった罪。

 二人の「ごめん」が、交差する。

 時間が、止まる。

 でも、すぐに動き出す。

 美月は、透から離れる。

「藤原さん……これで、終わりです」

 透の心臓が、止まる。

「終わり……?」

 美月は、頷く。

「はい……私は、藤原さんの隣にいる資格がありません」

「雪ちゃんと繋がっていた私は……」

 透は、美月の手を取る。

「そんなことありません」

 美月は、首を振る。

「あります……私は、雪ちゃんを救えなかった……」

「だから、藤原さんを幸せにする資格がないんです」

 透は、強く言う。

「俺が決めます。美月さんが隣にいていいかどうかは」

 美月は、小さく笑う。

 でも、その笑顔が、悲しい。

「ありがとうございます……でも、私は決めました」

 美月は、透の手を離す。

「さようなら、藤原さん」

 美月は、踵を返す。

「美月さん!」

 透は、叫ぶ。

 でも、美月は振り返らない。

 ドアが、閉まる。

 透は、一人残される。

 透は、床に座り込む。

「美月さん……」

 透は、小さく呟く。

 心臓が、痛む。

 息が、苦しい。

 透は、涙を流す。

「また……失った……」

 透は、顔を覆う。

「雪……美月さん……」

 透は、二人の名前を呼ぶ。

 でも、返事はない。

 最後の抱擁。

 それが、別れだった。

 ◆

 午前2時の相談所。

 透は机に向かい、新しい手紙を開いた。

 便箋には、丸い文字でこう書かれていた。

『最後の別れを、しました。

 抱きしめて、泣きました。

 でも、相手は去りました。

 もう、会えないのでしょうか?

 30歳・男性』

 透の手が、止まる。

 これは、俺のことだ。

 透はペンを取り、ノートに書き込む。

「別れの痛みをP、抱擁の温もりをW、再会の希望をHとする。

 だが、この式には本質が欠けている。

 別れは、時に永遠だ」

 透の手が、震える。

 でも、今度は迷わない。

 透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。

『最後の別れを、しました。

 その痛みは、分かります。

 抱きしめて、泣きました。

 でも、相手は去りました。

 それは、残酷です。

 もう、会えないのでしょうか?

 分かりません。

 でも、別れは、時に永遠です。

 準備ができていなくても。

 心の準備ができていなくても。

 別れは、来ます。

 でも、抱擁の温もりは、残ります。

 涙の記憶は、残ります。

 愛は、残ります。

 それが、あなたの宝物です。

 私も、そう信じています。

 美月さんの温もりが、心に残っていることを。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れ、棚に置く。

 透は引き出しを開ける。

 星座図に、手を伸ばす。

 指先が震える。

 触れる。

 埃が、舞う。

 でも、開けない。

 まだ、開けない。

 透は星座図を閉じた。

 透は相談所を出て、交差点に立つ。

 五つの道。

 どれも、誰かが去った道。

 風が、冷たく吹き抜ける。

 星空が、静かに輝いている。

 透は、小さくつぶやく。

「最後の抱擁」

 それが、別れだった。

 でも、温もりは残る。

 美月の温もりが。

 透は、胸に手を当てる。

 心臓が、まだ痛む。

 でも、温かい。

 美月の温もりが、まだ残っている。

 透は、小さく笑う。

「ありがとう、美月さん」

 透は、星を見上げる。

 星が、揺れている。

 いや、透の視界が揺れているのだ。

 涙で。

 でも、今度は違う。

 悲しみだけじゃない。

 感謝も、混ざっている。

(第39話完 次話へ続く)

 次回、透は「眠れないまま朝を迎えて」真実を知る。
 そして、透の心が——君の想像する「赦し」が、訪れる——。
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