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第2章 女たちのホワイトデー_姉編
第1話:深夜のカロリー計算
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「お姉ちゃん、それ、本当に焼けるの?」
妹が、私の手にある直径30センチの生地を見て、ドン引きしている。
当たり前だ。私も引いている。
レシピ本の分量を5倍にしたら、ボールが溢れそうになった。
バターの量は、もはや血管を詰まらせるレベルだ。
「失礼ね。これは『愛の重量』よ」
私は妹に、いつものようにドヤ顔で嘯いた。
「彼女は肉体派だから、即座にエネルギーに変わるカロリーが必要なのよ」
もっともらしい理屈を並べる。
妹は「物理的に重すぎて引かれる」と呆れているけれど、私は内心、冷や汗をかいていた。
(引かれる? 上等よ)
私はゴムベラを強く握りしめた。
引かれた方がマシだ。
「重い」って言われて、苦笑いされた方がマシだ。
「可愛いクッキーだね、ありがとう」なんて、社交辞令みたいな笑顔で受け取られるより、ずっといい。
私の恋人、ハルは、女子ラグビー部のエースだ。
身長175センチ。短く刈り込んだ髪に、笑うとくしゃっとなる目尻。
練習着から覗く二の腕の筋肉は、惚れ惚れするほど逞しい。
そして、モテる。
死ぬほどモテる。
女子からキャーキャー言われるのは日常茶飯事だし、男子からも「アニキ」的なノリで慕われている。
バレンタインの日、彼女の下駄箱もロッカーも、チョコで埋め尽くされていたのを知っている。
手作り、高級ブランド、友チョコ、本命チョコ。
色とりどりの「好意」の山。
その中で、私があげたのは、コンビニのプロテインバー1本だった。
「練習後、お腹空くでしょ」って、ぶっきらぼうに渡した。
彼女は「おー、助かる!」って笑って、その場でバリバリ食べた。
……違うのよ。
本当は、私も可愛いチョコをあげたかった。
でも、あの大量のチョコの山を見たら、怖くなったのだ。
私が手作りなんて渡したら、あの「有象無象のファン」の中に埋もれてしまうんじゃないか。
あるいは、逆に「彼女面」しているのが透けて見えて、ウザがられるんじゃないか。
だから、プロテインバーなんていう「気の置けない友達」みたいな顔をして逃げた。
妹のことを「チキった」と笑ったけれど、私だって同じだ。
いや、妹の方がまだマシだ。あの子は「好き」って言葉にできないだけ。
私は「付き合ってる」という事実に胡坐をかいて、傷つくのを恐れて、安全圏から愛を確認しようとしている。
「よし、焼くわよ」
私はオーブンの天板に、巨大な心臓(ハート)を乗せた。
重い。ずっしりと手首にくる。
この重さが、安心感だ。
普通の「可愛いクッキー」なら、彼女は一口で食べて忘れてしまうかもしれない。
でも、この化け物みたいなクッキーなら。
食べるのに時間がかかる。
顎が疲れる。
胃がもたれる。
翌日まで胸焼けが残るかもしれない。
その間ずっと、彼女の身体は、私の作ったもので占拠されるのだ。
「あー、あのクッキー重かったな」って、私のことを思い出さざるを得なくなる。
歪んでる。分かってる。
でも、モテる恋人を持つと、人間なんて簡単に歪むものなのよ。
「うじうじしてても始まらないし」
妹を励ます言葉は、そのまま自分へのブーメランだ。
私はオーブンのスタートボタンを押した。
ブォォォン、と重苦しい音が響く。
隣では妹が、泥団子みたいなチョコを作っている。
不器用で、いびつで、でも一生懸命な泥団子。
……正直、あっちの方が愛が詰まってる気がして、ちょっと羨ましかった。
「……焦げないでよ、私の分身」
オーブンの窓に映る自分の顔は、バターでテカって、ひどく必死な形相をしていた。
可愛げのかけらもない。
でも、これが等身大の私だ。
