【告白短編集】~どこにでもある日常の中に、最高の愛が隠れている~

月下花音

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第17話:バンド練習で、君の歌声をハモった

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YouTubeで見た映像。

一度だけ。

その映像が、僕の人生を変えた。



ボーカルの名前は麻衣。

透き通った声で歌う彼女の姿が、画面に映っていた。

その映像を、何度も見返した。

「この人に会いたい」

そう思うようになっていた。



軽音サークルに誘われた時。

僕は迷わず「いきます」と答えた。

友人は理由を聞かなかった。だが、僕は知っていた。

この決断は、YouTubeの映像のせいだ。




軽音サークルの初日。

スタジオに入ると、本当に彼女がいた。

麻衣。

YouTube映像そのままの、透き通った声を持つ女性。

彼女は僕に気づくと、笑顔で聞いてきた。

「ギターできますか?」

「あ、はい。ちょっと」

正直に答えた。

彼女の前では、嘘をつく気力がなかった。

「よろしくね」

麻衣が手を差し出す。

握手をした。

その瞬間、心臓が激しく跳ねた。




練習は週に三回。

毎回、同じスタジオで、同じメンバーで。

だが、全てが違っていた。

麻衣の歌声だけに、僕の意識が集中する。

ギターコードを間違えそうになる。

ドラムの友達に笑われた。

「お前、麻衣のこと好きだろ。演奏中ずっと見てるし」

「違う」

否定した。

だが、嘘だった。




チャンスは、突然来た。

ある日の練習で、麻衣が言った。

「新曲でハモリ入れたいんだけど。誰かできる人いない?」

メンバーが顔を見合わせた。

ハモリは難しい。音程を外すと、台無しになる。

その時、僕の手が勝手に上がっていた。

「僕、やります」

気づいたら、手を挙げていた。

麻衣が嬉しそうに笑った。

「ありがとう。じゃあ二人で練習しよう」




それから、毎回練習前に、麻衣と二人きりで歌うようになった。

小さな部屋。向かい合って。

麻衣がメロディーを歌う。

その声は、YouTube映像を遥かに超えていた。

生の声。呼吸を含んだ、温かな声。

僕はハモリを乗せた。

最初は、完全にズレていた。

「もうちょっと高く。ここ、サビの前なので、上昇感をください」

麻衣が優しく指導する。

その指導の声も、美しかった。

「そうそう。いい感じ」

何度も繰り返した。

「もう一回。今度はブリッジから」

麻衣の声が、音階を上昇させていく。

僕のハモリが、その声に寄り添う。




ある瞬間。

二つの声が「完全に」重なった。

麻衣の声と、僕の声が、完璧に融合する瞬間。

その瞬間、僕は気づかされた。

「これが、恋だ」

何度も何度も、その瞬間を求めて、歌った。




ライブまで、三週間。

毎回、練習前に、麻衣と二人きりで、ハモリの練習をした。

ある日、麻衣が言った。

「あなたのハモリ、上手くなってきましたね」

「麻衣さんのおかげです」

「そんなことない。あなたが、本気で聞いてくれるから。だから歌いやすい」

その言葉に、僕の世界が、また変わった。

彼女は、僕の存在を、しっかり感じてくれていたんだ。




ライブ当日。

満員のライブハウス。

スポットライトに照らされた麻衣。彼女の肌が、金色に輝いている。

オープニング。ドラムが、リズムを刻む。ベースが、低音を響かせる。

麻衣が歌う。

その声が、二千人の観客を静寂に変える。

サビへ向かっていく。

その瞬間だ。

僕の声を、その声に重ねた。

完璧に。

会場が、一瞬静まる。

マイクを通じて広がる、二つの声が、一つになって、空間を満たす。

観客たちが、息を止めている。

二つの声が織りなす調和が、金色のステージライトの下で、極致に達する。

曲が終わった。

爆発的な拍手。

麻衣が振り返って、僕を見た。

彼女の目が、潤んでいる。

涙をこぼしながら、彼女は微笑んでいた。



ライブ後、楽屋。

メンバーが次々と来て、握手をしてくれた。

全員が去った後、麻衣と二人になった。

彼女は、僕の前に立った。

「ありがとう」

小さな声で、そう言った。

「何ですか?」

「あの、ハモリ。完璧だった。あなたがいるから、僕は、自分の歌に集中できた」

麻衣の声が、震えている。

「実は、言いたいことがあって」

彼女の目が、僕の目を真っ直ぐ見つめた。

「この声。ずっと君とハモりたい」

時間が止まった。

「音楽だけじゃなくて。人生でも。君と一緒に歌い続けたい」

僕は答えた。

「僕も。麻衣の声が好きだった。でも、それ以上に、麻衣さん自身のことが好きになりました」

麻衣の目から、涙がこぼれた。

「私も……ずっと好きだった」

その言葉と同時に、彼女は僕に抱きついた。




ライブハウスを出た時、二人は手を繋いでいた。

夜の街。ネオンの光が、二人の顔を彩っている。

「これからも、一緒に歌いますか?」

麻衣が、そっと聞いた。

「ずっと。一生」

「本当ですか?」

「本当です。麻衣さんの声と、僕の声。二つが重なる瞬間が、世界で一番美しい。だから、ずっと、その瞬間を一緒に作っていたい」

麻衣は、笑った。

心から、喜びに満ちた笑顔。

彼女は、僕の腕に、そっともたれかかった。




二人は、ライブハウスから夜の街へ。

君の声と僕の声が重なるこの感覚をずっと。

手を繋ぎながら。
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