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第2章 女たちのホワイトデー_姉編
第3話:愛は胃袋で消化される
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唐草模様が解かれると、中から現れたのは、巨大な茶色の塊だった。
ラップに包まれた、直径30センチのハート型クッキー。
いや、クッキーというよりは、土偶の顔のような迫力がある。
厚みも3センチはある。
チョコチップが黒い斑点のように見えて、正直、グロテスクですらある。
「…………」
場が静まり返った。
女子マネージャーの一人が「えっ」と小さな声を漏らした。
「なにこれ……」
「岩……?」
恥ずかしさで死にたい。
穴があったら入りたいし、なんならこのクッキーの下敷きになって圧死したい。
やっぱり、サイズを間違えた。
せめて15センチにしておくべきだった。
いや、ハート型じゃなくて、普通の丸型にすればよかった。
私は俯いて、ハルの反応を待った。
「すげえw」って笑われるか。
「食えねーよこんなの」って引かれるか。
「……っはははは!」
ハルが、爆笑した。
豪快な、お腹の底からの笑い声。
「すっげえ! 何これ! 盾?」
「……食べる盾よ」
「強そう! これ食ったら当たり負けしなさそうだな!」
ハルは、クッキーを持ち上げて、太陽に透かすように掲げた。
クッキーは光を遮断して、巨大な影をハルの顔に落としている。
「うまそー。いい匂いするわ」
「え……」
「これ、今食っていい?」
「は? いや、無理でしょ。そんな量……」
「食うよ。腹ペコだもん」
ハルは言うが早いか、ラップをバリバリと破り捨てた。
そして、その巨大な円盤の端っこに、ガブッとかぶりついた。
ボリッ!!
凄まじい音がした。
岩を砕くような音だ。
「かたっ!」とハルが言う。
「お前、これ何入れた? セメント?」
「……小麦粉と、愛よ」
「愛、硬すぎだろ!」
ハルは笑いながら、ボリボリと咀嚼した。
口の周りに粉をつけて、リスみたいに頬を膨らませて。
「ん、でも味はうめー。バターめっちゃ効いてる」
「……そりゃそうよ、致死量入ってるもの」
ハルは、二口、三口と食べ進める。
周りの女子たちが、呆気に取られて見ている。
あんな「可愛くない」「おしゃれじゃない」物体を、学園のアイドルのハルが、嬉しそうに食べている。
その光景が、私の中の劣等感を少しずつ溶かしていく。
「……ねえ」
ハルが、クッキーを半分くらい(!)食べたところで、口を止めた。
「お前さ、あんなちっこいプロテインバーで、誤魔化したと思ってたろ」
心臓が跳ねた。
「……何のこと?」
「バレンタイン。みんなチョコなのに、お前だけプロテインバー。……あれ、俺に気ぃ使ったんだろ」
見抜かれていた。
この人は、ガサツに見えて、そういうところは妙に鋭い。
「別に……ハルは質より実益かと思って」
「バカか。俺だって、彼女からのチョコは特別なんだよ」
ハルは、残り半分のクッキーを見つめた。
「だから、これ。めっちゃ嬉しいわ」
「……こんな、可愛くない岩なのに?」
「だからいいんじゃん。おしゃれなマカロンとか、俺のガラじゃねーし。こういう『質実剛健』なのが、一番俺っぽい」
「質実剛健って……褒めてないでしょそれ」
「褒めてるよ。『お前っぽい』ってこと」
ハルは、私の目を見て、ニカっと笑った。
「重たくて、硬くて、高カロリー。……最高じゃん」
その言葉に、私は力が抜けた。
重たい。
硬い。
高カロリー。
全部、私がコンプレックスに思っていた「私の愛」の特徴だ。
それを「最高」と言って、飲み込んでくれる。
