偽装ライバル 〜絶望と再生のデバッグモード〜

月下花音

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第2話:小テストという名の強制イベント

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 月曜日の朝。
 教室の空気は重く澱んでいた。
 一限目のチャイムと同時に、数学教師の藤堂(通称:ハゲタカ)が入ってくる。手には分厚い問題用紙の束。
「はい、予告通りの小テストだ。範囲は二次関数全般。赤点は補習だからそのつもりで」
 クラス中から阿鼻叫喚の呻きが漏れる。

 私は涼しい顔でシャーペンを取り出した。
 当然だ。このテストも私のシナリオの一部なのだから。
 藤堂先生には事前に「生徒の学力向上のため、抜き打ちテストを増やしては?」と進言しておいた。私の言葉なら、教師たちは喜んで採用する。「学年主席の九条さん」の意見は、この学校では絶対的な正義だからだ。

(さあ、見せてもらうわよ。相良樹)
 私は答案用紙に名前を書きながら、斜め前の席を盗み見る。

 相良の背中は強張っていた。
 貧乏ゆすりをしている。焦っている証拠だ。
 無理もない。彼の先学期の数学の成績は平均以下。
 ここで彼が挫折を味わうことが、私の計画の第二段階。
 「敗北」を知り、そこから這い上がるためのリハビリメニューを用意してある。

 私が全ての問題を解き終えるのに要した時間は十五分。
 残りの時間は、優雅に彼の観察(モニタリング)に費やす。

 彼は髪をかきむしり、消しゴムを何度も使い、必死に計算していた。
 諦めて寝るかと思っていたのに。
 意外と粘るのね。
 まあ、無駄な努力だけど。

 ***

 結果発表。
 放課後の教室に、テスト用紙が返却される。

「九条、満点だ。流石だな」
 藤堂の声が弾む。私は無表情で受け取る。
 こんな紙切れ一枚で一喜一憂するのは素人のすることだ。

「相良ー。……お前、今回は頑張ったな」
 藤堂の声に、教室がざわめく。
 相良が立ち上がり、テストを受け取る。
 その点数は――『78点』。

(は……?)
 私の思考回路が一瞬フリーズした。
 78点? 
 彼の平均点は40点台のはず。
 赤点を取らせて、私が「補習指導」という名目で接触するはずだったのに。
 これじゃあ、平均点以上じゃない!

 相良はホッとしたように息を吐き、自分の席に戻った。
 そして、ふと視線を感じて振り返ると、彼が私を見ていた。
 勝ち誇ったような、挑発的な目。
 口パクで何か言った。
 『見たか』。

 カッ、と体温が上がるのを感じた。
 侮辱された。
 私の完璧な予測(データ)が外れた。
 たかが石ころの分際で。

 私はテスト用紙を握りしめた。
 綺麗に整えられた爪が、紙に食い込む。
 
(……やってくれるじゃない)

 放課後。
 私は彼を呼び出した。場所は図書室の奥、誰もいない書庫スペース。
 彼は少し警戒しながらやってきた。

「……何の用だよ、九条さん」
「78点。……カンニングでもしたの?」
 私は単刀直入に切り込んだ。
 彼の実力で急に点数が上がるなんて、不正以外に考えられない。

「してねーよ! 失礼だなあんたは!」
 相良が声を荒げる。
「土日、死ぬ気で勉強したんだよ。……あんたに『負け犬』って言われたのが悔しくてな」

「……勉強?」
「ああ。参考書買って、ネットの解説動画見て……徹夜してやったよ。ざまぁみろ」

 彼は目の下に濃い隈(くま)を作っていた。
 充血した目。荒れた指先。
 嘘をついているようには見えなかった。
 
 私のたった一言の挑発で、彼は週末を全て勉強に費やしたというの?
 あの、無気力に見えた相良樹が?

「……ふん。まぐれ当たりでいい気にならないことね」
 私は動揺を隠して、冷たく言い放つ。
「次はこうはいかないわ。期末テストまであと二週間。……地獄を見せてあげる」

「望むところだ! 絶対に勝って、あんたを俺のパシリにしてやるからな!」
 彼は捨て台詞を吐いて去っていった。

 一人残された書庫。
 本の匂いに囲まれて、私は深く息を吐いた。
 心拍数が上がっている。
 怒り? 屈辱?
 いいえ、違う。

 私は自分の手帳を取り出し、修正ペンで『Phase 2:補習イベント』の文字を消した。
 そして、新しく書き込む。
 『Phase 2改:ライバル認定』。

(……面白い)
 口元が自然と歪む。
 私の描いた台本通りに動かない役者。
 アドリブで私の予測を超えてくるイレギュラー。

 この仕事、思ったより退屈しないかもしれない。
 でも、ナメないでよ。
 私はプロのフィクサーなの。
 あなたのそのちっぽけな反骨心ごと、掌の上で転がしてあげるわ。

 私は不敵に笑おうとした。
 ……けれど、胃の奥がキリキリと痛んだ。
 これはストレス性の胃痛だ。
 認めなくないけれど、私は今、少しだけ「焦って」いるのかもしれない。
 たかが相良ごときに。
 
 私はポケットから胃薬を取り出し、水なしで飲み込んだ。
 苦い味が喉に張り付く。
 これが、彼との戦いの始まりの味だった。

(つづく)
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