【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

文字の大きさ
5 / 75
第1章:大人の苦味(働く女性のリアル)

#1:義理チョコに込めた本気 Ep.05

しおりを挟む
 披露宴。
 私は笑顔で出席していた。
 新郎側の友人席。同期たちと一緒に。
 高橋くんはタキシード姿で、隣には真っ白なドレスを着た奥さんがいる。
 お似合いだ。
 スポットライトを浴びて、二人は物語の主人公そのものだった。
 私は、その他大勢のエキストラA。

 料理の味なんてしない。
 高いフレンチのはずなのに、ゴムを噛んでいるみたいだ。
 シャンパンだけが進む。
 酔っ払って暴れてやりたい。
「私が先に見つけたのに!」って叫んでやりたい。
 でも、私は29歳の分別ある大人だから、静かに拍手をして、静かに笑っている。

 スピーチの時間。
 新郎の悪友・田中がマイクを持つ。
 大学時代の武勇伝や、高橋くんの恥ずかしい過去話で会場が湧く。
 その中で、田中がふと、こんなエピソードを話し始めた。

「高橋のやつ、昔こんなこと言ってまして。『一番うまいチョコは、毎年バレンタインに同期がくれる義理チョコだ』って」

 会場がドッと沸く。
「ヒュー!」とか冷やかす声。
 私は心臓が止まるかと思った。
 同期がくれる義理チョコ。
 私のことだ。
 他に毎年あげてる同期なんていない。

「『あれに勝るチョコはない。店で売ってる高いやつよりうまい』って、奥さんの手作りチョコ食べるまで言ってましたよー!」

 オチがついた。
 奥さんのチョコの引き立て役としての、私の義理チョコ。
「過去の栄光」としての、私のプラリネ。

 でも。
 彼は覚えていてくれたのだ。
 あの「義理」に隠した、私の「本気」の味を。
「たまたま混ざってた」なんて嘘を信じつつも、あるいは気づかないふりをしつつも、味覚だけは正直に反応してくれていた。
「一番うまい」と言ってくれていた。

 涙が出そうになった。
 嬉しさと、悔しさと、切なさが全部混ざって、喉の奥が詰まる。
 高橋くんと目が合った。
 彼は照れくさそうに、小さく手を挙げた。
「悪ぃな、ネタにして」という顔で。
 奥さんも、苦笑いしながら私に会釈してくれた。
 余裕のある勝者の笑みだ。

 ずるい男だ。
 最後まで、私の気持ちを知っていて、泳がせていたのかもしれない。
「都合のいい女友達」の枠からはみ出さないように、コントロールされていたのかもしれない。
 でも、それが彼の優しさだったのかもしれない。
 私たちの関係を壊さないための、最低限の配慮。

 帰り道。
 引き出物の重たい紙袋を持って、地下鉄に乗る。
 バームクーヘンと、カタログギフト。
 そして、彼との思い出の残骸。
 重い。何もかもが重い。

 私は袋の中から、プチギフトのクッキーを取り出した。
「Thank You」と書かれたシールが貼ってある、安っぽいクッキー。
 封を開けて食べた。
 パサパサして、ただ甘いだけの味。
 私のあげたプラリネより、ずっと劣る味。
 でも、これが現実の味だ。
 これが、私が「友人」として受け取れる、精一杯の愛の形だ。

「……お幸せに、バカ」

 つり革を握る手に力を込める。
 電車が揺れる。
 来年のバレンタインは、自分の一番好きなチョコを買おう。
 誰にも隠さず、堂々と自分で食べるために。
 誰かのための「義理」じゃなく、私のための「本命」を。

 私の5年越しの初恋は、地下鉄の轟音にかき消されながら、今日ここで成仏した。

(義理チョコに込めた本気・おわり)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

聖女エーステリアの死

倉真朔
恋愛
聖女エーステリアはなぜ最愛の人に断罪されたのか。切ない物語です。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

カメリア――彷徨う夫の恋心

来住野つかさ
恋愛
ロジャーとイリーナは和やかとはいえない雰囲気の中で話をしていた。結婚して子供もいる二人だが、学生時代にロジャーが恋をした『彼女』をいつまでも忘れていないことが、夫婦に亀裂を生んでいるのだ。その『彼女』はカメリア(椿)がよく似合う娘で、多くの男性の初恋の人だったが、なせが卒業式の後から行方不明になっているのだ。ロジャーにとっては不毛な会話が続くと思われたその時、イリーナが言った。「『彼女』が初恋だった人がまた一人いなくなった」と――。 ※この作品は他サイト様にも掲載しています。

ミュリエル・ブランシャールはそれでも彼を愛していた

玉菜きゃべつ
恋愛
 確かに愛し合っていた筈なのに、彼は学園を卒業してから私に冷たく当たるようになった。  なんでも、学園で私の悪行が噂されているのだという。勿論心当たりなど無い。 噂などを頭から信じ込むような人では無かったのに、何が彼を変えてしまったのだろう。 私を愛さない人なんか、嫌いになれたら良いのに。何度そう思っても、彼を愛することを辞められなかった。 ある時、遂に彼に婚約解消を迫られた私は、愛する彼に強く抵抗することも出来ずに言われるがまま書類に署名してしまう。私は貴方を愛することを辞められない。でも、もうこの苦しみには耐えられない。 なら、貴方が私の世界からいなくなればいい。◆全6話

走馬灯に君はいない

優未
恋愛
リーンには前世の記憶がある。それは、愛を誓い合ったはずの恋人の真実を知り、命を落とすというもの。今世は1人で生きていくのもいいと思っていたところ、急に婚約話が浮上する。その相手は前世の恋人で―――。

【完結】勘違いしないでください!

青空一夏
恋愛
自分の兄の妻に憧れすぎて妻を怒らせる夫のお話です。 私はマドリン・バーンズ。一代限りの男爵家の次女ですが、サマーズ伯爵家の次男ケントンと恋仲になりました。あちらは名門貴族なので身分が釣り合わないと思いましたが、ケントンは気にしないと言ってくれました。私たちは相思相愛で、とても幸せな結婚生活を始めたのです。 ところが、ケントンのお兄様が結婚しサマーズ伯爵家を継いだ頃から、ケントンは兄嫁のローラさんを頻繁に褒めるようになりました。毎日のように夫はローラさんを褒め続けます。 いいかげんうんざりしていた頃、ケントンはあり得ないことを言ってくるのでした。ローラさんは確かに美人なのですが、彼女の化粧品を私に使わせて・・・・・・ これは兄嫁に懸想した夫が妻に捨てられるお話です。あまり深く考えずにお読みください💦 ※二話でおしまい。 ※作者独自の世界です。 ※サクッと読めるように、情景描写や建物描写などは、ほとんどありません。

処理中です...