【短編】クソみたいな聖夜

月下花音

文字の大きさ
3 / 5

第3話:クリスマス当日

しおりを挟む
 12月25日。
 クリスマス。
 昨日のファミレスでの「ポテト協定」により、私とタナカは今日も一緒にいることになった。
 場所は、デートスポットとして有名な駅前のイルミネーションロード。
「暇同士、アリバイ作りに協力するか」
 タナカの提案に乗った形だ。
 別にデートじゃない。
 これはお互いの社会的地位を守るための、利害の一致した共同作業だ。

 午後5時。
 待ち合わせ場所に現れたタナカは、相変わらず地味だった。
 黒のダウンジャケットに、ジーンズ。
 私の服装(気合を入れてスカート履いてきたけどコートで隠れてる)とは対照的に、全くやる気を感じさせない。
「うい」
「……おそい」
「5分しか過ぎてねーだろ」
「5分も過ぎたの」
 最初からテンションが合わない。

 イルミネーションロードは、地獄だった。
 人、人、人。
 カップル、カップル、カップル。
 前に進むのも一苦労だ。
 しかも寒い。
 ビル風が吹き抜けて、スカートの下の生足が悲鳴を上げている。
 カイロ貼ってきたけど、すでに冷たくなってる気がする。
 安物を買ったのが失敗だった。
「……なんか食う?」
 タナカが屋台を指差した。
 焼きそば、たこ焼き、唐揚げ。
 どれも魅力的だけど、高い。
「焼きそば500円だって。高くない?」
「祭り価格だな」
「やめとく」
「じゃあ半分こするか」
「え?」
「500円出すのは癪だけど、250円なら許せるだろ」
 ……確かに。
 その謎の理論に納得してしまった自分が惜しい。
 結局、焼きそばを一つ買って、二人でつつくことになった。
 ベンチなんて空いてるわけがないから、花壇の縁に座って。
 冷たい石がお尻の熱を奪っていく。
 絶対に痔になる。
 焼きそばは麺がのびてて、ソースの味が濃すぎて、紅生姜だけやたら多くて、正直美味しくなかった。
 しかも青海苔が歯につきそうで怖い。
「……お前、口元ついてる」
「えっ、どこ!? 青海苔!?」
「いや、ソース」
 タナカが自分の指で、私の口の端を拭った。
 ドキッとした。
 心臓が跳ねた。
 でも次の瞬間、その指を自分のズボンで拭いたのを見て、一気に冷めた。
 汚い。
 デリカシーなさすぎ。
「……ハンカチ使いなよ」
「忘れた」
「最悪」

 食べ終わって歩き出すと、今度は靴擦れが痛み出した。
 慣れないブーツを履いてきたせいだ。
 かかとが擦れて、一歩歩くごとに激痛が走る。
 痛い。
 帰りたい。
 でも、今帰ったら「デート失敗した」って思われる気がして、意地でも言い出せない。
「……足、痛ぇの?」
 タナカが立ち止まった。
「別に」
「びっこ引いてんぞ」
「気のせいだし」
「無理すんなよババア」
「誰がババアよ!」
 タナカはため息をついて、自分のマフラーを外した。
「……ほら、つかまれよ」
 マフラーの端っこを私の方に投げてきた。
「は?」
「手ぇ繋ぐのはキモいし、これなら介護みたいでいいだろ」
「介護って……」
 言い草はムカつくけど、提案自体はありがたかった。
 私はマフラーの端を掴んだ。
 電車ごっこみたいでダサいけど、何もないよりはマシだ。
 マフラーを通して、微かにタナカの体温が伝わってくるような気がした。

「プリクラ撮ろうぜ」
 帰り際、タナカが言い出した。
「は? なんで?」
「アリバイ作りだろ。証拠写真がないと、嘘だってバレるぞ」
 ……確かに。
 鋭い。
 私たちはゲームセンターに向かった。
 最新のプリクラ機。
「盛れる」と評判の機種だ。
「カップルコース」を選択する時の気まずさは異常だった。
 撮影が始まる。
『見つめ合って♡』
『ギュッとして♡』
 指示がいちいちウザい。
 私たちは棒立ちで、真顔でカメラを見つめた。
 出来上がったシールを見て、絶句した。
 私の目は宇宙人みたいにデカくなってるのに、タナカだけなんか補正がかからなくて、無精髭が強調されてる。
「……なんか、事件の犯人と被害者みたいだな」
「……否定できない」
 私たちは顔を見合わせて、少しだけ笑った。
 寒くて、足が痛くて、焼きそばは不味くて、プリクラは盛れなかった。
 最悪のクリスマスデート。
 でも、スマホの中に保存された「犯人と被害者」の写真は、なぜか消去する気になれなかった。

(つづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】シュゼットのはなし

ここ
恋愛
子猫(獣人)のシュゼットは王子を守るため、かわりに竜の呪いを受けた。 顔に大きな傷ができてしまう。 当然責任をとって妃のひとりになるはずだったのだが‥。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~

アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。

元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。

有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。 けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。 ​絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。 「君は決して平凡なんかじゃない」 誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。 ​政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。 玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。 「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」 ――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。

処理中です...