舞台の上で僕らは恋をした。演技と真実が交錯する甘々青春ラブストーリー♡

月下花音

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第3話 放課後リハ、セリフより心臓がうるさい

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十七時。校舎はすっかり静まり返り、廊下に残るのは俺の足音だけだ。演劇部の教室に向かう道中、心臓の鼓動が歩くリズムを乱す。ドクン、ドクン。昨日より激しく、耳元で鳴り響く。

扉を開けると、こころが一人で台本に目を落としていた。窓から差し込む夕日が、彼女の横顔を柔らかな金色に染め上げる。ポニーテールの黒髪が、光の粒子を絡め取るように揺れる。

「お疲れさま、優也くん」

振り返った彼女の笑顔が、昨日より柔らかく、どこか甘い。部員の視線がない今、彼女の瞳にいつもの計算めいた輝きが薄れている。

(部員がいない時の彼女は……違う)

「今日は本格的な練習をしましょう」

こころが立ち上がる。制服のスカートが軽く揺れ、夕日の光を反射して淡い影を落とす。

「本格的……ですか?」

「ええ。恋人同士のシーンは、技術だけじゃダメ。心を込めないと」

心を込める。その言葉が、胸の奥でゆっくりと溶けていくように広がる。俺はただ、頷くしかなかった。

 

「まず、距離感から直しましょう」

こころが俺の前に立つ。距離は一メートル。昨日までの安全圏だ。

「恋人同士なら、もっと近くにいるはず」

彼女が一歩、また一歩と近づいてくる。空気が、彼女の香りで満たされ始める。かすかな花の匂い、シャンプーの甘さ。

五十センチ、三十センチ、二十センチ……。

「これくらいかしら」

こころの顔が、手を伸ばせば触れられる距離にある。彼女の息が、俺の頰に優しく触れる。温かく、湿った空気が、肌を撫でるように溶け込む。

心臓の音が、耳の中で暴れ出す。ドクン、ドクン。セリフなんか、頭から飛んでしまいそう。

「緊張してる?」

「少し……」

「演技よ。演技だから、大丈夫」

演技だから。その言葉が、俺の胸を少しだけ落ち着かせる。でも、彼女の瞳は演技のそれじゃない。深く、俺を引き込むような輝きを宿している。

「手を取って」

こころが右手を差し出す。細い指が、夕日に透けて見えるほど白い。

俺は恐る恐る、彼女の手を取る。昨日より長く、しっかりと。指先が絡み合い、掌の温もりが、ゆっくりと伝わってくる。柔らかく、しかし確かな熱が、俺の皮膚に染み込んでいく。

「そう。今度は台詞を言いながら」

「『君の手は、僕の心を静める』」

台詞を言いながら、こころの手を見つめる。彼女の指の感触が、指先に甘い痺れを残す。

「上手。でも、もっと感情を込めて」

こころが俺の手を、両手で包み込む。彼女の指が、俺の掌を優しく撫でるように動き、温もりが二重、三重に重なる。まるで、溶けた蜜のように、互いの熱が混じり合い、境界が曖昧になる。

(温かい……)

「『君がいると、世界が変わって見える』」

今度は、こころの目を見て言った。彼女の瞳が、わずかに揺れる。夕日の光が、そこに小さな炎を灯すように。

「いいわね……」

でも、こころの声が少し掠れている。息が、わずかに乱れ、彼女の胸の上下が、俺の視界に映る。制服の白いブラウスが、柔らかく波打つ。

その瞬間、俺たちの手はただ握っているだけじゃなかった。指が絡み、掌が密着し、熱が静脈を伝って心臓まで届く。空気が、重く甘く、溶け合うように濃密になる。彼女の香りが、俺の肺に満ち、息を吸うたび、胸が疼く。

(これは……演技の限界を超えてる)

こころの唇が、微かに開く。そこから漏れる息が、俺の首筋に触れ、肌を震わせる。二十センチの距離が、永遠のように感じる。いや、零のように。

「優也くん……もう少し、深く」

彼女の囁きが、耳に溶け込む。深く。言葉の意味が、身体に染み渡る。

俺は、無意識に指を動かす。彼女の掌を、優しく撫で返す。こころの目が、細く細くなり、瞳の奥で何かが揺らぐ。熱い、甘い、溶けるような視線。

心臓の音が、セリフを掻き消す。ドクン、ドクン。俺たちは、台本のページをめくることなく、ただ互いの熱に身を委ねていた。

 

