【短編】クソみたいな聖夜

月下花音

文字の大きさ
1 / 5

第1話:クリスマス前

しおりを挟む
 12月20日。
 2学期の終業式。
 教室の空気が浮き足立っているのが分かる。
 クラスメイトたちの会話の端々から、「クリスマス」「彼氏」「デート」「プレゼント」といった単語が飛び交っていて、まるで地雷原の中を歩いている気分だ。
 私はカースト中位。
 決して底辺ではないけれど、トップグループのようなキラキラした青春とは無縁だ。
 地味でもなく、派手でもなく、ただ「普通」に生息している女子高生。
 それが私、ミカだ。

「ミカはさー、クリスマスどうすんの?」
 隣の席のユイが話しかけてきた。
 ユイは彼氏持ちだ。
 サッカー部のレギュラーで、背が高くて、まあまあイケメンの彼氏がいる。
 その質問には、「私は彼氏とデートだけど、あんたはどうせ暇でしょ?」というマウントが含まれていることくらい、バカじゃないんだから分かる。
 ここで「暇だよ」と答えるのは、敗北宣言と同じだ。
 私のプライドが許さない。
「えー? まだ内緒」
 とっさに嘘をついた。
 意味深な笑みを浮かべて誤魔化す。
「え、何それ! 彼氏できたん!?」
 ユイの声が無駄にでかい。
 クラス中の視線が集まるのが分かる。
「いや、できてないけど……ちょっとね」
 曖昧に濁す。
 これが精一杯の虚勢だ。
「怪しい~! 誰? 他校?」
「まあ、そんな感じ」
 嘘の上塗りだ。
 泥沼にハマっていく音が聞こえるようだった。

 放課後。
 逃げるように教室を出て、昇降口に向かう。
 靴箱を開けると、中に入っていたのは上履きと、誰かが間違えて入れたであろうプリントの切れ端だけ。
 ラブレターなんて入ってるわけがない。
 そんなの都市伝説だ。
 ため息をつきながらローファーに履き替える。
 つま先が少し擦り切れていて、白くなっているのが目に入った。
 新しいの買わなきゃな。
 でもお母さんに言ったら「まだ履けるでしょ」って怒られそうだし、メルカリで安いの探すか……とか考えてる自分が貧乏くさくて嫌になる。

 スマホを取り出す。
 LINEの通知ゼロ。
 Twitterを見る。
 タイムラインは「クリぼっち回避!」とか「彼氏とイルミネーション♡」みたいな投稿で埋め尽くされている。
 スクロールする指が止まらない。
 中毒みたいに見続けてしまう。
 自分を傷つけるために見てるとしか思えない。
 インスタのストーリーを開く。
 クラスの女子たちが、スタバの新作フラペチーノを持って自撮りしてる動画が流れてくる。
『テスト終わった~! ご褒美♡』
 キラキラやハートのスタンプでデコられた画面。
 画面の向こう側は、私が決して入れない楽園みたいに見える。
 私もスタバ行きたいけど、今月のお小遣いもうないし、そもそも一人で行って並んでる姿を見られたら「ミカ、ぼっちじゃん」って思われるのが怖くて行けない。

 校門を出ると、冷たい風が吹き付けてきた。
 マフラーに顔を埋める。
 ユニクロのヒートテック着てるのに寒い。
 スカートの下にジャージ履きたいけど、それやったら終わりだから我慢してる。
 女子高生の冬は、寒さとの戦いだ。
「あー、マジでどうしよ」
 独り言が漏れる。
 さっきユイについた嘘。
「ちょっとね」なんて言っちゃった手前、クリスマスの後に「何してたの?」って聞かれた時のアリバイを作らなきゃいけない。
 架空の彼氏との架空のデート話をでっち上げるか?
 いや、ボロが出る。
 写真見せてとか言われたら終わるし。
 ていうか、なんで私がこんなに追い詰められなきゃいけないんだ。
 クリスマスなんて、キリストの誕生日でしょ?
 日本人が祝う意味わかんないし。
 企業に乗せられてるだけじゃん。
 心の中で悪態をつきながら、私は駅までの道を早足で歩く。
 誰にも会いませんように。
 特に、幸せそうなカップルには遭遇しませんように。
 そう祈りながら歩いていたら、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。

「っと、わりぃ」
 低い声。
 見上げると、そこには見知った顔があった。
 同じクラスの、でもほとんど話したことのない男子。
 名前、なんだっけ。
 そう、タナカ。
 地味で、目立たなくて、いつも教室の隅でスマホいじってるやつ。
 私と同じ、カースト中位(の下の方)の住人。
「……あ、うん」
 気まずい。
 ぶつかるなら、食パン咥えた転校生のイケメンか、せめて他校のイケメンにしてほしかった。
 なんでタナカなんだよ。
 神様の意地悪さを感じる。
 タナカは「じゃ」とだけ言って、私の横を通り過ぎていった。
 その背中には、使い古されたリュックサックがかかっていて、キーホルダーの一つもついていない。
 色気ゼロ。
 興味ゼロ。
 でも、なぜかその背中を見送ってしまった。
 この時の私はまだ知らなかった。
 この冴えないタナカこそが、私のクソみたいなクリスマスの共犯者になるなんて。

(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~

アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。

元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。

有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。 けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。 ​絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。 「君は決して平凡なんかじゃない」 誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。 ​政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。 玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。 「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」 ――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。

処理中です...