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第4話 回想第6話:雨の日のバス停
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梅雨の気配を感じる六月のある日。
放課後の昇降口。
外は土砂降りだった。地面を叩きつける雨音が、思考を遮るほどうるさい。
俺と栞は並んで立っていた。
「雨……あの日のこと、思い出すね」
栞が外を見つめながら呟く。
「第6話。私たちの絆が深まった、雨の日のエピソード」
また出た。俺たちの物語の重要イベント。
俺は身構える。
今度はどんな「理想の俺」が登場するんだ?
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
あの日も、今日みたいな激しい雨だった。
私は傘を忘れて、昇降口で立ち尽くしていたの。
バスの時間まであと十分。
でも、バス停までは走っても濡れてしまう距離。
「困ったな……」
途方に暮れていた私の隣に、夏月くんが立った。
彼は折りたたみ傘を持っていたわ。
でも、それは一人用の小さな傘。
「……雪野さん、傘ないの?」
「うん、朝は晴れてたから……」
彼は少し考えて、自分の傘をパッと開いた。
そして、その柄を私に差し出したの。
「これ、使って」
「え? でも、夏月くんは?」
「俺は走るから平気。……風邪、引くなよ」
そう言い残すと、彼は返事も待たずに雨の中に飛び出して行った。
制服を濡らしながら走る背中。
自分のことより、私を優先してくれた彼の優しさ。
私はその背中を見送りながら、傘を強く握りしめたわ。
彼の温もりが残る柄を。
その夜、彼から「無事帰れた?」ってLINEが来て……実は彼自身が熱を出して寝込んでたことを知って、私はボロ泣きしたの。
不器用で、自己犠牲的で、最高にヒーローな彼に、完全に落ちた瞬間だったわ。
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……で、翌日私がお見舞いに行って、おかゆを作ってあげたのよね」
栞がうっとりと思い出に浸る。
「あの時の夏月くん、熱で顔真っ赤にしてて可愛かったなぁ」
……なるほど。
「雨の中の自己犠牲」。
ラブコメ偏差値の高さを感じるエピソードだ。
濡れて走る俺。貸した傘。後日談のお見舞いイベント。
完璧なコンボだ。
だが。
俺の脳内名探偵は、またしても異議を申し立てていた。
俺は、そんなに潔い人間か?
確かに、好きな女の子に傘を貸すくらいの男気は見せたい。
でも、「言葉少なに走り去る」か?
俺なら、もっとこう……未練がましく「よかったら入る?」とか聞いて、相合傘チャンスを狙うんじゃないか?
だって、当時はまだ付き合う前だろ?
千載一遇のチャンスをスルーして、ずぶ濡れダッシュを選ぶほどのハードボイルドさを、俺は持っている自信がない。
それに、「一人用の小さな折りたたみ傘」ってのも気になる。
俺、基本的にはビニール傘派だ。
折りたたみ傘なんて、カバンに入れた記憶がない。
俺はカバンを探った。
ない。やはり折りたたみ傘なんて入っていない。
家に帰って検証が必要だ。
✎ܚ
帰宅後。俺は自室の引き出しをひっくり返した。
当時の「証拠」を探すために。
栞の話が本当なら、俺は六月の中頃に風邪を引いて寝込んでいるはずだ。
あった。
机の奥から、レシートの束が出てきた。
俺は家計簿アプリをつける豆な性格(というか小遣いが少ないので管理必須)なので、レシートは捨てずに取っておく癖がある。
日付を確認する。六月十二日。
『ドラッグストア・マツモト』
購入品目:『総合感冒薬 パブロン』『熱さまシート』『ポカリスエット』……そして、『ビニール傘(65cm)』。
……ん?
ビニール傘?
俺は首を傾げた。
栞の話では、俺は「自分の折りたたみ傘を貸して、走って帰った」はずだ。
なぜ、ビニール傘を買っている?
レシートの時間は「17:30」。放課後だ。
ドラッグストアは学校と駅の間にある。
推測してみる。
1.昇降口で栞に傘がないことを知る。
2.俺も傘を持っていなかった(あるいは持っていたビニール傘を貸した?)。
3.俺は雨の中を走り、途中のドラッグストアで風邪薬と傘を買って帰った。
……いや、待てよ。
もし「持っていた傘を貸した」なら、その場で「あげる」なんてカッコいいこと言わずに、「俺、近くで買っていくからこれ使いなよ」って言うはずだ。その方が合理的だし、スマートだ。
「走って去る」必要がない。
さらに記憶の糸を手繰り寄せる。
部屋の隅に、見慣れないビニール傘が転がっていた。
柄の部分に、ピンク色のマスキングテープが貼ってある。
『Y.S』というイニシャル入り。
……これ、雪野栞(Yukino Shiori)の傘じゃないか?