「次は、抱擁のシーンよ」

こころが手を離す。でも、その感触が、掌に残り続ける。彼女の頰が、夕日に染まってほんのり赤い。

「抱擁……ですか?」

「ええ。ロミオがジュリエットを、優しく抱きしめる場面。感情を込めて、ね」

彼女の声は、いつもの部長らしい落ち着きを取り戻している。でも、瞳の奥に、微かな揺らぎが残る。

俺は頷き、台本を開く。ページに書かれた指示:ロミオ、ジュリエットをそっと抱き寄せ、囁く。

「じゃあ、始めましょう」

こころが俺の前に立つ。距離はまた、二十センチ。彼女の肩が、俺の胸の高さにぴったりと合う。

「『君の温もりが、僕のすべて』」

台詞を言いながら、俺は恐る恐る手を伸ばす。こころの肩に触れ、ゆっくりと引き寄せる。彼女の身体が、俺の胸に寄りかかる。柔らかな曲線が、制服越しに伝わる。温かく、軽く、しかし確かな重み。

こころの髪が、俺の頰をくすぐる。シャンプーの香りが、濃く立ち上る。彼女の息が、俺の首筋に当たり、肌を溶かすように熱い。

「もっと強く……抱きしめて」

彼女の声が、耳元で響く。俺は腕に力を込め、彼女を包み込む。背中の感触が、掌に染み込む。細い腰、柔らかな肩。すべてが、俺の熱と混じり合い、溶けていく。

(こんなに近くて……)

こころの心臓の鼓動が、俺の胸に伝わる。ドクン、ドクン。俺のそれと、重なり合うリズム。台詞なんか、必要ない。互いの息が、絡み合い、静かな部屋に甘い音を立てる。

「『永遠に、君を守る』」

囁くように言う。こころの身体が、わずかに震える。彼女の指が、俺の背中に回り、布地を掴む。爪の感触が、甘い痛みを残す。

「優也くん……」

彼女の声が、掠れ、溶けた蜜のように甘い。俺は、彼女の髪に顔を埋める。柔らかな感触が、頰を包む。香りが、頭の中を満たす。

この瞬間、演技の境界が、溶け失せた。俺たちは、ただ、互いの熱に溺れていた。

 

「今日は、ここまでにしましょう」

こころがゆっくりと身体を離す。頰は赤く、瞳は潤んでいる。夕日が沈みかけ、部屋に柔らかな橙色が広がる。

「どうだった?」

「……すごかったです」

本当だ。心臓が、まだ鳴り止まない。身体のあちこちに、彼女の感触が残っている。

「そう。あなた、どんどん上手になってるわ」

こころの言葉に、期待が込められている。でも、彼女の視線は、俺を避けるように台本に落ちる。

「明日も、この時間で。もっと、深くいきましょう」

深く。その言葉が、また胸を疼かせる。

「はい……」

俺は頷く。部室を出る頃、廊下はすっかり暗くなっていた。

 

帰り道、夕闇の校門をくぐる。頭の中は、こころの温もりでいっぱいだ。

(あの抱擁……演技だったのか?)

手を取った時の指の絡み、抱きしめた時の鼓動の重なり。あの溶けるような熱。

(彼女も、感じていた。絶対に)

でも、俺はただの新入り。彼女の計画の一部でしかないはずだ。

携帯が鳴る。メッセージ。

『お疲れさま。明日はもっと感情を。楽しみにしてるわ。—こころ』

楽しみ。その言葉に、心臓がまた跳ねる。

(俺は、何を期待してるんだ?)

演技の練習。それだけのはずなのに。

 

十七時の教室は、秘密の時間だった。

距離を詰め、手を重ね、抱擁を交わす。すべてが、計算通りのはず。

でも……優也くんの腕の中で、熱が溶け合う感覚。あの鼓動の響き合い。

計算が、狂う。胸の奥が、甘く疼く。

これは、指導者の責任感。理想のロミオを育てるため。

そうよ。それだけ。

でも、明日の「深く」が、こんなに待ち遠しいなんて。

唇を噛む。頰の熱が、引かない。

(私は、何を始めようとしているの?)

演技の台本に、ないページが、開き始めている。
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