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第2章 女たちのホワイトデー_姉編
第2話:鈍器の運搬と周囲の視線
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3月14日、大学のキャンパス。
私は、昨夜焼き上がった「鈍器」を抱えて歩いていた。
ラッピングは、風呂敷だ。
百均の可愛いビニール袋には入りきらなかったし、プレゼント用の箱なんて論外だった。
結果、家にあった唐草模様の風呂敷に包むことになった。
どう見ても、これから泥棒稼業に行くか、おばあちゃんにお弁当を届けに行く人だ。
「……見られてる」
すれ違う学生たちが、チラチラと私の腕の中を見る。
「何あれ」「でか」「座布団?」
ひそひそ話が聞こえる。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
でも、この恥ずかしさこそが「愛の代償」だと自分に言い聞かせて、私はラグビー部の部室棟へ向かった。
部室棟の裏手。
ここなら人目につかないだろうと思って呼び出したのに、そこには先客がいた。
「ハル先輩! これ、食べてください!」
「おー、サンキュ! うまそー」
ハルだ。
そして、その周りを取り囲む、キラキラした女子たち。
1年生のマネージャーや、他のお目当ての女子部員たちだ。
彼女たちは、小さな手作りクッキーや、おしゃれなマカロンを渡している。
「先輩、昨日結局チョコ全部食べたんですか?」
「おう、全部食ったぞ。鼻血出るかと思ったわ」
「えー! すごーい!」
キャハハ、と黄色い声が弾ける。
ハルは、ジャージ姿で仁王立ちして、その中心でガハハと笑っている。
……太陽だ。
あそこだけ、重力が違うみたいに明るい。
私は、建物の陰から出られなくなった。
風呂敷に包まれた鈍器が、急にただの「異物」に思えてきた。
あんなキラキラした空間に、これを持ち込むの?
唐草模様の風呂敷を?
直径30センチの、カロリーの塊を?
「ネタ」として笑われるのがオチじゃないか。
「うわ、お姉さんマジっすかw」って、周りのマネージャーに引かれるのがオチじゃないか。
(……帰ろうかな)
プロテインバーの時と同じだ。
私はまた、勝負の土俵から降りようとしている。
「付き合ってる」という事実があるのに、なんでこんなに自信がないんだろう。
いや、「付き合ってる」からこそ、怖いのだ。
「やっぱり違った」「合わない」「重い」
そう言われて、この関係が終わるのが。
私は、踵を返そうとした。
その時。
「あ、いた!」
ハルの声がした。
ビクッとして振り返ると、ハルが他の女子たちの頭越しに、私を見つけて手を振っていた。
目が、合った。
「こっちこっち! おーい!」
ハルが、手招きしている。
周りの女子たちの視線が一斉に私に集まる。
「え、誰?」「彼女?」
値踏みするような視線。
好奇心の視線。
逃げられない。
ここで逃げたら、私は一生、妹に偉そうな口をきけなくなる。
「愛の大きさはカロリー」とか言った手前、このカロリー爆弾を不発弾にするわけにはいかないのだ。
私は、深呼吸をした。
腹を括れ。
私は、重い女だ。
面倒くさい、理屈っぽい、可愛くない女だ。
それを知ってて付き合ってるんだから、ハルにも責任を取ってもらおう。
私は、風呂敷を抱え直して、ズカズカと歩き出した。
まるで、敵陣にトライを決めるような気持ちで。
キラキラ女子たちの視線の海を割って、ハルの前まで進む。
「……待たせたわね」
声が裏返りそうになるのを、必死で抑えた。
ハルは、私の腕の中の風呂敷を見て、目を丸くした。
「え、何それ。弁当?」
「違うわよ」
私は、意を決して、ハルの目の前に風呂敷を突き出した。
ドスン、という重量感が空気を震わせる。
「ホワイトデーよ。……受け取りなさい」
周りの空気が、一瞬止まった。
唐草模様の風呂敷。
中身の想像がつかないサイズ感。
そして、私の悲壮な顔。
ハルは、ポカンとしていたが、すぐにニッと笑った。
「マジで? 俺に?」
「他に誰がいるのよ」
「やった! 腹減ってたんだよなー」
ハルは、風呂敷を受け取った。
「お、っも!」
腕が沈む。
そりゃそうだ。バターだけで1ポンド近く入ってる。
「中身、何? 漬物石?」
「開けてみれば分かるわよ」
「じゃあ、失礼して」
ハルが、風呂敷の結び目に手をかけた。
周りの女子たちが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。
私の心臓は、この風呂敷の中身みたいに、とっくに焼き切れていた。