なぜ、俺の部屋に彼女の傘がある?
彼女に貸したなら、彼女が持っているはずだ。
逆に、彼女から借りた?
いや、彼女は「傘を忘れた」と言っていた。
考えられる可能性は一つ。
『相合傘をした』。
俺が傘を持っていなくて、栞も持っていなくて(あるいは持っていたのに隠して?)、結局どちらかの傘、もしくは途中で買った傘に入った?
いや、それだと「俺がずぶ濡れになって風邪を引いた」理由が弱い。
相合傘なら、精々肩が濡れる程度だ。
混乱してきた。
事実は、「俺が風邪を引いた」ことと、「栞の傘がここにある」こと。
そして「栞の語るストーリー」には、「俺が走って帰った」という美談があること。
もしかして。
俺は、走ったんじゃない。
『走らされた』んじゃないか?
例えば、何か失敗をして。
恥ずかしさのあまり逃げ出したとか。
告白して玉砕したと思ってパニックになったとか。
あるいは……栞が嘘をついている?
「俺がカッコよく去った」ことにするために、何か別の『カッコ悪い事実』を隠蔽している?
ビニール傘のイニシャルを見つめる。
『Y.S』。
その可愛らしい文字が、何かを訴えかけている気がした。
この傘は知っているはずだ。
あの雨の日、本当に何があったのかを。
俺がなぜ、ずぶ濡れになって熱を出したのかを。
翌日、俺は栞にカマをかけてみることにした。
「風邪」の事実は合っている。でも、「過程」には確実にノイズが混じっている。
第4話「雨の日のバス停」。
検証結果:物的証拠(傘)と証言の不一致。
判定:美談の裏に、何か『隠したい過去』あり。
俺の頭の中で、栞への疑念という名の雨雲が、少しずつ広がり始めていた。
(つづく)
放課後の昇降口。
外は土砂降りだった。地面を叩きつける雨音が、思考を遮るほどうるさい。
俺と栞は並んで立っていた。
「雨……あの日のこと、思い出すね」
栞が外を見つめながら呟く。
「第6話。私たちの絆が深まった、雨の日のエピソード」
また出た。俺たちの物語の重要イベント。
俺は身構える。
今度はどんな「理想の俺」が登場するんだ?
✎ܚ
【Replay Mode:Start】
あの日も、今日みたいな激しい雨だった。
私は傘を忘れて、昇降口で立ち尽くしていたの。
バスの時間まであと十分。
でも、バス停までは走っても濡れてしまう距離。
「困ったな……」
途方に暮れていた私の隣に、夏月くんが立った。
彼は折りたたみ傘を持っていたわ。
でも、それは一人用の小さな傘。
「……雪野さん、傘ないの?」
「うん、朝は晴れてたから……」
彼は少し考えて、自分の傘をパッと開いた。
そして、その柄を私に差し出したの。
「これ、使って」
「え? でも、夏月くんは?」
「俺は走るから平気。……風邪、引くなよ」
そう言い残すと、彼は返事も待たずに雨の中に飛び出して行った。
制服を濡らしながら走る背中。
自分のことより、私を優先してくれた彼の優しさ。
私はその背中を見送りながら、傘を強く握りしめたわ。
彼の温もりが残る柄を。
その夜、彼から「無事帰れた?」ってLINEが来て……実は彼自身が熱を出して寝込んでたことを知って、私はボロ泣きしたの。
不器用で、自己犠牲的で、最高にヒーローな彼に、完全に落ちた瞬間だったわ。
【Replay Mode:End】
✎ܚ
「……で、翌日私がお見舞いに行って、おかゆを作ってあげたのよね」
栞がうっとりと思い出に浸る。
「あの時の夏月くん、熱で顔真っ赤にしてて可愛かったなぁ」
……なるほど。
「雨の中の自己犠牲」。
ラブコメ偏差値の高さを感じるエピソードだ。
濡れて走る俺。貸した傘。後日談のお見舞いイベント。
完璧なコンボだ。
だが。
俺の脳内名探偵は、またしても異議を申し立てていた。
俺は、そんなに潔い人間か?