「……胃もたれしても知らないから」
「そん時は介抱しろよな」
ハルは、残りの半分をまた齧り始めた。
「あー、喉渇く。水!」
マネージャーが慌ててスポーツドリンクを渡す。
ハルはそれを一気に飲み干して、またクッキーに挑む。
周りの女子たちが、苦笑いしながら散っていくのが見えた。
「あんなの、勝てないよねー」
「胃袋の強度が違うわ」
そんな囁きが聞こえて、私は少しだけ胸を張った。
そうよ。
このカロリーを受け止められるのは、あんたたちじゃない。
私のハルだけよ。
結局、ハルはその場で巨大クッキーを完食した。
「うっぷ……さすがにキツイわ」と腹をさすっている。
ジャージの上からでも分かるくらい、お腹が少し出ている気がする。
「……馬鹿じゃないの。取っとけばいいのに」
「残したら、お前『私の愛が重かったんだ』とか言って落ち込むだろ?」
「……うるさい」
図星だ。
この人は、本当に私の扱いを分かっている。
「で? お返しは?」
私が手を出すと、ハルはジャージのポケットから、くしゃくしゃになった紙を取り出した。
「あ、忘れてた。これ」
渡されたのは、遊園地のペアチケットだった。
しかも、週末の日付指定。
「……これ」
「ホワイトデー。クッキーじゃ勝てねーから、体験で返すわ」
「……ベタね」
「うるせー。お前、行きたがってたじゃん」
私は、チケットを握りしめた。
くしゃくしゃなのが、ハルらしい。
私のクッキーよりも、ずっとスマートじゃないお返し。
でも、私にはこれで十分だ。
「……絶対行く。雨でも行く」
「雨ならやめようぜ……」
ハルの隣に並んで、部室の壁にもたれる。
胃の中には、私が作った大量のバターと砂糖。
私の手の中には、ハルがくれた週末の約束。
重たい愛は、ハルの胃袋の中に収まって、消化されて、ハルのエネルギーになる。
「……ねえ、キスしていい?」
「は? ここで? みんな見てるぞ」
「いいじゃん、どうせ口の中、バター臭いんでしょ」
「最悪だなそれ」
文句を言いながら、ハルは顔を近づけてくれた。
唇が触れると、甘くて、少ししょっぱい味がした。
私のクッキーと、ハルの汗の味。
やっぱり、重たくて、胃もたれしそうな恋だ。
でも、悪くない。
私はハルの、少し張ったお腹を撫でながら、そう思った。
(了)
ラップに包まれた、直径30センチのハート型クッキー。
いや、クッキーというよりは、土偶の顔のような迫力がある。
厚みも3センチはある。
チョコチップが黒い斑点のように見えて、正直、グロテスクですらある。
「…………」
場が静まり返った。
女子マネージャーの一人が「えっ」と小さな声を漏らした。
「なにこれ……」
「岩……?」
恥ずかしさで死にたい。
穴があったら入りたいし、なんならこのクッキーの下敷きになって圧死したい。
やっぱり、サイズを間違えた。
せめて15センチにしておくべきだった。
いや、ハート型じゃなくて、普通の丸型にすればよかった。
私は俯いて、ハルの反応を待った。
「すげえw」って笑われるか。
「食えねーよこんなの」って引かれるか。
「……っはははは!」
ハルが、爆笑した。
豪快な、お腹の底からの笑い声。
「すっげえ! 何これ! 盾?」
「……食べる盾よ」
「強そう! これ食ったら当たり負けしなさそうだな!」
ハルは、クッキーを持ち上げて、太陽に透かすように掲げた。
クッキーは光を遮断して、巨大な影をハルの顔に落としている。
「うまそー。いい匂いするわ」
「え……」
「これ、今食っていい?」
「は? いや、無理でしょ。そんな量……」
「食うよ。腹ペコだもん」
ハルは言うが早いか、ラップをバリバリと破り捨てた。
そして、その巨大な円盤の端っこに、ガブッとかぶりついた。
ボリッ!!
