3 / 15
第3話 回想第3話:手作り弁当の味
しおりを挟む
翌日の昼休み。
俺の机の上に、ピンク色の包みが置かれた。
周囲の男子生徒からの嫉妬の視線が、物理的な熱量を持って背中に突き刺さる。
痛い。レーザー照射か。
「はい、夏月くん。お弁当」
栞が隣の席の椅子を引いて座る(またしても至近距離)。
彼女の膝の上にも、同じ柄の小さなお弁当箱がある。
いわゆる「ペア弁」というやつだ。
爆発しろ、と自分でも思う。
「……えっと、これも『思い出』の一つ?」
「もちろん! 私たち、付き合い始めてからずっと一緒にお昼食べてたんだよ?」
栞が得意げに胸を張る。
「私の手作り弁当、夏月くん大好きだったもんね。『毎日これが食べたい』ってプロポーズみたいなこと言ってくれたし」
マジか。
過去の俺、大胆すぎるだろ。
でも、男子高校生にとって「彼女の手作り弁当」は、聖杯にも等しい奇跡のアイテムだ。
記憶はなくとも、その素晴らしさはDNAが理解している。
「いただきます……」
俺は震える手で蓋を開けた。
パカッ。
そこには、宝石箱のような光景が広がっていた。
彩り鮮やかな卵焼き。
タコさんウインナー。
可愛らしいピックに刺されたミートボール。
そして、ブロッコリーとプチトマトが隙間なく詰められている。
完璧だ。
インスタ映え間違いなしの、模範的な愛妻弁当。
俺は感動で少し涙ぐんだ。
俺の昼食といえば、購買の焼きそばパンか、母さんが適当に詰めた茶色一色(唐揚げと煮物のみ)の弁当が常だったからだ。
「さあ、食べて食べて! 感想聞かせて!」
栞が目を輝かせて催促する。
俺は箸を取り、まずは卵焼きをつまんだ。
黄色が鮮やかで、焦げ目一つない。プロの仕事だ。
実食。
口に入れる。
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
『んんっ! 美味い!』
五月の風が吹き抜ける屋上で、俺は叫んだ。
『雪野さん、これ最高だよ! 天才か!?』
卵焼きの甘さと、出汁の香りが口いっぱいに広がる。
家庭的で、優しくて、どこか懐かしい味。
まるで、ずっと昔から知っていたような、運命の味。
『ほんと? よかったぁ……』
雪野さんが、恥ずかしそうに頬を染める。
『夏月くんの好みに合うか、すごく不安だったの。昨日、お母さんに特訓してもらった甲斐があったかな』
『合うなんてもんじゃないよ。俺の味覚中枢にドストライクだ。……毎日食べたいって言ったら、迷惑?』
『……ううん。私でよければ、一生作ってあげる』
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……どう?」
現実の栞が、不安そうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺は口の中の卵焼きを咀嚼した。
……甘い。
ものすごく、甘い。
砂糖の量が半端ない。スイーツかと思う甘さだ。
そして、俺の脳(と舌)は、一つの違和感を訴えていた。
俺、卵焼きは「塩派」なんだよな。
実家の卵焼きは、しょっぱい醤油味が基本だった。
だから、甘い卵焼きは、正直少し苦手だ。
「不味い」わけじゃない。客観的に見れば美味しい部類だろう。
でも、「大好物」かと言われると、首をかしげざるを得ない。
それに、ミートボール。
これも食べてみた。
……ケチャップ味が濃い。俺は和風あんかけ派だ。
ブロッコリー。
……あ、これは冷凍だな。水っぽい。
全体的に、「俺の好み」とは微妙にズレている。
致命的なズレじゃない。
でも、シャツのボタンを一つ掛け違えたような、居心地の悪さがある。
それなのに。
不思議なことが一つあった。
身体が、拒否していないのだ。
舌は「好みじゃない」と言っているのに、胃袋の奥底が、どこか懐かしさを感じてキュンとしている。
「ああ、これだ」という安心感がある。
これが「記憶喪失」の影響なのか?
頭では忘れていても、身体はこの味を「愛しい人の味」として記憶しているのか?
それとも、過去の俺は、栞に合わせて「甘い卵焼きが好き」という嘘をつき続けていたのか?
