【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第2章:技術とプライド(職人の敗北)

#4:彼女の代わりに作ったチョコレート Ep.04

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 2月15日。
 朝からスマホが気になって仕方なかった。
 ミナからの報告LINEを待っている。
 性格が悪いのは承知の上だ。
 もしかしたら「バレた! 怒られた!」っていう報告が来るかもしれない。
 そしたら「あーごめん、私の手癖が出ちゃった♡」って言ってやるんだ。

 昼休み。
 通知が来た。
『大成功!!!!!』
 スタンプ連打。
 くす玉が割れるスタンプ。

『彼、めっちゃ感動してた! 「こんな上手いの初めて食った」って!』
『「店出せるレベルじゃん」「俺のためにこんな凄いの作ってくれたなんて」って泣きそうだったよ~』
『アンタのおかげ! マジ感謝! ランチ奢るね!』

 スマホの画面を見つめる私の目が、急速に光を失っていくのが分かる。
 そうか。
 感動したか。
 初めて食べた、なんて言ったか。

 ……気づかなかったんだ。
 あの味に。
 オレンジピールの隠し味に。
 私が何度も何度も作ってあげた、あのこだわりの味と同じだってことに。

 彼は、味なんて見ていなかった。
「俺のために彼女が頑張った」というシチュエーションに酔っていただけだ。
 あるいは、「ミナが作った」という事実のフィルターを通して食べていたから、何割増しにも美味しく感じただけだ。
 それとも、私の作った味なんて、半年で忘れてしまったのか。
 オレンジの香りも、口溶けのタイミングも、彼にとっては「過去の些末なデータ」として消去されていたのか。

『よかったね』
 返信する指が震える。
 私の技術も、愛情も、思い出も。
 全部、ミナの手柄になった。
 ミナへの愛を深めるための燃料になった。

 NTR(寝取られ)ってこういう気分のことを言うんだろうか。
 彼氏だけじゃなく、私の「職人としての誇り」まで寝取られた気分だ。
 私が修行して身につけた技術が、こんな形で消費されるなんて。

『今度彼も紹介するね! アンタのカフェ連れてく!』
『……うん、楽しみにしてる』

 嘘だ。絶対に来るな。
 二人の幸せそうな顔を見ながらコーヒーを淹れるなんて、どんな拷問だよ。
 でも、断れない自分がいる。
「いい人」を演じ続けることでしか、自分を保てない。

 私はスマホをベッドに投げ捨てた。
 布団を被って丸くなる。
 私の作ったチョコで笑顔になる元カレと、それを自分の手柄にして「愛され彼女」になる親友。
 誰も不幸になっていない。
 世界は平和だ。
 私一人が、勝手に期待して、勝手に絶望しているだけ。
 それが一番、救いようがない。

(つづく)
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