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第3話:偽りのヒロイン
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季節は初夏に移り変わろうとしていた。
体育の授業。
種目は男子がサッカー、女子がバレーボール。
グラウンドと体育館で分かれているが、私たち女子は休憩時間になると、こぞってグラウンドの方を見る。
狙いはもちろん、サッカー部のエースやイケメンたちだ。
だが、今日の視線の先は違っていた。
「ねえ、あれ相良くんじゃない?」
「うそ、すごい動き! あのパス見た?」
黄色い歓声の中心にいたのは、相良樹だった。
彼は泥だらけになりながらフィールドを走り回り、的確なポジショニングでボールを奪い、前線へキラーパスを出していた。
派手なドリブルやシュートはない。
でも、玄人好みの渋いプレイが、チーム全体を機能させている。
(……へえ)
私はスポドリのボトルを握りしめながら感心していた。
運動神経平凡、という事前データは修正が必要ね。
彼は「目立たないように手を抜いていた」だけだ。
私の挑発が効いているのか、今日はエンジン全開で動いている。
私の計画(プロデュース)としては順調だ。
彼の隠れた才能を少しずつ開花させ、周囲に認知させる。
次は「文武両道のカリスマ」として売り出す予定だった。
――そこへ、あの子が現れるまでは。
「樹くん! お水!」
試合終了のホイッスルと共に、一人の女子生徒が相良に駆け寄った。
ツインテールの栗色の髪。小動物のような愛くるしい瞳。
クラスのアイドル的存在、朝比奈美優(あさひな みゆ)。
彼女は私のシナリオにはいない「ノイズ」だ。
相良の幼馴染らしいが、これまでは彼と距離を置いていたはず。
それが、彼が目立ち始めた途端に接近してきた。
「サンキュ、美優」
相良が彼女の差し出したタオルを受け取り、汗を拭く。
親しげなやり取り。
周囲の男子から「チッ、リア充め」という殺気が飛ぶ。
(……何よ、あの女)
私の内側で、黒い感情が渦巻くのがわかった。
嫉妬ではない。断じてない。
これは「作品の管理権限」を侵害されたことに対する、正当な怒りだ。
私は相良を「孤高のダークヒーロー」にするつもりだった。
なのに、あんな甘ったるいラブコメ展開を持ち込まれたら、キャラがブレる。
私はズカズカと二人の元へ歩み寄った。
私の登場に、場の空気が凍る。
「……あら、奇遇ね相良くん。少しはマシな動きだったじゃない」
私は腕組みをして見下ろす。
「でも、スタミナ配分が甘いわ。後半バテてたでしょ? まだまだね」
「げっ、九条……」
相良が嫌そうな顔をする。
「あ、九条さん! おはよう!」
美優がニコニコと割り込んでくる。
無邪気だ。あるいは、計算ずくか。
「樹くんのこと見ててくれたんだ? 優しいねー」
「優しくなんてないわ。……監視よ」
私は美優を冷ややかに一瞥する。
可愛い顔をしているが、目が笑っていない。
こいつ……気付いている?
私が樹に干渉しようとしていることを。そして、それを邪魔しようとしている?
「九条さんって、樹くんのこと気になるの?」
美優が首を傾げる。
「でも残念。樹くんのサポート役(マネージャー)は、昔から私の特権なんだー」
宣戦布告。
間違いなくそうだ。
この「天然ゆるふわ」の皮を被った女は、私の領域(テリトリー)に土足で踏み込んでこようとしている。
「特権? ……過去の栄光にすがるのは見苦しいわよ」
私は張り付けたような笑顔で返す。
「今の相良くんに必要なのは、甘えさせてくれるお母さんじゃなくて、高みへ引き上げてくれる指導者(コーチ)よ」
バチバチと火花が散る。
間に挟まれた相良が「え、何この空気? 怖いんだけど」と青ざめている。
(……面倒なことになったわね)
私は心の中で舌打ちした。
ライバル役は私一人でいい。
ヒロイン役も(計画上は)私だ。
第三の勢力の介入は許容できない。
放課後。
私は即座に調査を開始した。
朝比奈美優のデータ収集。
成績、趣味、交友関係、そして弱点。
PCのキーボードを叩きながら、私は冷たい汗をかいていた。
怖い。
シナリオが狂うことが。
私がコントロールできない要素が増えていくことが。
そして何より。
相良が美優に見せた、あの無防備な笑顔。
私には一度も見せたことのない、心からの信頼に満ちた表情。
あれが脳裏に焼き付いて離れない。
「……ムカつく」
私はマウスを強くクリックした。
