【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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第2章:技術とプライド(職人の敗北)

#4:彼女の代わりに作ったチョコレート Ep.05

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 ミナにあげたガトーショコラ。
 実は、切れ端と余った生地で、小さいココット型の自分用を作っていた。
 味見用という言い訳で。
 でも本当は、健人と間接的に繋がりたかっただけなのかもしれない。
 同じ日に、同じ味を共有するという、誰にも知られない儀式。

 冷蔵庫の奥からそれを取り出す。
 冷えて少し固くなっている。
 銀色のフォークを入れる。
 ずっしりとした感触。
 ミナのはホイップクリームを添えただろうか。
 健人はブラックコーヒーと一緒に食べただろうか。

 一口食べる。
 オレンジの香りが鼻に抜ける。
 濃厚なカカオの苦味と甘味。
 完璧だ。
 火の通り加減も、口溶けも、私が作った中で一番の出来かもしれない。
 皮肉だ。
 一番憎いシチュエーションで作ったものが、一番いい出来になるなんて。

「……美味しいじゃん」

 涙がボロボロ落ちて、ケーキの上に塩味を足していく。
 美味しい。
 悔しいけど、美味しい。
 健人が「店出せる」って言ったのも嘘じゃない。
 私の腕は確かだ。
 それだけは、真実だ。

 私は、この腕で生きていく。
 パティシエとして。
 男に媚びるためじゃなく、彼氏を作るためじゃなく。
 お金を稼ぐために、この技術を使う。
 健人の胃袋はもう掴めないけど、世界中のたくさんの客の胃袋を掴んでやる。
「甘いものは心の栄養」なんて綺麗な言葉は信じない。
 甘いものは、ただの快楽物質だ。
 私はそれを売る売人になればいい。

 ケーキを完食した。
 お皿に残った小さな欠片も、指で拾って食べた。
 これで終わり。
 健人への未練も、ミナへの嫉妬も、全部消化してやる。
 私の血肉に変えてやる。

 明日、カフェに行ったら、シェフに新メニューを提案しよう。
「オレンジピールのガトーショコラ・ビター」。
 キャッチコピーは「失恋の味がする、大人のデザート」。
 いや、「嘘つきのためのマスカレード・ショコラ」かな。
 売れるかな。
 売れるといいな。

 私は空になった皿をシンクに置いた。
 水で流すと、茶色い汚れはあっという間に消えていった。
 私の恋も、こんなふうに綺麗に洗い流せたらいいのに。
 シンクの排水溝が、ゴボゴボと音を立てて私の感情を飲み込んでいった。

(彼女の代わりに作ったチョコレート・おわり)
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