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第2話:クリスマスイブ
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12月24日。
クリスマスイブ。
私は今、駅前のファミレス「サイゼリヤ」にいる。
一人で。
理由は単純だ。
「今日はデートだから」と親に嘘をついて家を出てきたものの、行くあてがなかったからだ。
家にいたら「あれ? デートじゃないの?」と突っ込まれるし、かといって街中を一人で歩くのは自殺行為に等しい。
カップルの洪水に飲み込まれて溺死するのがオチだ。
だから、避難所としてここを選んだ。
店内は混んでいる。
学生のグループ、家族連れ、そして死ぬほど多いカップルたち。
私はドリンクバーに近い、一番奥の席を陣取った。
ここなら目立たない。
注文したのは、ミラノ風ドリア(300円)とドリンクバー(セット価格)。
これが私のクリスマスイブのディナーだ。
安い。
安すぎる。
でも今の私の財布事情ではこれが限界だ。
ユイたちは今頃、彼氏とオシャレなイタリアンでも食べてるんだろうか。
想像しただけで胃がきりきり痛む。
ミラノ風ドリアのホワイトソースが、胃壁に重くのしかかる。
熱々の時は美味しかったけど、冷めると途端に油っこく感じるのはなんでだろう。
スマホを見る。
インスタを開くと、タイムラインは地獄絵図だった。
『彼氏とイルミネーションなう♡』
『プレゼントもらっちゃった! ティファニー!!』
『幸せすぎて死ぬ~』
みんな、幸せの絶頂にいるみたいだ。
私も同じ高校生のはずなのに、なんでこんなに違うんだろう。
前世で何か悪いことしたのかな。
村の一つや二つ焼き払ったとか?
じゃなきゃ、この格差は説明がつかない。
ため息をつきながら、メロンソーダを飲む。
炭酸が喉に突き刺さる。
甘ったるい人工的な味が、今の私の気分にはちょうどいい。
「……ここ、いい?」
突然、頭上から声が降ってきた。
ビクッとして顔を上げる。
そこにいたのは、タナカだった。
同じクラスの、地味なタナカ。
リュックを片方の肩にかけたまま、無表情で立っている。
「え、あ……うん」
動揺して、変な返事をしてしまった。
タナカは「わりぃ」と言って、私の向かいの席に座った。
「混んでてさ。ここしか空いてなかった」
見渡すと、確かに満席だ。
入り口には待っている客の列もできている。
相席ってことか。
よりによって、クラスメイトと。
しかもイブに。
最悪だ。
「……お前、一人?」
タナカがメニューを見ながら聞いてきた。
「……待ち合わせ」
とっさに嘘をついた。
見栄だ。
こんな惨めな姿を見られたくないという、最後の悪あがきだ。
「ふーん。彼氏?」
「まあね」
「そっか」
タナカはそれ以上突っ込んでこなかった。
興味なさそうだ。
ピンポーンと呼び出しボタンを押して、店員さんを呼ぶ。
「山盛りポテトフライと、ドリンクバーで」
こいつも金ないのかよ。
イブに男一人でポテトフライって。
親近感というか、同族嫌悪というか、複雑な気持ちになる。
沈黙が流れる。
気まずい。
死ぬほど気まずい。
周りの喧騒が遠くに聞こえる。
隣の席のカップルが「あーん」とかやってるのが視界に入って、目を潰したくなる。
タナカはスマホを取り出して、ゲームを始めた。
私のことなんて完全に空気だと思ってるみたいだ。
まあ、その方がありがたいけど。
「……来ないな、彼氏」
30分後。
ポテトをつまみながら、タナカがボソッと言った。
ギクリとした。
「……遅れてるだけだし」
「ふーん。連絡は?」
「……渋滞してるって」
苦しい言い訳だ。
電車移動だろ、高校生は。
タナカがスマホから目を離して、じっと私を見た。
その目は、すべてを見透かしているようで、怖かった。
「お前さ、嘘つくの下手すぎ」
「はあ!? 嘘じゃないし!」
「スマホ、一度も鳴ってねーじゃん」
「マナーモードにしてるだけだし!」
「画面、ずっとホーム画面のままだぞ」
うっ。
見られてた。
恥ずかしさで顔が熱くなるのが分かる。
火が出そうなくらい熱い。
穴があったら入りたい。
いや、穴がなくても掘って埋まりたい。
「……暇ならさ」
タナカがポテトを一本、私の方に差し出した。
「食う?」
揚げたてのポテト。
塩がかかりすぎてて、しょっぱそうなポテト。
でも、湯気が立っていて、美味しそうに見えた。
「……いらない」
強がった。
「そっか。じゃあ俺が食うわ」
タナカは平然とポテトを口に放り込む。
「……一本ちょーだい」
結局、負けた。
空腹とポテトの誘惑には勝てなかった。
タナカがニヤッと笑った気がした。
ムカつく。