可愛くなれないなら、せめて「質量」で勝負するしかない。
私は、焼き上がるまでの30分間、オーブンの前から動けなかった。
妹が、私の手にある直径30センチの生地を見て、ドン引きしている。
当たり前だ。私も引いている。
レシピ本の分量を5倍にしたら、ボールが溢れそうになった。
バターの量は、もはや血管を詰まらせるレベルだ。
「失礼ね。これは『愛の重量』よ」
私は妹に、いつものようにドヤ顔で嘯いた。
「彼女は肉体派だから、即座にエネルギーに変わるカロリーが必要なのよ」
もっともらしい理屈を並べる。
妹は「物理的に重すぎて引かれる」と呆れているけれど、私は内心、冷や汗をかいていた。
(引かれる? 上等よ)
私はゴムベラを強く握りしめた。
引かれた方がマシだ。
「重い」って言われて、苦笑いされた方がマシだ。
「可愛いクッキーだね、ありがとう」なんて、社交辞令みたいな笑顔で受け取られるより、ずっといい。
私の恋人、ハルは、女子ラグビー部のエースだ。
身長175センチ。短く刈り込んだ髪に、笑うとくしゃっとなる目尻。
練習着から覗く二の腕の筋肉は、惚れ惚れするほど逞しい。
そして、モテる。
死ぬほどモテる。
女子からキャーキャー言われるのは日常茶飯事だし、男子からも「アニキ」的なノリで慕われている。
バレンタインの日、彼女の下駄箱もロッカーも、チョコで埋め尽くされていたのを知っている。
手作り、高級ブランド、友チョコ、本命チョコ。
色とりどりの「好意」の山。
その中で、私があげたのは、コンビニのプロテインバー1本だった。
「練習後、お腹空くでしょ」って、ぶっきらぼうに渡した。
彼女は「おー、助かる!」って笑って、その場でバリバリ食べた。
……違うのよ。
本当は、私も可愛いチョコをあげたかった。
でも、あの大量のチョコの山を見たら、怖くなったのだ。
私が手作りなんて渡したら、あの「有象無象のファン」の中に埋もれてしまうんじゃないか。
あるいは、逆に「彼女面」しているのが透けて見えて、ウザがられるんじゃないか。
だから、プロテインバーなんていう「気の置けない友達」みたいな顔をして逃げた。
妹のことを「チキった」と笑ったけれど、私だって同じだ。
いや、妹の方がまだマシだ。あの子は「好き」って言葉にできないだけ。
私は「付き合ってる」という事実に胡坐をかいて、傷つくのを恐れて、安全圏から愛を確認しようとしている。
「よし、焼くわよ」
私はオーブンの天板に、巨大な心臓(ハート)を乗せた。
重い。ずっしりと手首にくる。
この重さが、安心感だ。
普通の「可愛いクッキー」なら、彼女は一口で食べて忘れてしまうかもしれない。
でも、この化け物みたいなクッキーなら。
食べるのに時間がかかる。
顎が疲れる。
胃がもたれる。
翌日まで胸焼けが残るかもしれない。
その間ずっと、彼女の身体は、私の作ったもので占拠されるのだ。
「あー、あのクッキー重かったな」って、私のことを思い出さざるを得なくなる。
歪んでる。分かってる。
でも、モテる恋人を持つと、人間なんて簡単に歪むものなのよ。
「うじうじしてても始まらないし」
妹を励ます言葉は、そのまま自分へのブーメランだ。
私はオーブンのスタートボタンを押した。
ブォォォン、と重苦しい音が響く。
隣では妹が、泥団子みたいなチョコを作っている。
不器用で、いびつで、でも一生懸命な泥団子。
……正直、あっちの方が愛が詰まってる気がして、ちょっと羨ましかった。
「……焦げないでよ、私の分身」
オーブンの窓に映る自分の顔は、バターでテカって、ひどく必死な形相をしていた。
可愛げのかけらもない。
でも、これが等身大の私だ。
可愛くなれないなら、せめて「質量」で勝負するしかない。
私は、焼き上がるまでの30分間、オーブンの前から動けなかった。
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