【短編】クソみたいな聖夜

月下花音

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第5話:大晦日

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 12月31日。
 大晦日だっていうのに家の中の空気が澱んでいて、息が詰まる。
 テレビでは紅白歌合戦が流れて演歌歌手が大声で歌ってるけど、こっちはちっともめでたい気分じゃないし、むしろ憂鬱さが加速していく気がする。
「ミカ、ちょっと手伝ってよ」
 お母さんが台所から叫んでるけど、年越しそばの準備なんて面倒くさい。
 そもそも何で私が手伝わなきゃいけないの?
 受験生じゃない高2だからって暇だと思われるのが心外だし、居場所がないから逃げ出したくなる。

 スマホを見るけどタナカから連絡はない。
「連絡するわ」って言ったきり音沙汰なしとか意味わかんないし、もしかして忘れてる?
 それともやっぱ面倒くさくなった?
 不安がぐるぐる回って、こっちから「どうするの?」って送るのはなんか必死みたいで嫌だから、プライドが邪魔をして動けない。
 結局、午後10時半になって限界が来て、「初詣行ってくる」って嘘ついて家を飛び出した。
 行くあてなんてないから近所の公園に向かったんだけど、誰もいないし街灯がポツンと一つだけ点いてるだけで、ホラー映画のワンシーンみたいで怖い。
 石のベンチに座った瞬間にお尻の熱が一瞬で奪われて、ジーンズ越しに冷気が突き刺さってきて「これ絶対に痔になるやつだ」って後悔したけど、今更帰れないから我慢して座り続けた。

 自販機で買った130円のココア(スーパーなら80円なのに高い)を両手で包み込んで、カイロ代わりにする。
 でも外気が冷たすぎてすぐにぬるくなっていくし、私の体温もココアの熱も全部この冬空に吸い取られていくみたいで悲しくなる。
 スマホでタナカのLINE画面を開くけどやっぱり既読もついてない。
 何やってんのあいつ、寝てんの?
 それとも実は嘘で、今頃他の可愛い子と遊んでたりするの?
 ネガティブな妄想が止まらなくて、「バカみたい」って独り言漏らしてしまった。
 一人で公園のベンチでぬるくなったココア握りしめて何やってんだろ私。
 惨めすぎて涙が出そうになる。

『ピロン』
 通知音が鳴って、心臓が跳ね上がった。
 画面見たら『今どこ?』ってタナカからの短文。
『公園』『マジ? どこの?』『駅前の、タコ公園』『了解。すぐ行く』
 これだけのやりとりで、来るんだ、本当に来るんだってホッとした。
 なんでこんな寒い中待たせたんだっていう怒りも湧いてきたけど、やっぱり安堵の方が大きかった。
 10分後にタナカが白い息吐きながらドタドタ走ってきた。
「おまっ……寒くねーの?」
 第一声がそれかよって思って「寒いよ! バカじゃないの!?」って怒鳴っちゃったけど、タナカが隣に座って太ももが触れ合った瞬間に伝わってくる体温がココアよりずっと温かくて、さっきまでの冷気が嘘みたいに和らいでいくのが分かった。

「……はい」
 タナカが自分のポケットから使いかけのカイロ取り出して渡してきた。
「あったけーぞ」って言うけど、「それ、お前の手垢ついてない?」って憎まれ口叩きながら受け取った。
 生温かい。
 でも今の私にはそれが命綱みたいに思えて、素直に「ありがと」って言えた自分が少し気持ち悪い。
 遠くの家のテレビから『3、2、1……おめでとう!!』って歓声が聞こえて、紅白が終わってゆく年くる年が始まった合図だ。
 ゴーン、ゴーンって除夜の鐘の音が微かに響いてきて、私たちは公園のベンチでぬるくなったココアと使い古しのカイロ持ったまま新年を迎えることになった。
 ミカがリッツ・カールトンで乾杯してるのと比べると格差社会の縮図すぎて笑えてくるけど、不思議と嫌じゃない。

「……なぁ」
 タナカが空を見上げて「来年はよろしくな」「受験とかあるけどさ」ってボソボソ言った。
「たまには、こうやって会おうぜ」って言った瞬間のタナカの声が少し震えていた気がして、それってどういう意味?
 付き合おうじゃないし好きだでもないし、ただのキープ宣言?
 それとも休戦協定?
 ハッキリしないズルい言葉だけど、私もハッキリさせる勇気がないから今のこの曖昧な関係が壊れるのが怖い。
 タナカの手がそっと私の手に近づいてきて、ベンチの上に置かれた私の右手にタナカの左手が伸びてきた。
 小指が触れた。
 心臓が破裂しそうになって、このまま手を繋ぐのかなって期待して私も手を動かそうとしたその瞬間。

『バチッ!!!』

 閃光が走ってマジで火花が見えた気がした。
「いったぁ!!」「うおっ!?」
 二人同時に叫んで飛び上がった。
 静電気の特大のやつで、指先に千本の針を刺されたような激痛が走った。
「ってぇ……なんだよ今の」
 タナカが涙目になってるから「あんたでしょ!?」って怒鳴った。
「お前だろ! 帯電しすぎなんだよ!」
「あんたのフリースが安物だからでしょ!」
 いつもの言い合いになってロマンチックな雰囲気とか一瞬で消し飛んだけど、「……痛かったな」「うん、死ぬかと思った」って二人で顔見合わせて吹き出した時に、なんかもうこれでいいやって思えた。

「……これならいいだろ」
 タナカが私のコートの袖口を親指と人差し指でつまんで、直接触れないように布越しに掴んできた。
「ダサいんだけど」って言ったら「うるせー。感電したくねーんだよ」って返してきて、小学生の遠足みたいだけど直接触れるより今の私たちには合ってる気がした。
 不器用で怖がりででも離れたくないっていう私たちの距離感そのものみたいだ。
 袖口から伝わる微かな力が私を繋ぎ止めているのが分かった。
 鼻水すすりながら歩き出して、「お前、鼻赤いぞ」「あんたもね」って言い合いながら新しい年へ歩き出した私たちの関係は、まだ名前のないままだけど、このクソみたいな青春が悪くないって思えてしまう自分が少しだけ誇らしかった。

(おわり)
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