凄まじい音がした。
岩を砕くような音だ。
「かたっ!」とハルが言う。
「お前、これ何入れた? セメント?」
「……小麦粉と、愛よ」
「愛、硬すぎだろ!」
ハルは笑いながら、ボリボリと咀嚼した。
口の周りに粉をつけて、リスみたいに頬を膨らませて。
「ん、でも味はうめー。バターめっちゃ効いてる」
「……そりゃそうよ、致死量入ってるもの」
ハルは、二口、三口と食べ進める。
周りの女子たちが、呆気に取られて見ている。
あんな「可愛くない」「おしゃれじゃない」物体を、学園のアイドルのハルが、嬉しそうに食べている。
その光景が、私の中の劣等感を少しずつ溶かしていく。
「……ねえ」
ハルが、クッキーを半分くらい(!)食べたところで、口を止めた。
「お前さ、あんなちっこいプロテインバーで、誤魔化したと思ってたろ」
心臓が跳ねた。
「……何のこと?」
「バレンタイン。みんなチョコなのに、お前だけプロテインバー。……あれ、俺に気ぃ使ったんだろ」
見抜かれていた。
この人は、ガサツに見えて、そういうところは妙に鋭い。
「別に……ハルは質より実益かと思って」
「バカか。俺だって、彼女からのチョコは特別なんだよ」
ハルは、残り半分のクッキーを見つめた。
「だから、これ。めっちゃ嬉しいわ」
「……こんな、可愛くない岩なのに?」
「だからいいんじゃん。おしゃれなマカロンとか、俺のガラじゃねーし。こういう『質実剛健』なのが、一番俺っぽい」
「質実剛健って……褒めてないでしょそれ」
「褒めてるよ。『お前っぽい』ってこと」
ハルは、私の目を見て、ニカっと笑った。
「重たくて、硬くて、高カロリー。……最高じゃん」
その言葉に、私は力が抜けた。
重たい。
硬い。
高カロリー。
全部、私がコンプレックスに思っていた「私の愛」の特徴だ。
それを「最高」と言って、飲み込んでくれる。
「……胃もたれしても知らないから」
「そん時は介抱しろよな」
ハルは、残りの半分をまた齧り始めた。
「あー、喉渇く。水!」
マネージャーが慌ててスポーツドリンクを渡す。
ハルはそれを一気に飲み干して、またクッキーに挑む。
周りの女子たちが、苦笑いしながら散っていくのが見えた。
「あんなの、勝てないよねー」
「胃袋の強度が違うわ」
そんな囁きが聞こえて、私は少しだけ胸を張った。
そうよ。
このカロリーを受け止められるのは、あんたたちじゃない。
私のハルだけよ。
結局、ハルはその場で巨大クッキーを完食した。
「うっぷ……さすがにキツイわ」と腹をさすっている。
ジャージの上からでも分かるくらい、お腹が少し出ている気がする。
「……馬鹿じゃないの。取っとけばいいのに」
「残したら、お前『私の愛が重かったんだ』とか言って落ち込むだろ?」
「……うるさい」
図星だ。
この人は、本当に私の扱いを分かっている。
「で? お返しは?」
私が手を出すと、ハルはジャージのポケットから、くしゃくしゃになった紙を取り出した。
「あ、忘れてた。これ」
渡されたのは、遊園地のペアチケットだった。
しかも、週末の日付指定。
「……これ」
「ホワイトデー。クッキーじゃ勝てねーから、体験で返すわ」
「……ベタね」
「うるせー。お前、行きたがってたじゃん」
私は、チケットを握りしめた。
くしゃくしゃなのが、ハルらしい。
私のクッキーよりも、ずっとスマートじゃないお返し。
でも、私にはこれで十分だ。
「……絶対行く。雨でも行く」
「雨ならやめようぜ……」
ハルの隣に並んで、部室の壁にもたれる。
胃の中には、私が作った大量のバターと砂糖。
私の手の中には、ハルがくれた週末の約束。
重たい愛は、ハルの胃袋の中に収まって、消化されて、ハルのエネルギーになる。
「……ねえ、キスしていい?」
「は? ここで? みんな見てるぞ」
「いいじゃん、どうせ口の中、バター臭いんでしょ」
「最悪だなそれ」
文句を言いながら、ハルは顔を近づけてくれた。
唇が触れると、甘くて、少ししょっぱい味がした。
私のクッキーと、ハルの汗の味。
やっぱり、重たくて、胃もたれしそうな恋だ。
でも、悪くない。
私はハルの、少し張ったお腹を撫でながら、そう思った。
(了)
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