出てこい、私の凶器。
私の、隠しきれない重たい愛。
世界に晒されろ。
私は、昨夜焼き上がった「鈍器」を抱えて歩いていた。
ラッピングは、風呂敷だ。
百均の可愛いビニール袋には入りきらなかったし、プレゼント用の箱なんて論外だった。
結果、家にあった唐草模様の風呂敷に包むことになった。
どう見ても、これから泥棒稼業に行くか、おばあちゃんにお弁当を届けに行く人だ。
「……見られてる」
すれ違う学生たちが、チラチラと私の腕の中を見る。
「何あれ」「でか」「座布団?」
ひそひそ話が聞こえる。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
でも、この恥ずかしさこそが「愛の代償」だと自分に言い聞かせて、私はラグビー部の部室棟へ向かった。
部室棟の裏手。
ここなら人目につかないだろうと思って呼び出したのに、そこには先客がいた。
「ハル先輩! これ、食べてください!」
「おー、サンキュ! うまそー」
ハルだ。
そして、その周りを取り囲む、キラキラした女子たち。
1年生のマネージャーや、他のお目当ての女子部員たちだ。
彼女たちは、小さな手作りクッキーや、おしゃれなマカロンを渡している。
「先輩、昨日結局チョコ全部食べたんですか?」
「おう、全部食ったぞ。鼻血出るかと思ったわ」
「えー! すごーい!」
キャハハ、と黄色い声が弾ける。
ハルは、ジャージ姿で仁王立ちして、その中心でガハハと笑っている。
……太陽だ。
あそこだけ、重力が違うみたいに明るい。
私は、建物の陰から出られなくなった。
風呂敷に包まれた鈍器が、急にただの「異物」に思えてきた。
あんなキラキラした空間に、これを持ち込むの?
唐草模様の風呂敷を?
直径30センチの、カロリーの塊を?
「ネタ」として笑われるのがオチじゃないか。
「うわ、お姉さんマジっすかw」って、周りのマネージャーに引かれるのがオチじゃないか。
(……帰ろうかな)
プロテインバーの時と同じだ。
私はまた、勝負の土俵から降りようとしている。
「付き合ってる」という事実があるのに、なんでこんなに自信がないんだろう。
いや、「付き合ってる」からこそ、怖いのだ。
「やっぱり違った」「合わない」「重い」
そう言われて、この関係が終わるのが。
私は、踵を返そうとした。
その時。
「あ、いた!」
ハルの声がした。
ビクッとして振り返ると、ハルが他の女子たちの頭越しに、私を見つけて手を振っていた。
目が、合った。
「こっちこっち! おーい!」
ハルが、手招きしている。
周りの女子たちの視線が一斉に私に集まる。
「え、誰?」「彼女?」
値踏みするような視線。
好奇心の視線。
逃げられない。
ここで逃げたら、私は一生、妹に偉そうな口をきけなくなる。
「愛の大きさはカロリー」とか言った手前、このカロリー爆弾を不発弾にするわけにはいかないのだ。
私は、深呼吸をした。
腹を括れ。
私は、重い女だ。
面倒くさい、理屈っぽい、可愛くない女だ。
それを知ってて付き合ってるんだから、ハルにも責任を取ってもらおう。
私は、風呂敷を抱え直して、ズカズカと歩き出した。
まるで、敵陣にトライを決めるような気持ちで。
キラキラ女子たちの視線の海を割って、ハルの前まで進む。
「……待たせたわね」
声が裏返りそうになるのを、必死で抑えた。
ハルは、私の腕の中の風呂敷を見て、目を丸くした。
「え、何それ。弁当?」
「違うわよ」
私は、意を決して、ハルの目の前に風呂敷を突き出した。
ドスン、という重量感が空気を震わせる。
「ホワイトデーよ。……受け取りなさい」
周りの空気が、一瞬止まった。
唐草模様の風呂敷。
中身の想像がつかないサイズ感。
そして、私の悲壮な顔。
ハルは、ポカンとしていたが、すぐにニッと笑った。
「マジで? 俺に?」
「他に誰がいるのよ」
「やった! 腹減ってたんだよなー」
ハルは、風呂敷を受け取った。
「お、っも!」
腕が沈む。
そりゃそうだ。バターだけで1ポンド近く入ってる。
「中身、何? 漬物石?」
「開けてみれば分かるわよ」
「じゃあ、失礼して」
ハルが、風呂敷の結び目に手をかけた。
周りの女子たちが、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がした。
私の心臓は、この風呂敷の中身みたいに、とっくに焼き切れていた。
出てこい、私の凶器。
私の、隠しきれない重たい愛。
世界に晒されろ。
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