声(ボイス)で、君を溺れさせてもいいですか

月下花音

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第7話

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 正体を知ってしまった。
 パンドラの箱を開けてしまった。
 いや、パンドラの箱の中身が、隣の席の陰キャだった。

 私は、駅までの道をどうやって歩いたか覚えていない。
 ただ、律の腕の温かさと、耳に残る「リナ」という呼び捨ての響きだけが、脳内をループしていた。

 駅の改札前。
 律は、私に釘を刺した。

「……学校では、秘密にして」

 真剣な目だった。
 いつもの眠そうな目じゃない。

「……バレたら、退学になるかもしれないし。何より、今の生活が壊れる」

 そうか。
 彼は、顔出ししていない「覆面配信者」。
 身バレは、活動終了を意味する。
 炎上、特定、ストーカー。
 リスクは山ほどある。

「……わかった。絶対に言わない。墓場まで持っていく」

 私は、敬礼するように誓った。
 律は、ふっと力を抜いて笑った。

「……頼むよ、共犯者さん」

 共犯者。
 その響きに、また胸がときめく。
 ただのファンから、共犯者へ。
 ランクアップしました。

        ✎ܚ

 翌日からの大学生活は、スリルとサスペンスとロマンスの連続だった。

 表向きは、今まで通り。
 私は普通の女子大生。
 律は無口な陰キャ。
 会話もしない。
 目も合わせない。

 でも、水面下では「通信」が行われていた。

 講義中。
 律が、自分のノートを少し私の方にずらす。
 そこには、走り書きでこう書いてあった。

『今夜、23時から』

 周りの人には、ただのメモに見えるだろう。
 「レポートの締め切りかな?」くらいにしか思わないだろう。
 でも、私にはわかる。
 これは、Nocturne様の配信予告だ。
 しかも、私への「私信」だ。

 私は、自分のノートに書き込む。

『了解。待機します』

 それを律に見せる。
 律は、小さく頷いて、また黒板の方を向く。
 その横顔が、少しだけ笑っているのを、私は見逃さない。

 何これ。
 楽しい。
 楽しすぎる。

 周りの学生たちは、誰も知らない。
 この地味な男子が、夜には何万人もの女性を骨抜きにする「神」だということを。
 そして、その「神」と私が、こんなアナログな方法で秘密を共有していることを。

 優越感。
 背徳感。
 独占欲。

 私の心は、Nocturne様の声だけでなく、律という存在そのものに侵食されていく。

 その夜の配信。
 Nocturne様は言った。

『……今日は、ある人との約束があるから。とびきり甘いやつ、いくよ』

 コメント欄が『約束!?』『誰と!?』とざわつく。
 私は、ベッドの上でニヤニヤしながら、ガッツポーズをする。

 私です。
 私との約束です。

 律は、マイクに向かって囁く。
 まるで、昼間のノートの続きを話すように。

『……いい子にしてた? ご褒美、あげるね』

 その声は、イヤホンを通して、私の脳髄を直接溶かした。
 昼間の「共犯関係」というスパイスが効いて、今までで一番、美味しかった。
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