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第13話:趣味のオフ会で、君の本を貸した
しおりを挟む人見知りだった。
大学まで、図書館が家だと言っても過言ではなかった。友達も少なく、休日は本を読むか、ひたすら読むか。そのどちらかだった。
だが、オフ会というものに参加してみたかった。
本を読んでいる人と、話してみたい。同じ作家を好きな人と、会ってみたい。
そう思って、SNSで「読書オフ会」を探した。
カフェの一角。テーブルが三つ。十人ほどが集まっていた。
みんな、本を持っていた。
「初めまして。今日はよろしくお願いします」
主催者が言った。
そこから、一人ずつ自己紹介。持ってきた本の紹介。
やがて、僕の番が来た。
「藤崎詩織(ふじさきしおり)です。この本が好きで……」
手に持っていたのは、古い文庫本。何度も読み返して、背が傷み、ページが折れている。
「村上春樹の『ノルウェイの森』です」
その時。
左隣から、「あ」という声が聞こえた。
目を上げると、眼鏡をかけた青年が、同じ本を持っていた。
「す、すみません。同じ本だったので」
彼は、照れながら言った。
「あ、はい」
自己紹介が一巡した後。
フリートークの時間になった。
彼が、僕の方に来た。
「さっき『ノルウェイの森』を持ってる人がいて、嬉しくて。僕も『ノルウェイの森』が一番好きなんです」
「本当ですか? 私も。何度読んでも……」
「新しい発見がありますよね」
そこから、話が止まらなかった。
好きなシーン。心に残った台詞。登場人物の気持ち。
彼の名前は宗介(そうすけ)。出版社で働いているらしい。月に十冊は読むと言った。
「詩織さんは、他にどんな本が好きですか?」
「川上未映子とか。あと海外だと、サリンジャーとか」
「いいですね。僕も好きです」
オフ会が終わり、みんなが帰ろうとしていた時。
宗介が、僕に言った。
「よかったら、今度も一緒にオフ会来ませんか?」
「はい。ぜひ」
「それまでに、おすすめの本があれば、貸し合いませんか?」
その言葉に、僕の心が高鳴った。
本を貸し借りする。それは、単なる貸し借りではなく、心を貸し借りすることのような気がした。
「いいんですか?」
「もちろん。詩織さんのおすすめが知りたいです」
鞄から、一冊の本を取り出した。
小川洋子の『博士の愛した数式』。
何度も読み返した、大切な一冊。
「これ、よかったら」
宗介は、目を輝かせた。
「読んだことないです。ありがとうございます」
「丁寧に扱ってくださいね」
「もちろん。大切に読みます」
宗介も、一冊の本を貸してくれた。
カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。
「これ、泣けますよ」
「楽しみです」
家に帰って、そのすぐに、宗介の本を読み始めた。
ページをめくるたびに、彼のことを考えた。
(彼も、今頃、僕の本を読んでるのかな)
その夜。
メールが来た。
「今日はありがとうございました。帰りの電車で、早速読み始めました。とても素敵な本ですね」
嬉しくて、何度も読み返した。
返信を作った。
「こちらこそ、楽しかったです。宗介さんの本も読んでます。確かに泣けますね」
そこから、メールが続いた。
本の感想。仕事の話。日常の話。
二週間後。
次のオフ会で、再会した。
宗介が、本を返してくれた。
「すごくよかった。何度も読み直しました」
本を受け取ると、付箋がたくさん貼ってあった。
宗介の感想が書かれている。
丁寧な字。的確な分析。深い洞察。
「こんなに真剣に読んでくれたんですね」
「大切な本だってわかりましたから」
その言葉が、胸に刺さった。
オフ会が終わった後。
宗介が提案した。
「二人でカフェ、行きませんか?」
別の場所のカフェ。
二人きりになった時。
宗介が言った。
「実は、言いたいことがあって」
「?」
「この本を貸してくれた時から、思ってたんです」
宗介は、その本を持ってきていた。
「詩織さんの『博士の愛した数式』を読んでいて、気づきました」
「何に?」
「詩織さんの心が、この本に詰まってるって」
宗介の目が、僕を見つめていた。
「だから、本を通してじゃなく、直接、詩織さんのことを知りたい。詩織さんの本棚を全部知りたい。詩織さんの心を全部知りたい」
涙が出そうになった。
「私も」
僕は、小さく言った。
「宗介さんの心が、『わたしを離さないで』に詰まってるって、気づきました」
「本当ですか?」
「はい」
二人で手を繋いだ。
本を持つ手。ページをめくる手。だが、今は、相手の手を握る手になっていた。
「これからも、一緒に本を読みますか?」
宗介が聞いた。
「ずっと」
僕は答えた。
本が繋いだ二人。その恋は、ページをめくるたびに、深まっていくんだと思った。
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