確かに、好きな女の子に傘を貸すくらいの男気は見せたい。
でも、「言葉少なに走り去る」か?
俺なら、もっとこう……未練がましく「よかったら入る?」とか聞いて、相合傘チャンスを狙うんじゃないか?
だって、当時はまだ付き合う前だろ?
千載一遇のチャンスをスルーして、ずぶ濡れダッシュを選ぶほどのハードボイルドさを、俺は持っている自信がない。
それに、「一人用の小さな折りたたみ傘」ってのも気になる。
俺、基本的にはビニール傘派だ。
折りたたみ傘なんて、カバンに入れた記憶がない。
俺はカバンを探った。
ない。やはり折りたたみ傘なんて入っていない。
家に帰って検証が必要だ。
✎ܚ
帰宅後。俺は自室の引き出しをひっくり返した。
当時の「証拠」を探すために。
栞の話が本当なら、俺は六月の中頃に風邪を引いて寝込んでいるはずだ。
あった。
机の奥から、レシートの束が出てきた。
俺は家計簿アプリをつける豆な性格(というか小遣いが少ないので管理必須)なので、レシートは捨てずに取っておく癖がある。
日付を確認する。六月十二日。
『ドラッグストア・マツモト』
購入品目:『総合感冒薬 パブロン』『熱さまシート』『ポカリスエット』……そして、『ビニール傘(65cm)』。
……ん?
ビニール傘?
俺は首を傾げた。
栞の話では、俺は「自分の折りたたみ傘を貸して、走って帰った」はずだ。
なぜ、ビニール傘を買っている?
レシートの時間は「17:30」。放課後だ。
ドラッグストアは学校と駅の間にある。
推測してみる。
1.昇降口で栞に傘がないことを知る。
2.俺も傘を持っていなかった(あるいは持っていたビニール傘を貸した?)。
3.俺は雨の中を走り、途中のドラッグストアで風邪薬と傘を買って帰った。
……いや、待てよ。
もし「持っていた傘を貸した」なら、その場で「あげる」なんてカッコいいこと言わずに、「俺、近くで買っていくからこれ使いなよ」って言うはずだ。その方が合理的だし、スマートだ。
「走って去る」必要がない。
さらに記憶の糸を手繰り寄せる。
部屋の隅に、見慣れないビニール傘が転がっていた。
柄の部分に、ピンク色のマスキングテープが貼ってある。
『Y.S』というイニシャル入り。
……これ、雪野栞(Yukino Shiori)の傘じゃないか?
なぜ、俺の部屋に彼女の傘がある?
彼女に貸したなら、彼女が持っているはずだ。
逆に、彼女から借りた?
いや、彼女は「傘を忘れた」と言っていた。
考えられる可能性は一つ。
『相合傘をした』。
俺が傘を持っていなくて、栞も持っていなくて(あるいは持っていたのに隠して?)、結局どちらかの傘、もしくは途中で買った傘に入った?
いや、それだと「俺がずぶ濡れになって風邪を引いた」理由が弱い。
相合傘なら、精々肩が濡れる程度だ。
混乱してきた。
事実は、「俺が風邪を引いた」ことと、「栞の傘がここにある」こと。
そして「栞の語るストーリー」には、「俺が走って帰った」という美談があること。
もしかして。
俺は、走ったんじゃない。
『走らされた』んじゃないか?
例えば、何か失敗をして。
恥ずかしさのあまり逃げ出したとか。
告白して玉砕したと思ってパニックになったとか。
あるいは……栞が嘘をついている?
「俺がカッコよく去った」ことにするために、何か別の『カッコ悪い事実』を隠蔽している?
ビニール傘のイニシャルを見つめる。
『Y.S』。
その可愛らしい文字が、何かを訴えかけている気がした。
この傘は知っているはずだ。
あの雨の日、本当に何があったのかを。
俺がなぜ、ずぶ濡れになって熱を出したのかを。
翌日、俺は栞にカマをかけてみることにした。
「風邪」の事実は合っている。でも、「過程」には確実にノイズが混じっている。
第4話「雨の日のバス停」。
検証結果:物的証拠(傘)と証言の不一致。
判定:美談の裏に、何か『隠したい過去』あり。
俺の頭の中で、栞への疑念という名の雨雲が、少しずつ広がり始めていた。
(つづく)
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