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第二章 頂点の裏側で、俺は彼女を“壊れずに運用するシステム”になった
第26話:登録者500万人達成ライブで、玲奈が業界の“神”を殺した瞬間
夏が来る頃には、レイのチャンネル登録者数は四百五十万人を超えていた。
この異常な速度についていける者は、もはや業界にはいなかった。
ミオは引退し、カイは無難なゲーム実況者へと転向した。
炎上は起きない。アンチも湧かない。
レイの配信は、完璧な「安全地帯」としてネットの海に君臨していた。
外出ログは最適化済みだ。
今週のデート(行動効率検証)において、不要な寄り道は一件も発生しなかった。
「どこ行く?」「何食べる?」という非効率な問答は削除され、最短ルートで目的地へ到達し、摂取カロリーの範囲内で食事を終える。
そこにサプライズはない。
だが、失敗もない。
俺たちは、駅前の喧騒の中にいた。
突風が吹いて、セットした前髪が乱れた。俺は反射的にそれを手で撫でつける。無意味な動作だ。どうせ数秒後にはまた乱れる。環境変数は制御できない。うという行為すら贅沢な無駄として捨て去っていた。
『――湊』
配信中の玲奈が、突然マイクに向かって呼びかけた。
台本にはないアドリブ。
普段なら即座にカットする場面だ。
だが、俺はマウスに置いた手を止めた。
今日の配信は、登録者五百万人達成を記念する大型ライブ。
同接視聴者数は、国内記録を更新する八十万人に達している。
その八十万人が見つめる中で、彼女は俺の名前を呼んだ。
『そこにいるんでしょ?』
彼女は画面の向こう――つまり、カメラのレンズを通して、モニター越しの俺を見つめている。
『出てきてよ。……私の“神様”』
コメント欄が一瞬止まり、そして爆発した。
『湊って誰?』『裏方の人?』『ついに顔出し?』
俺はため息をついた。
予定外だ。いや、予測しておくべきだったか。
彼女の自己顕示欲(エゴ)は、もはや俺というシステムを隠すことすら良しとしていない。
「私は操られている」と公言することで、自分を支配する「力」を誇示しようとしている。
俺はマイクのスイッチを入れた。
カメラはつけない。声だけだ。
顔は不要だ。
神にとって、姿はノイズでしかない。
「……何をしている」
俺の声が、配信に乗る。
八十万人の耳に、俺の冷たい声が届く。
『やっと答えてくれた』
玲奈が花が咲くように笑った。
『みんなに紹介したかったの。私を作った人。私が息をする理由』
「必要ない。俺はただの管理者だ」
『ううん、違うよ』
玲奈は首を振る。
『みんな、聞いて』
彼女は視聴者に向かって語りかける。
『私は、一人じゃ何もできない。ご飯も作れないし、服も選べない。……みんなが好きな「完璧なレイちゃん」なんて、本当はどこにもいないの』
「おい、玲奈」
「黙ってて、湊」
彼女は俺の制止を、愛おしそうに遮った。
『でもね、だからこそ私は最強なの』
彼女の言葉に、熱がこもる。
『私には湊がいるから。不完全な私を、完全に運用してくれるシステムがあるから。……だから私は、誰よりも高く飛べる』
彼女は画面の中の自分――そして、それを作っている俺を指差した。
『一人で輝こうとするなんて、古いよ。努力とか、才能とか、そんな不確定なものに頼るなんて馬鹿みたい』
『自分を一番正しく使ってくれる人に、すべてを委ねる。……それが、これからの“最適解”だよ』
その言葉は、業界全体への死刑宣告に等しかった。
「個の力」を信じるクリエイターたち。
「努力」を賛美する視聴者たち。
それらすべての価値観を、「古い」「非効率」と切り捨てたのだ。
コメント欄が揺れる。
『なにこれ宗教?』『でも一理ある』『確かにレイちゃんは最強だわ』『俺も管理されたい』『マスター認定希望』『湊様の配下に入れてください』
俺は冷静に分析する。
これは暴走ではない。
彼女なりの、世界への「思想攻撃」だ。
かつて自分を否定したミオやカイ。そして、それらを支持した社会への、最も残酷な復讐。
俺はマイクに向かって、短く告げた。
「……そこまでだ、玲奈。時間を使いすぎている」
その冷徹な指示に、視聴者が凍りつく。
だが、玲奈だけは恍惚とした表情で頷いた。
『はい、マスター』
その瞬間、世界は完全に書き換わった。
殺されたのは、レイではない。
俺でもない。
――「一人で努力すれば報われる」という、この業界が長年信仰してきた神だ。
「操られること」は「弱さ」ではなく「特権」になった。
「自立」は「時代遅れ」になった。
五百万人が目撃したこの光景は、クリエイター(神)の定義を殺し、新たなルールを上書きした。
俺はモニターを見つめながら、静かに思う。
これは、俺たちが望んだ世界なのか?