この感情の名前を知りたくはない。
ただ、排除するだけだ。私の完璧な計画のために。
(つづく)
体育の授業。
種目は男子がサッカー、女子がバレーボール。
グラウンドと体育館で分かれているが、私たち女子は休憩時間になると、こぞってグラウンドの方を見る。
狙いはもちろん、サッカー部のエースやイケメンたちだ。
だが、今日の視線の先は違っていた。
「ねえ、あれ相良くんじゃない?」
「うそ、すごい動き! あのパス見た?」
黄色い歓声の中心にいたのは、相良樹だった。
彼は泥だらけになりながらフィールドを走り回り、的確なポジショニングでボールを奪い、前線へキラーパスを出していた。
派手なドリブルやシュートはない。
でも、玄人好みの渋いプレイが、チーム全体を機能させている。
(……へえ)
私はスポドリのボトルを握りしめながら感心していた。
運動神経平凡、という事前データは修正が必要ね。
彼は「目立たないように手を抜いていた」だけだ。
私の挑発が効いているのか、今日はエンジン全開で動いている。
私の計画(プロデュース)としては順調だ。
彼の隠れた才能を少しずつ開花させ、周囲に認知させる。
次は「文武両道のカリスマ」として売り出す予定だった。
――そこへ、あの子が現れるまでは。
「樹くん! お水!」
試合終了のホイッスルと共に、一人の女子生徒が相良に駆け寄った。
ツインテールの栗色の髪。小動物のような愛くるしい瞳。
クラスのアイドル的存在、朝比奈美優(あさひな みゆ)。
彼女は私のシナリオにはいない「ノイズ」だ。
相良の幼馴染らしいが、これまでは彼と距離を置いていたはず。
それが、彼が目立ち始めた途端に接近してきた。
「サンキュ、美優」
相良が彼女の差し出したタオルを受け取り、汗を拭く。
親しげなやり取り。
周囲の男子から「チッ、リア充め」という殺気が飛ぶ。
(……何よ、あの女)
私の内側で、黒い感情が渦巻くのがわかった。
嫉妬ではない。断じてない。
これは「作品の管理権限」を侵害されたことに対する、正当な怒りだ。
私は相良を「孤高のダークヒーロー」にするつもりだった。
なのに、あんな甘ったるいラブコメ展開を持ち込まれたら、キャラがブレる。
私はズカズカと二人の元へ歩み寄った。
私の登場に、場の空気が凍る。
「……あら、奇遇ね相良くん。少しはマシな動きだったじゃない」
私は腕組みをして見下ろす。
「でも、スタミナ配分が甘いわ。後半バテてたでしょ? まだまだね」
「げっ、九条……」
相良が嫌そうな顔をする。
「あ、九条さん! おはよう!」
美優がニコニコと割り込んでくる。
無邪気だ。あるいは、計算ずくか。
「樹くんのこと見ててくれたんだ? 優しいねー」
「優しくなんてないわ。……監視よ」
私は美優を冷ややかに一瞥する。
可愛い顔をしているが、目が笑っていない。
こいつ……気付いている?
私が樹に干渉しようとしていることを。そして、それを邪魔しようとしている?
「九条さんって、樹くんのこと気になるの?」
美優が首を傾げる。
「でも残念。樹くんのサポート役(マネージャー)は、昔から私の特権なんだー」
宣戦布告。
間違いなくそうだ。
この「天然ゆるふわ」の皮を被った女は、私の領域(テリトリー)に土足で踏み込んでこようとしている。
「特権? ……過去の栄光にすがるのは見苦しいわよ」
私は張り付けたような笑顔で返す。
「今の相良くんに必要なのは、甘えさせてくれるお母さんじゃなくて、高みへ引き上げてくれる指導者(コーチ)よ」
バチバチと火花が散る。
間に挟まれた相良が「え、何この空気? 怖いんだけど」と青ざめている。
(……面倒なことになったわね)
私は心の中で舌打ちした。
ライバル役は私一人でいい。
ヒロイン役も(計画上は)私だ。
第三の勢力の介入は許容できない。
放課後。
私は即座に調査を開始した。
朝比奈美優のデータ収集。
成績、趣味、交友関係、そして弱点。
PCのキーボードを叩きながら、私は冷たい汗をかいていた。
怖い。
シナリオが狂うことが。
私がコントロールできない要素が増えていくことが。
そして何より。
相良が美優に見せた、あの無防備な笑顔。
私には一度も見せたことのない、心からの信頼に満ちた表情。
あれが脳裏に焼き付いて離れない。
「……ムカつく」
私はマウスを強くクリックした。
この感情の名前を知りたくはない。
ただ、排除するだけだ。私の完璧な計画のために。
(つづく)
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