でも、渡されたポテトは熱くて、塩辛くて、今まで食べたどのポテトよりも美味しかった気がした。
悔しいけど。
(つづく)
クリスマスイブ。
私は今、駅前のファミレス「サイゼリヤ」にいる。
一人で。
理由は単純だ。
「今日はデートだから」と親に嘘をついて家を出てきたものの、行くあてがなかったからだ。
家にいたら「あれ? デートじゃないの?」と突っ込まれるし、かといって街中を一人で歩くのは自殺行為に等しい。
カップルの洪水に飲み込まれて溺死するのがオチだ。
だから、避難所としてここを選んだ。
店内は混んでいる。
学生のグループ、家族連れ、そして死ぬほど多いカップルたち。
私はドリンクバーに近い、一番奥の席を陣取った。
ここなら目立たない。
注文したのは、ミラノ風ドリア(300円)とドリンクバー(セット価格)。
これが私のクリスマスイブのディナーだ。
安い。
安すぎる。
でも今の私の財布事情ではこれが限界だ。
ユイたちは今頃、彼氏とオシャレなイタリアンでも食べてるんだろうか。
想像しただけで胃がきりきり痛む。
ミラノ風ドリアのホワイトソースが、胃壁に重くのしかかる。
熱々の時は美味しかったけど、冷めると途端に油っこく感じるのはなんでだろう。
スマホを見る。
インスタを開くと、タイムラインは地獄絵図だった。
『彼氏とイルミネーションなう♡』
『プレゼントもらっちゃった! ティファニー!!』
『幸せすぎて死ぬ~』
みんな、幸せの絶頂にいるみたいだ。
私も同じ高校生のはずなのに、なんでこんなに違うんだろう。
前世で何か悪いことしたのかな。
村の一つや二つ焼き払ったとか?
じゃなきゃ、この格差は説明がつかない。
ため息をつきながら、メロンソーダを飲む。
炭酸が喉に突き刺さる。
甘ったるい人工的な味が、今の私の気分にはちょうどいい。
「……ここ、いい?」
突然、頭上から声が降ってきた。
ビクッとして顔を上げる。
そこにいたのは、タナカだった。
同じクラスの、地味なタナカ。
リュックを片方の肩にかけたまま、無表情で立っている。
「え、あ……うん」
動揺して、変な返事をしてしまった。
タナカは「わりぃ」と言って、私の向かいの席に座った。
「混んでてさ。ここしか空いてなかった」
見渡すと、確かに満席だ。
入り口には待っている客の列もできている。
相席ってことか。
よりによって、クラスメイトと。
しかもイブに。
最悪だ。
「……お前、一人?」
タナカがメニューを見ながら聞いてきた。
「……待ち合わせ」
とっさに嘘をついた。
見栄だ。
こんな惨めな姿を見られたくないという、最後の悪あがきだ。
「ふーん。彼氏?」
「まあね」
「そっか」
タナカはそれ以上突っ込んでこなかった。
興味なさそうだ。
ピンポーンと呼び出しボタンを押して、店員さんを呼ぶ。
「山盛りポテトフライと、ドリンクバーで」
こいつも金ないのかよ。
イブに男一人でポテトフライって。
親近感というか、同族嫌悪というか、複雑な気持ちになる。
沈黙が流れる。
気まずい。
死ぬほど気まずい。
周りの喧騒が遠くに聞こえる。
隣の席のカップルが「あーん」とかやってるのが視界に入って、目を潰したくなる。
タナカはスマホを取り出して、ゲームを始めた。
私のことなんて完全に空気だと思ってるみたいだ。
まあ、その方がありがたいけど。
「……来ないな、彼氏」
30分後。
ポテトをつまみながら、タナカがボソッと言った。
ギクリとした。
「……遅れてるだけだし」
「ふーん。連絡は?」
「……渋滞してるって」
苦しい言い訳だ。
電車移動だろ、高校生は。
タナカがスマホから目を離して、じっと私を見た。
その目は、すべてを見透かしているようで、怖かった。
「お前さ、嘘つくの下手すぎ」
「はあ!? 嘘じゃないし!」
「スマホ、一度も鳴ってねーじゃん」
「マナーモードにしてるだけだし!」
「画面、ずっとホーム画面のままだぞ」
うっ。
見られてた。
恥ずかしさで顔が熱くなるのが分かる。
火が出そうなくらい熱い。
穴があったら入りたい。
いや、穴がなくても掘って埋まりたい。
「……暇ならさ」
タナカがポテトを一本、私の方に差し出した。
「食う?」
揚げたてのポテト。
塩がかかりすぎてて、しょっぱそうなポテト。
でも、湯気が立っていて、美味しそうに見えた。
「……いらない」
強がった。
「そっか。じゃあ俺が食うわ」
タナカは平然とポテトを口に放り込む。
「……一本ちょーだい」
結局、負けた。
空腹とポテトの誘惑には勝てなかった。
タナカがニヤッと笑った気がした。
ムカつく。
でも、渡されたポテトは熱くて、塩辛くて、今まで食べたどのポテトよりも美味しかった気がした。
悔しいけど。
(つづく)
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