……この感情、未登録項目だ。解析不能。
ただ一つ確かなのは、この世界ではもう、「一人で夢を見る人間」が、最も非効率な存在になったということだ。
(第26話 おわり)
この異常な速度についていける者は、もはや業界にはいなかった。
ミオは引退し、カイは無難なゲーム実況者へと転向した。
炎上は起きない。アンチも湧かない。
レイの配信は、完璧な「安全地帯」としてネットの海に君臨していた。
外出ログは最適化済みだ。
今週のデート(行動効率検証)において、不要な寄り道は一件も発生しなかった。
「どこ行く?」「何食べる?」という非効率な問答は削除され、最短ルートで目的地へ到達し、摂取カロリーの範囲内で食事を終える。
そこにサプライズはない。
だが、失敗もない。
俺たちは、駅前の喧騒の中にいた。
突風が吹いて、セットした前髪が乱れた。俺は反射的にそれを手で撫でつける。無意味な動作だ。どうせ数秒後にはまた乱れる。環境変数は制御できない。うという行為すら贅沢な無駄として捨て去っていた。
『――湊』
配信中の玲奈が、突然マイクに向かって呼びかけた。
台本にはないアドリブ。
普段なら即座にカットする場面だ。
だが、俺はマウスに置いた手を止めた。
今日の配信は、登録者五百万人達成を記念する大型ライブ。
同接視聴者数は、国内記録を更新する八十万人に達している。
その八十万人が見つめる中で、彼女は俺の名前を呼んだ。
『そこにいるんでしょ?』
彼女は画面の向こう――つまり、カメラのレンズを通して、モニター越しの俺を見つめている。
『出てきてよ。……私の“神様”』
コメント欄が一瞬止まり、そして爆発した。
『湊って誰?』『裏方の人?』『ついに顔出し?』
俺はため息をついた。
予定外だ。いや、予測しておくべきだったか。
彼女の自己顕示欲(エゴ)は、もはや俺というシステムを隠すことすら良しとしていない。
「私は操られている」と公言することで、自分を支配する「力」を誇示しようとしている。
俺はマイクのスイッチを入れた。
カメラはつけない。声だけだ。
顔は不要だ。
神にとって、姿はノイズでしかない。
「……何をしている」
俺の声が、配信に乗る。
八十万人の耳に、俺の冷たい声が届く。
『やっと答えてくれた』
玲奈が花が咲くように笑った。
『みんなに紹介したかったの。私を作った人。私が息をする理由』
「必要ない。俺はただの管理者だ」
『ううん、違うよ』
玲奈は首を振る。
『みんな、聞いて』
彼女は視聴者に向かって語りかける。
『私は、一人じゃ何もできない。ご飯も作れないし、服も選べない。……みんなが好きな「完璧なレイちゃん」なんて、本当はどこにもいないの』
「おい、玲奈」
「黙ってて、湊」
彼女は俺の制止を、愛おしそうに遮った。
『でもね、だからこそ私は最強なの』
彼女の言葉に、熱がこもる。
『私には湊がいるから。不完全な私を、完全に運用してくれるシステムがあるから。……だから私は、誰よりも高く飛べる』
彼女は画面の中の自分――そして、それを作っている俺を指差した。
『一人で輝こうとするなんて、古いよ。努力とか、才能とか、そんな不確定なものに頼るなんて馬鹿みたい』
『自分を一番正しく使ってくれる人に、すべてを委ねる。……それが、これからの“最適解”だよ』
その言葉は、業界全体への死刑宣告に等しかった。
「個の力」を信じるクリエイターたち。
「努力」を賛美する視聴者たち。
それらすべての価値観を、「古い」「非効率」と切り捨てたのだ。
コメント欄が揺れる。
『なにこれ宗教?』『でも一理ある』『確かにレイちゃんは最強だわ』『俺も管理されたい』『マスター認定希望』『湊様の配下に入れてください』
俺は冷静に分析する。
これは暴走ではない。
彼女なりの、世界への「思想攻撃」だ。
かつて自分を否定したミオやカイ。そして、それらを支持した社会への、最も残酷な復讐。
俺はマイクに向かって、短く告げた。
「……そこまでだ、玲奈。時間を使いすぎている」
その冷徹な指示に、視聴者が凍りつく。
だが、玲奈だけは恍惚とした表情で頷いた。
『はい、マスター』
その瞬間、世界は完全に書き換わった。
殺されたのは、レイではない。
俺でもない。
――「一人で努力すれば報われる」という、この業界が長年信仰してきた神だ。
「操られること」は「弱さ」ではなく「特権」になった。
「自立」は「時代遅れ」になった。
五百万人が目撃したこの光景は、クリエイター(神)の定義を殺し、新たなルールを上書きした。
俺はモニターを見つめながら、静かに思う。
これは、俺たちが望んだ世界なのか?
……この感情、未登録項目だ。解析不能。
ただ一つ確かなのは、この世界ではもう、「一人で夢を見る人間」が、最も非効率な存在になったということだ。
(第26話 おわり)
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