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第2章:技術とプライド(職人の敗北)
#4:彼女の代わりに作ったチョコレート Ep.01
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「おーねーがーい! ほんと、頼れるのアンタしかいないの!」
カフェの閉店作業中、親友のミナがカウンターに突っ伏して叫んだ。
エスプレッソマシンの清掃をしていた私は、手を止めて深いため息をついた。
もう2月だ。この時期の女子の頼み事なんて、ロクなものがない。
「アンタ、パティシエ見習いでしょ? プロでしょ? 私を助けてよ!」
「……ミナ、私まだ見習いだし。お店の商品を横流しとかできないよ」
「違うの! 私が作りたいの! ご指導ご鞭撻をお願いしたいの!」
ミナは上目遣いで訴えてくる。
内容はシンプルかつ最悪なものだった。
バレンタインに、付き合いたての彼氏に手作りチョコをあげたい。
でも自分は料理レベルが「お湯を沸かせる程度」。
だから、私の家で、私の指導のもと、プロ級のチョコを作らせてほしい。
「……あのさ、それ詐欺じゃん」
「いいの! 愛があれば!」
「愛があるなら自分でクックパッド見て作れよ」
「彼、甘すぎるの苦手だからさ、プロの調整が必要なの! 舌が肥えてる人だから、市販のは嫌なんだって」
甘すぎるのが苦手。舌が肥えている。市販嫌い。
そのフレーズに、背筋がゾッとした。
半年前に別れた私の元カレ・健人もそうだった。
面倒くさい男だった。
カカオの産地がどうとか、砂糖の種類がどうとか。
「で、彼氏ってどんな人?」
嫌な予感を打ち消すために、何気なく聞いた。
「んーとね、名前はケント。営業やってて、背が高くて、ちょっと理屈っぽいんだけど、そこが可愛くて~」
写真を見せられた。
そこには、見慣れた顔があった。
健人だ。
半年間で少し髪が伸びていたけど、あの偉そうな薄い唇は変わっていなかった。
「……へえ」
世界は狭い。
狭すぎる。東京って村なの?
ミナの新しい彼氏は、私の元カレだった。
この時点で断ればよかった。
「そいつ、私の元カレだよ。性格悪いよ」って言えばよかった。
でも、私の歪んだプライドが邪魔をした。
私の料理を「重い」と言って振った健人。
「お前の料理は完璧すぎて息が詰まる」と言った健人。
彼が、料理もできないミナの手作り(という名の私の作品)を食べてどう思うか。
ミナが「私が作った♡」と嘘をついて、私が作った味を彼が絶賛する。
その皮肉な状況を、見てみたいと思ってしまった。
最高に性格の悪い好奇心が、私の胸の中で黒く渦巻いた。
「分かった。手伝ってあげる」
「マジ!? 神!! 大好き!!」
ミナがカウンター越しに抱きついてくる。
香水の甘い匂いが鼻につく。
私は冷めた目で、彼女の背中越しに磨き終わったグラスを見つめていた。
これは復讐だ。
誰に対しての?
味の違いも分からない健人にか、人の彼氏(元だけど)を捕まえたミナにか、あるいは未練がましい私自身にか。
分からないまま、地獄のキッチン・スタジオが開演した。
(つづく)
カフェの閉店作業中、親友のミナがカウンターに突っ伏して叫んだ。
エスプレッソマシンの清掃をしていた私は、手を止めて深いため息をついた。
もう2月だ。この時期の女子の頼み事なんて、ロクなものがない。
「アンタ、パティシエ見習いでしょ? プロでしょ? 私を助けてよ!」
「……ミナ、私まだ見習いだし。お店の商品を横流しとかできないよ」
「違うの! 私が作りたいの! ご指導ご鞭撻をお願いしたいの!」
ミナは上目遣いで訴えてくる。
内容はシンプルかつ最悪なものだった。
バレンタインに、付き合いたての彼氏に手作りチョコをあげたい。
でも自分は料理レベルが「お湯を沸かせる程度」。
だから、私の家で、私の指導のもと、プロ級のチョコを作らせてほしい。
「……あのさ、それ詐欺じゃん」
「いいの! 愛があれば!」
「愛があるなら自分でクックパッド見て作れよ」
「彼、甘すぎるの苦手だからさ、プロの調整が必要なの! 舌が肥えてる人だから、市販のは嫌なんだって」
甘すぎるのが苦手。舌が肥えている。市販嫌い。
そのフレーズに、背筋がゾッとした。
半年前に別れた私の元カレ・健人もそうだった。
面倒くさい男だった。
カカオの産地がどうとか、砂糖の種類がどうとか。
「で、彼氏ってどんな人?」
嫌な予感を打ち消すために、何気なく聞いた。
「んーとね、名前はケント。営業やってて、背が高くて、ちょっと理屈っぽいんだけど、そこが可愛くて~」
写真を見せられた。
そこには、見慣れた顔があった。
健人だ。
半年間で少し髪が伸びていたけど、あの偉そうな薄い唇は変わっていなかった。
「……へえ」
世界は狭い。
狭すぎる。東京って村なの?
ミナの新しい彼氏は、私の元カレだった。
この時点で断ればよかった。
「そいつ、私の元カレだよ。性格悪いよ」って言えばよかった。
でも、私の歪んだプライドが邪魔をした。
私の料理を「重い」と言って振った健人。
「お前の料理は完璧すぎて息が詰まる」と言った健人。
彼が、料理もできないミナの手作り(という名の私の作品)を食べてどう思うか。
ミナが「私が作った♡」と嘘をついて、私が作った味を彼が絶賛する。
その皮肉な状況を、見てみたいと思ってしまった。
最高に性格の悪い好奇心が、私の胸の中で黒く渦巻いた。
「分かった。手伝ってあげる」
「マジ!? 神!! 大好き!!」
ミナがカウンター越しに抱きついてくる。
香水の甘い匂いが鼻につく。
私は冷めた目で、彼女の背中越しに磨き終わったグラスを見つめていた。
これは復讐だ。
誰に対しての?
味の違いも分からない健人にか、人の彼氏(元だけど)を捕まえたミナにか、あるいは未練がましい私自身にか。
分からないまま、地獄のキッチン・スタジオが開演した。
(つづく)
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