【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第1章:大人の苦味(働く女性のリアル)

#3:チョコレートは溶けても、想いは残る Ep.05

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 週末。
 私は部屋の掃除をしていた。
 失恋したら断捨離、というのは定石らしい。
 先輩との思い出の品なんて、元々ほとんどないけど。
 映画の半券とか、みんなで撮った写真とか。
 そういう細かいゴミを、一つずつ捨てていく。

 クローゼットの奥から、古い手紙が出てきた。
 大学の卒業式の時、先輩がくれたメッセージカード。
『サークル盛り上げてくれてありがとう。お前は最高のマネージャーだったよ。これからもよろしく!』

「最高のマネージャー」。
「これからもよろしく」。
 この頃から、何も変わってないじゃん。
 私はずっと「便利な女」で、先輩はずっと「無邪気な王様」だった。
 私が勝手に意味深に受け取って、勝手に深読みして、勝手に夢を見ていただけ。

 カードを破ろうとして、手が止まった。
 破れない。
 悔しいけど、まだ捨てられない。
 10年という時間は、紙切れ一枚よりもずっと重くて、私の細胞一つ一つに染み付いている。
 簡単には剥がれない。

 昼過ぎ、コーヒーを淹れた。
 お供にするのは、自分用に買ったチョコだ。
 先輩にあげたのと同じブランドの、自分用の安いやつ。
 結局、買ってたんだよね。
「二人で『これ美味しいね』って言い合う未来」を妄想して。

 一粒食べる。
 カカオの香りが口いっぱいに広がる。
 甘い。
 そして、ほろ苦い。
 さすがプロの仕事だ。
 私の涙の味なんかより、ずっと上品で複雑な味がする。

「……おいし」

 独り言が漏れる。
 美味しいものは、美味しい。
 どんなに悲しくても、味覚は正常だ。
 それが少し、救いな気がした。

 スマホを見る。
 先輩の連絡先。
 非表示にするか、削除するか。
 迷って、結局そのまま閉じた。
 ブロックする勇気もない。
 いつかまた、「元気か?」って連絡が来たら、尻尾振って返信しちゃうんだろうな、私。
 それが私の弱さであり、これからの人生で背負っていく「業」なんだろう。

「妹」ポジション。
 それは、絶対に恋人になれない呪いの席だけど、絶対に縁が切れない特等席でもある。
 ズルい考え方だ。
 でも、今はそれでいい。
 この席に座りながら、いつか本当に好きな人ができるかもしれないし、あるいは一生このままかもしれない。

 チョコが口の中で溶けていく。
 形はなくなっても、甘い余韻はずっと舌の上に残っている。
 私の恋心も、こうやってゆっくり溶けていけばいい。
 完全には消えなくても、甘い思い出として、たまに思い出して苦笑いできるくらいになればいい。

「よし」

 私は立ち上がった。
 掃除の続きをしよう。
 窓を開ける。
 まだ2月の風は冷たいけど、日差しは少しだけ春めいている気がした。
 新しい季節が来る。
 彼氏のいない、片想いもない、空っぽだけど自由な季節が。

(チョコレートは溶けても、想いは残る・おわり)
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