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第4話:年末文化祭準備
しおりを挟む12月28日。
世間はもう年末年始の休暇モードに入っているというのに、私たちは学校にいる。
なんでこんな時期に登校しなきゃいけないのか。
理由は単純だ。
「3学期の初めにある文化祭の準備が間に合わないから」
生徒会の計画性のなさに殺意を覚えつつ、サボると内申点に響くという担任の脅しに屈して、仕方なくジャージで登校している。
自分が一番惨めだ。
カースト上位の連中は「塾があるから~」とか適当な理由をつけて堂々とサボってるのに、私みたいな中位(の下)の人間は、真面目に来て段ボールを切るしかないのだ。
これが格差社会だ。
体育館は極寒だった。
暖房なんて気の利いたものはない。
あるのは、ステージ脇に置かれた巨大なジェットヒーターが一台だけ。
『ゴォォォォ』と爆音を立てて温風を吐き出しているけれど、その周りは運動部の連中が占領していて近づけない。
ユニフォーム姿のバスケ部男子と、キャピキャピしたマネージャーたちが「あったか~い♡」とか言いながら談笑している。
結界が張られているみたいだ。
私たち文化祭実行委員(という名の雑用係)は、体育館の隅っこ、冷気が吹き溜まる場所で、ひたすら段ボールを切ったり貼ったりする地味な作業を延々とやらされている。
床が冷たい。
上履きを通して冷気が足裏を直撃してくる。
しもやけになりそうだ。
カッターを持つ手がかじかんで、うまく力が入らない。
「……痛っ」
指先を少し切ったわけじゃないけど、ささくれが段ボールに引っかかって地味に痛い。
もう帰りたい。
コタツに入ってダラダラしたい。
「……うわ、ミスった」
隣でボソッと声がした。
タナカだ。
あの日(イブとクリスマス)以来、なんとなく近くにいることが多くなった気がする。
見ると、タナカがガムテを貼り間違えていた。
しかも剥がそうとして、段ボールの表面の薄い紙まで一緒にベリッと剥がしちゃうっていう、一番やっちゃいけない典型的なミスをやらかしている。
汚い剥がれ跡。
修復不可能だ。
「……何やってんの」
「いや、なんか……手がかじかんで」
言い訳してるけど、単に不器用なだけだろ。
普段なら「バカじゃないの」ってバカにする場面だけど、今はツッコむ気力すらない。
寒さが思考を鈍らせる。
「ドンマイ。上から紙貼って隠せば?」
「……おう。サンキュ」
会話終了。
盛り上がらない。
イブにファミレスでポテトを分け合い、クリスマスにイルミネーションを見てプリクラまで撮った仲とは思えない、他人行儀な距離感だ。
まあ、ここは学校だし。
周りの目もあるし。
変に仲良くしてると「え、あんたたちいつの間に?」って詮索されるのが面倒くさいっていう、お互いのリスク管理が働いているのは分かる。
分かるけど、それにしても塩対応すぎないか?
私、一応「イブとクリスマスを捧げた女」なんだけど。
捧げたっていうか、共犯者として消費しただけだけど。
「……お前、手冷たくね?」
タナカが急に私の手元を見て聞いてきた。
私が段ボールを押さえている手が、死人のように白いのが気になったらしい。
本当に血の気が引いて、青白くなっている。
血管が透けて見えるレベルだ。
「……冷え性だから」
無意識にポケットに手を隠した。
可愛げのない手だと思ったからだ。
「ババアかよ」
「うるさい。あんたこそ鼻赤くない? トナカイ?」
「うっせ」
こういう軽口叩いてる時が一番楽だ。
変に意識しないで済むから。
でも、ふとした瞬間にイブの夜のことを思い出してしまう。
ファミレスの照明の下で見たタナカの横顔とか、イルミネーションの人混みでマフラーの端を掴ませてくれた時の背中とか。
別に好きとかそういうのじゃない。
キスしたわけでも告白されたわけでもない。
ただのクラスメイトだ。
そう自分に言い聞かせるんだけど、なんとなく視線が泳いでしまう自分がキモい。
自意識過剰だ。
タナカは絶対に何とも思ってないのに。
「昼、どうする?」
作業が一段落したところで、タナカが聞いてきた。
「パン買ってくる」
「俺のも買ってきて」
「はあ? なんで私が」
「俺、ここ押さえてなきゃいけないから」
タナカが指差したのは、接着剤で固めている最中の巨大な書き割りだった。
確かに、誰かが押さえてないと倒れてきそうだ。
「……チッ。金は?」
「後で払う」
「焼きそばパンでいい?」
「おう」
パシリかよ。
文句を言いながらも、私は購買へ向かった。
冷たい廊下を歩きながら、なんとなく口元が緩んでいる自分に気づいて、慌てて真顔に戻した。
なんだこれ。
夫婦かよ。
「俺の分も」って頼まれるのが、なんでちょっと嬉しいんだよ。
末期症状か?
寒さで脳がやられたか?
教室に戻って、二人でパンを食べる。
暖房の効いていない教室は冷蔵庫みたいだ。
他のクラスメイトもいるけど、みんなグループで固まって話している。
私たちは窓際の席で、なんとなく向かい合って食べている。
焼きそばパンのソースが、冷えて固まっている。
「……硬っ」
「文句言うな。買ってきてやったんだから」
「ありがとよ」
タナカがパンをかじる。
口の端にソースがついた。
「……ついてる」
「ん?」
「ソース。子供かよ」
私が指摘すると、タナカは舌でペロッと舐め取った。
「取れた?」
「……うん」
なんか、その仕草を見てドキッとしてしまった。
胸の奥がキュンとした。
いや、違う。
単に寒さで心臓が縮こまって、不整脈を起こしただけだ。
そうに決まってる。
タナカだぞ?
あの地味で冴えないタナカだぞ?
ありえない。
「……大晦日、暇?」
パンのゴミを捨てに行こうとしてすれ違いざまに、タナカがボソッと言ってきた。
心臓が止まるかと思った。
え、これってまた誘われてるの?
っていうか大晦日って、家族と過ごすもんじゃないの?
それとも友達と初詣?
私に友達がいないことを見越して誘ってきてるの?
だとしたら失礼だけど、事実だから否定もできない。
「……暇だけど」
素っ気なく答えるのが精一杯だった。
私のプライドが、全力で「暇じゃないアピール」をしようとして失敗した結果だ。
「じゃあ、どっか行くか」
「……うん」
「連絡するわ」
それだけ言って、タナカはゴミ箱の方に行っちゃった。
背中が少し丸まっている。
私は一人で席に戻ったんだけど、顔が熱くて、手汗がすごかった。
窓の外の雪景色が滲んで見えたのは、コンタクトが乾いてるせいだと必死に自分に言い聞かせた。
大晦日。
年越しの瞬間。
一緒にいるってことは、つまりそういうことなのかな。
期待なんかしたくないのに、心臓のドラム音がうるさくて、午後の作業は手元が震えて全然集中できなかった。
(つづく)
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