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第1章:大人の苦味(働く女性のリアル)
#1:義理チョコに込めた本気 Ep.01
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総務部の給湯室は、2月に入ると独特の匂いがする。
コーヒーの香りに混じって、甘ったるいチョコの匂いと、少し焦げたような陰謀の匂い。
女たちの「今年どうする?」という探り合いの声が、換気扇の音に紛れて聞こえてくる。
「先輩、今年の義理チョコどうします?」
「ああ、いつもの大袋でいいんじゃない? 一人250円予算で。領収書は福利厚生費で落とすから」
私は後輩に向かってテキパキと指示を出す。
手元にはExcelで作った「バレンタイン配布リスト」。
部内の男性社員、25名。
部長から新入社員まで、全員に平等に、安価に、遺恨を残さないように配る。
それが総務の、いや、「お局予備軍」である私の仕事だ。
私は29歳。
社内では「気配り上手」「みんなのお母さん」なんて呼ばれている。
便利なあだ名だ。
誰も私が、営業部のエース・高橋くん(同期)に5年間も片想いしているなんて気づいていない。
気づくわけがない。
私は完璧に「良き同僚」の皮を被っているから。
今年もまた、私の「偽造工作」が始まる。
業務用のスーパーで買った、大袋のチョコレートタワー。
その中に、一粒だけ、全く違うチョコを紛れ込ませる計画だ。
ベルギー王室御用達、一粒500円のプラリネ。
宝石みたいに艶やかなそれを、私は深夜の自室で、ピンセットを使って扱う。
安売りチョコと同じ透明フィルムで包み直し、同じ色のリボンを結ぶ。
指紋がつかないように、手袋をして。
まるで爆弾魔の工作作業だ。
「……完璧」
蛍光灯の下で透かしてみる。
見た目はどう見ても、一個30円の義理チョコ。
でも中身は、私の残業代と執念が詰まった本命だ。
虚しくないと言えば嘘になる。
「好きです」って言って、綺麗な箱に入れたまま渡せばいいじゃん。
10代の頃ならそう思ってただろう。
でも、29歳の社内恋愛はリスキーだ。
もし振られたら?
今の「なんでも話せる同期」というポジションを失う。
飲み会の幹事を頼まれなくなる。
彼の愚痴を聞けなくなる。
それは、死ぬより怖い。
だから私は、こうして「義理」の皮を被った本命を、密輸するように彼に届けるのだ。
誰にもバレず、彼にだけ届くように。
もしかしたら、食べた瞬間に「あれ?」って思ってくれるかもしれない。
「これ、なんか違うな」って、私の特別扱いに気づいてくれるかもしれない。
そんな、宝くじより低い確率の奇跡に、私は5年目の今年も賭けている。
(つづく)
コーヒーの香りに混じって、甘ったるいチョコの匂いと、少し焦げたような陰謀の匂い。
女たちの「今年どうする?」という探り合いの声が、換気扇の音に紛れて聞こえてくる。
「先輩、今年の義理チョコどうします?」
「ああ、いつもの大袋でいいんじゃない? 一人250円予算で。領収書は福利厚生費で落とすから」
私は後輩に向かってテキパキと指示を出す。
手元にはExcelで作った「バレンタイン配布リスト」。
部内の男性社員、25名。
部長から新入社員まで、全員に平等に、安価に、遺恨を残さないように配る。
それが総務の、いや、「お局予備軍」である私の仕事だ。
私は29歳。
社内では「気配り上手」「みんなのお母さん」なんて呼ばれている。
便利なあだ名だ。
誰も私が、営業部のエース・高橋くん(同期)に5年間も片想いしているなんて気づいていない。
気づくわけがない。
私は完璧に「良き同僚」の皮を被っているから。
今年もまた、私の「偽造工作」が始まる。
業務用のスーパーで買った、大袋のチョコレートタワー。
その中に、一粒だけ、全く違うチョコを紛れ込ませる計画だ。
ベルギー王室御用達、一粒500円のプラリネ。
宝石みたいに艶やかなそれを、私は深夜の自室で、ピンセットを使って扱う。
安売りチョコと同じ透明フィルムで包み直し、同じ色のリボンを結ぶ。
指紋がつかないように、手袋をして。
まるで爆弾魔の工作作業だ。
「……完璧」
蛍光灯の下で透かしてみる。
見た目はどう見ても、一個30円の義理チョコ。
でも中身は、私の残業代と執念が詰まった本命だ。
虚しくないと言えば嘘になる。
「好きです」って言って、綺麗な箱に入れたまま渡せばいいじゃん。
10代の頃ならそう思ってただろう。
でも、29歳の社内恋愛はリスキーだ。
もし振られたら?
今の「なんでも話せる同期」というポジションを失う。
飲み会の幹事を頼まれなくなる。
彼の愚痴を聞けなくなる。
それは、死ぬより怖い。
だから私は、こうして「義理」の皮を被った本命を、密輸するように彼に届けるのだ。
誰にもバレず、彼にだけ届くように。
もしかしたら、食べた瞬間に「あれ?」って思ってくれるかもしれない。
「これ、なんか違うな」って、私の特別扱いに気づいてくれるかもしれない。
そんな、宝くじより低い確率の奇跡に、私は5年目の今年も賭けている。
(つづく)
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