偽装ライバル 〜絶望と再生のデバッグモード〜

月下花音

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第8話:修学旅行の夜

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 文化祭でのPC破壊事件以降、私の精神状態は不安定だった。
 新しいPCはすぐに手配したが、その中にある計画書(シナリオ)を開く気になれない。
 相良とは業務連絡以外での会話を避けていた。
 彼と美優は順調だ。順調すぎて、見ていられない。

 そして迎えた修学旅行。行き先は京都。
 古都の風情など楽しむ余裕はない。
 私の任務は「相良樹の監視と誘導」……だったはずだが、今の私はただのストーカーだ。

 二日目の夜。
 自由行動時間。
 生徒たちは許可を得て、夜の街へ繰り出していた。
 相良と美優もだ。

 私は彼らの後をつけた。
 黒いコートに帽子を目深に被り、探偵のような格好で。
 惨めだ。こんなことして何になるというの。

 二人は鴨川の河川敷にいた。
 等間隔に座るカップルたちの中に混じって。

「……綺麗だね、夜景」
 美優が言う。
「そうだな」
 相良が頷く。

 距離が近い。肩が触れ合っている。
 これは、告白の流れだ。
 美優が相良に寄り添い、何かを囁こうとしている。

(ダメ……!)
 私の理性が悲鳴を上げた。
 ここで二人が結ばれたら、私の計画は完全に破綻する。
 いや、計画なんてどうでもいい。
 相良が取られる。
 私の知らないところで、誰かのものになってしまう。

 私は河川敷の階段を駆け下りた。
 考えるより先に体が動いていた。

「相良くん!」

 二人が驚いて振り返る。
 私は息を切らして彼らの前に立ちはだかった。
 コートの裾が風に舞う。

「く、九条さん? なんでここに?」
 相良が目を丸くする。

「……見回りの手伝いよ」
 咄嗟に嘘をついた。苦しすぎる。
「この時間は未成年だけで出歩くのは推奨されていないわ。……ホテルに戻りなさい」

「はぁ? まだ門限まで時間あるじゃん」
 美優が不満げに言う。
「邪魔しないでよ。いいところなんだから」

「ダメよ。……最近、この辺りで変質者が出るって噂があるの。危険だわ」
 支離滅裂だ。変質者は私だ。

「……九条さん、なんか変だぞ?」
 相良が怪訝な顔で私を見る。
「手が震えてる。……顔色も悪いし」

 彼は立ち上がり、私の額に手を伸ばそうとした。

「触らないで!」
 私は彼の手を払いのけた。
 パチン、と乾いた音がした。

 相良の手が空を切る。
 気まずい沈黙。

「……あ、ごめん。……私、生理的に無理なの。他人に触られるの」
 私は後ずさった。
 また相良を傷つけた。
 心配してくれたのに。

「……そうか。ごめん」
 相良が少し寂しそうな顔をする。
 その顔を見て、胸が引き裂かれそうになった。

「とにかく、戻りなさい! これは命令よ!」
 私は金切り声を上げて、踵を返した。
 逃げるようにその場を去る。

 ホテルに戻る道すがら、私は自分の頬を何度も叩いた。
 何やってるの。
 子供じみた嫉妬で邪魔をして、彼に嫌われて。
 これじゃあ「悪役」ですらない。ただの「痛い女」じゃない。

(……やめよう、もう)
 私は思った。
 この仕事から手を引こう。
 私には無理だ。感情を殺して彼を操るなんて。
 だって、私はこんなにも――。

 ホテルのロビーで、私はおじい様に電話をかけた。
 辞退を申し出るために。
 しかし、電話に出たのは秘書だった。

『お嬢様。旦那様からの伝言です』
 秘書の事務的な声。
『「遊びは終わりだ。成果を出せなければ、相良樹の進学先(未来)を潰す」とのことです』

 スマホを取り落としそうになった。
 脅迫だ。
 私が失敗すれば、相良の人生が人質になる。

 逃げ道なんてなかった。
 私は彼を操り続けるしかない。
 この醜い嫉妬心を仮面の下に押し殺して。

(つづく)
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