【短編集】バレンタイン・ノワール ~ハッピーエンドは売り切れました~

月下花音

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最終章:愛の残骸

#14:図書室の二人は、卒業までの期間限定 Ep.05

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 卒業式当日。
 桜が咲き始めていた。
 校舎裏の、大きな桜の木の下。
 先輩を呼び出した。
 これが最後だ。

 先輩は制服のボタンを全部つけたまま、やってきた。
 誰にもあげていない。
 私にも、くれる気はないのだろう。
「第二ボタンください」なんて言う権利は、契約条項には含まれていない。

「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう」

 先輩は晴れ晴れとした顔をしていた。
 憑き物が落ちたように爽やかだ。
 私の「リハビリ」は成功したんだ。
 私は優秀な看護師だった。彼の傷を治し、社会復帰させた。
 でも、患者が退院したら、看護師の役目は終わりだ。

「きみのおかげで、楽しかったよ。ありがとう」
 先輩が手を差し出す。
 握手。
 恋人にする挨拶じゃない。
 これは、契約終了の握手だ。
 ビジネスライクな、別れの儀式。

「先輩、私……」
「これからも」と言おうとした。
「遠距離でもいいから」と言おうとした。
 でも、先輩の目があまりにも真っ直ぐで、そして「拒絶」の色を帯びていて、言葉が喉に詰まった。
「これ以上踏み込むな」という無言の圧力を感じた。

「……元気でね。いい恋しろよ」
 先輩は私の頭をポンと撫でた。
 子供扱い。
 そして、くるりと背を向けて歩き出した。

 待って。
 行かないで。
 まだ好きなんです。
 心のなかで叫んでも、足が動かない。
「卒業までなら」という約束が、呪いのように私を縛り付けている。
 私は自分から合意したのだ。この結末に。

 先輩の背中が遠ざかる。
 春の風が吹いて、桜の花びらが舞う。
 私はその場にしゃがみこんだ。
 先輩にとっては「ひと時の癒やし」だったかもしれない時間が、私にとっては「一生忘れられない初恋」になってしまった。
 不平等な契約。
 でも、それにサインしたのは私だ。

「……さようなら、先輩」
 私の恋は、桜と一緒に散って、春の土に還っていく。
 ただ、冷たい風だけが吹き抜けていった。
 カバンの中には、渡せなかった手紙が入ったままだった。
 それはもう、永遠に届かない。

(おわり)
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