「……夏月くん?」
栞が心配そうに声をかける。
俺が黙り込んでしまったからだ。
いけない。
彼女を不安にさせてはいけない。
俺は箸を置き、精一杯の笑顔を作った。
「……美味い。最高だよ」
「ほんと!?」
「ああ。……なんていうか、身体に染み渡る味だ」
嘘じゃない。
この「ズレ」も含めて、愛おしいと感じたのは事実だから。
「よかったぁ~!」
栞が安堵の息を吐き、自分の弁当を食べ始めた。
彼女の笑顔を見ていると、口の中の甘すぎる卵焼きも、悪くない気がしてくる。
でも、俺の中の推理作家(ミステリー好きの人格)が囁く。
『証言と現実に矛盾あり』。
栞の語る「完璧な相性」は、やはりどこか作られたものだ。
俺たちは、もっと手探りで、お互いに合わせようと努力していた段階だったんじゃないか?
「毎日食べたい」という言葉も、本心からの賞賛というより、彼女を喜ばせるための精一杯の「背伸び」だったんじゃないか?
俺はミートボールを噛み締めながら、隣でニコニコしている栞を横目で見た。
彼女は気づいていない。
俺が無理をしていることに。
いや、気づいていて、見ないふりをしているのかもしれない。
ふと、栞の指先に絆創膏が巻かれているのに気づいた。
親指と、人差し指。
料理の練習をした跡だ。
「昨日、お母さんに特訓してもらった」という回想の中の台詞は、たぶん本当だ。
この弁当は、彼女の努力の結晶なのだ。
そう思ったら、甘すぎる卵焼きが、急にしょっぱく感じられた。
味覚のズレなんて、どうでもいい。
この絆創膏こそが、俺にとっての「真実の味」だ。
「……ごちそうさん。美味しかった」
俺は完食した。
米粒一つ残さず。
「お粗末様でした!」
栞が空っぽの弁当箱を見て、花が咲くように笑った。
第3話「手作り弁当の味」。
検証結果:味覚の不一致を確認。
判定:味はともかく、想いは本物(激甘)。
俺は午後の授業中、軽い胸焼けと闘いながら、幸せな胃もたれを噛み締めていた。
これが「愛の重さ」というやつか。物理的に重いな、おい。
(つづく)
俺の机の上に、ピンク色の包みが置かれた。
周囲の男子生徒からの嫉妬の視線が、物理的な熱量を持って背中に突き刺さる。
痛い。レーザー照射か。
「はい、夏月くん。お弁当」
栞が隣の席の椅子を引いて座る(またしても至近距離)。
彼女の膝の上にも、同じ柄の小さなお弁当箱がある。
いわゆる「ペア弁」というやつだ。
爆発しろ、と自分でも思う。
「……えっと、これも『思い出』の一つ?」
「もちろん! 私たち、付き合い始めてからずっと一緒にお昼食べてたんだよ?」
栞が得意げに胸を張る。
「私の手作り弁当、夏月くん大好きだったもんね。『毎日これが食べたい』ってプロポーズみたいなこと言ってくれたし」
マジか。
過去の俺、大胆すぎるだろ。
でも、男子高校生にとって「彼女の手作り弁当」は、聖杯にも等しい奇跡のアイテムだ。
記憶はなくとも、その素晴らしさはDNAが理解している。
「いただきます……」
俺は震える手で蓋を開けた。
パカッ。
そこには、宝石箱のような光景が広がっていた。
彩り鮮やかな卵焼き。
タコさんウインナー。
可愛らしいピックに刺されたミートボール。
そして、ブロッコリーとプチトマトが隙間なく詰められている。
完璧だ。
インスタ映え間違いなしの、模範的な愛妻弁当。
俺は感動で少し涙ぐんだ。
俺の昼食といえば、購買の焼きそばパンか、母さんが適当に詰めた茶色一色(唐揚げと煮物のみ)の弁当が常だったからだ。
「さあ、食べて食べて! 感想聞かせて!」
栞が目を輝かせて催促する。
俺は箸を取り、まずは卵焼きをつまんだ。
黄色が鮮やかで、焦げ目一つない。プロの仕事だ。
実食。
口に入れる。
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
『んんっ! 美味い!』
五月の風が吹き抜ける屋上で、俺は叫んだ。
『雪野さん、これ最高だよ! 天才か!?』
卵焼きの甘さと、出汁の香りが口いっぱいに広がる。
家庭的で、優しくて、どこか懐かしい味。
まるで、ずっと昔から知っていたような、運命の味。
『ほんと? よかったぁ……』
雪野さんが、恥ずかしそうに頬を染める。
