声(ボイス)で、君を溺れさせてもいいですか

月下花音

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第9話

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 幸せな時間は、長くは続かない。
 それは、物語の定石であり、現実の残酷さでもある。

 事件は、唐突に起きた。

 ある暴露系配信者が、動画を投稿したのだ。
 『大人気ASMR配信者Nocturne、身バレ!? 大学特定か』

 私は震える手でその動画を再生した。
 そこには、律の配信の背景音(救急車のサイレンやチャイムの音)から地域を特定し、さらに過去のSNSの投稿(律が昔やっていたゲーム垢)と照らし合わせて、大学を絞り込んでいく過程が映されていた。

 そして、最後に。
 私の裏垢のスクショが貼られていた。

 『隣の席の男子、今日も空気』
 『Nocturne様と大違い』

 配信者は言う。
 「このアカウント、Nocturneの配信内容とリンクする投稿が多い。もしかして、この『隣の席の男子』がNocturne本人なんじゃないか?」

 血の気が引いた。
 私のせいだ。
 私が、不用意にSNSで呟いていたせいで。
 律との「秘密」を、世界にばら撒いてしまった。

        ✎ܚ

 翌日。
 大学は、なんとなくざわついていた。
 律は、来ていなかった。

 私は、律にLINEを送った。
 『ごめんなさい。私のせいで』
 既読がつかない。

 その夜。
 Nocturne様のチャンネルに、短いテキスト動画が上がった。

 『一身上の都合により、当面の間、活動を休止します』

 コメント欄は阿鼻叫喚。
 『嘘でしょ!?』『待ってます』『特定班許さない』

 私は、泣きながら律に電話をかけた。
 出ない。
 何度も、何度もかけた。

 深夜。
 やっと、律から返信が来た。
 短い一文だけ。

 『もう、関わらない方がいい』

 突き放された。
 当然だ。
 私が、彼の居場所を壊したんだから。

 でも、諦めきれなかった。
 次の日、私は律のアパートへ向かった。
 住所は知らないけど、駅前で待ち伏せすれば会えるかもしれない。

 雨が降っていた。
 傘も差さずに待っていると、律が現れた。
 コンビニの袋を下げて、深くフードを被っている。

「律!」

 私は駆け寄った。
 律は、驚いた顔をした。
 そして、すぐに冷たい顔になった。

「……帰れ」

「嫌だ! 謝らせて! 私のせいで……」

「お前のせいじゃない」

 律が、強い口調で遮った。

「俺の脇が甘かっただけだ。……だから、もう来るな」

「なんで!? 私たち、共犯者じゃなかったの!?」

「……共犯関係は、解消だ」

 律は、私から目を逸らした。

「……俺と一緒にいたら、お前まで特定される。ネットの連中は容赦ない。お前の住所も、顔も、全部晒されるぞ」

 ああ。
 そうか。
 彼は、怒ってるんじゃない。
 守ろうとしてくれているんだ。
 自分の活動よりも、私の日常を。

「……そんなの、どうでもいい!」

 私は叫んだ。

「律の声が聞けないなら、日常なんていらない! 守られるより、一緒にいたい!」

 律の瞳が揺れた。
 でも、彼は唇を噛み締めて、背を向けた。

「……さよなら、リナ」

 律は、雨の中に消えていった。
 残された私は、冷たい雨に打たれながら、ただ立ち尽くすしかなかった。
 イヤホンからは、もう二度と更新されない、彼の過去の声だけが流れていた。
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