『夏月くんの好みに合うか、すごく不安だったの。昨日、お母さんに特訓してもらった甲斐があったかな』
『合うなんてもんじゃないよ。俺の味覚中枢にドストライクだ。……毎日食べたいって言ったら、迷惑?』
『……ううん。私でよければ、一生作ってあげる』
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……どう?」
現実の栞が、不安そうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺は口の中の卵焼きを咀嚼した。
……甘い。
ものすごく、甘い。
砂糖の量が半端ない。スイーツかと思う甘さだ。
そして、俺の脳(と舌)は、一つの違和感を訴えていた。
俺、卵焼きは「塩派」なんだよな。
実家の卵焼きは、しょっぱい醤油味が基本だった。
だから、甘い卵焼きは、正直少し苦手だ。
「不味い」わけじゃない。客観的に見れば美味しい部類だろう。
でも、「大好物」かと言われると、首をかしげざるを得ない。
それに、ミートボール。
これも食べてみた。
……ケチャップ味が濃い。俺は和風あんかけ派だ。
ブロッコリー。
……あ、これは冷凍だな。水っぽい。
全体的に、「俺の好み」とは微妙にズレている。
致命的なズレじゃない。
でも、シャツのボタンを一つ掛け違えたような、居心地の悪さがある。
それなのに。
不思議なことが一つあった。
身体が、拒否していないのだ。
舌は「好みじゃない」と言っているのに、胃袋の奥底が、どこか懐かしさを感じてキュンとしている。
「ああ、これだ」という安心感がある。
これが「記憶喪失」の影響なのか?
頭では忘れていても、身体はこの味を「愛しい人の味」として記憶しているのか?
それとも、過去の俺は、栞に合わせて「甘い卵焼きが好き」という嘘をつき続けていたのか?
「……夏月くん?」
栞が心配そうに声をかける。
俺が黙り込んでしまったからだ。
いけない。
彼女を不安にさせてはいけない。
俺は箸を置き、精一杯の笑顔を作った。
「……美味い。最高だよ」
「ほんと!?」
「ああ。……なんていうか、身体に染み渡る味だ」
嘘じゃない。
この「ズレ」も含めて、愛おしいと感じたのは事実だから。
「よかったぁ~!」
栞が安堵の息を吐き、自分の弁当を食べ始めた。
彼女の笑顔を見ていると、口の中の甘すぎる卵焼きも、悪くない気がしてくる。
でも、俺の中の推理作家(ミステリー好きの人格)が囁く。
『証言と現実に矛盾あり』。
栞の語る「完璧な相性」は、やはりどこか作られたものだ。
俺たちは、もっと手探りで、お互いに合わせようと努力していた段階だったんじゃないか?
「毎日食べたい」という言葉も、本心からの賞賛というより、彼女を喜ばせるための精一杯の「背伸び」だったんじゃないか?
俺はミートボールを噛み締めながら、隣でニコニコしている栞を横目で見た。
彼女は気づいていない。
俺が無理をしていることに。
いや、気づいていて、見ないふりをしているのかもしれない。
ふと、栞の指先に絆創膏が巻かれているのに気づいた。
親指と、人差し指。
料理の練習をした跡だ。
「昨日、お母さんに特訓してもらった」という回想の中の台詞は、たぶん本当だ。
この弁当は、彼女の努力の結晶なのだ。
そう思ったら、甘すぎる卵焼きが、急にしょっぱく感じられた。
味覚のズレなんて、どうでもいい。
この絆創膏こそが、俺にとっての「真実の味」だ。
「……ごちそうさん。美味しかった」
俺は完食した。
米粒一つ残さず。
「お粗末様でした!」
栞が空っぽの弁当箱を見て、花が咲くように笑った。
第3話「手作り弁当の味」。
検証結果:味覚の不一致を確認。
判定:味はともかく、想いは本物(激甘)。
俺は午後の授業中、軽い胸焼けと闘いながら、幸せな胃もたれを噛み締めていた。
これが「愛の重さ」というやつか。物理的に重いな、おい。
(つづく)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日7時•19時に更新予定です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる