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第15話「休日出勤は、秘密のテイスティング。」
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休日。それは戦士の休息。
のはずが、僕はうっかり、姉という名の戦場(ワークプレイス)に、大事な武器(充電器)を忘れてきてしまった。
そして今日、僕は姉の見たことのない一面を目撃することになる。
それは、バリスタとしてではなく、一人の女性としての顔だった。
*
閉店後の静寂に包まれたカウンターで、あかりは様々な種類のコーヒー豆を並べていた。
エチオピア、グアテマラ、コロンビア、ブラジル...世界各国の豆が、まるで宝石のように輝いている。
「テイスティングは、豆との対話なの」
あかりは一粒の豆を手に取り、香りを確かめる。
「一つ一つの豆に、物語がある。その物語を、一杯のコーヒーで表現するのが、バリスタの仕事」
*
休日。それは戦士の休息。のはずが、僕はうっかり、姉という名の戦場(ワークプレイス)に、大事な武器(充電器)を忘れてきてしまった。
日曜日の夕方。僕はスマホの充電が切れそうになって、慌てて充電器を取りに行くことにした。
「確か、カウンターの下に置いたはず...」
裏口の鍵は、いつものように植木鉢の下に隠してある。姉ちゃんは用心が悪いなあ、といつも思うのだが、今日はそれが幸いした。
そっと店内に入ると、意外にも明かりがついていた。
「あれ?誰かいるの?」
カウンターの方を見ると、そこには私服姿のあかりと、橘さんが二人きりで座っていた。
(心の声:うわ、これは...完全にデートじゃん)
僕は慌てて物陰に隠れた。
二人の前には、様々な種類のコーヒーカップが並んでいる。どうやら、新しいコーヒー豆のテイスティング(味見)をしているらしい。
「こっちの豆は酸味が強いけど、後味がスッキリしてるな」
橘さんが、一口飲んで感想を述べる。
「そうなんです!この豆の特徴をちゃんと分かってもらえて嬉しいです」
あかりの顔が、パッと明るくなった。
普段のバリスタの顔とは違う、リラックスした姉の笑顔。橘さんに見せる、少しだけ女性らしい表情。
(心の声:姉ちゃん、こんな顔するんだ...)
僕は物陰に隠れながら、姉の見たことのない一面にドキマギしていた。
「黒木さんの淹れ方だと、豆の個性がすごく引き立ちますね」
「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強中です」
「そんなことないですよ。僕、コーヒーのことはよく分からないけど、あなたの淹れるコーヒーは特別だと思います」
橘さんの素直な褒め言葉に、あかりは少し照れた。
「橘さんも、味の違いをちゃんと分かってくださるから、淹れがいがあります」
二人の会話は、仕事の話をしているようで、その雰囲気は完全にデートだった。
「そうだ、今度僕が淹れますよ。お礼に」
橘さんが提案した。
「え、橘さんがコーヒーを?」
「実は、この前からコーヒーの淹れ方を勉強してるんです。あなたに教えてもらいたくて」
「まあ、そうなんですか」
あかりは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お手並み拝見、ですね」
「プレッシャーかけないでくださいよ」
橘さんも笑いながら、カウンターの向こうに回った。
そして、慣れない手つきでドリッパーをセットし、お湯を沸かし始める。
「最初に豆を蒸らして...」
「そうです。30秒くらい待ってください」
「こんな感じですか?」
「もう少しゆっくりお湯を注いで。そう、上手です」
あかりが優しく指導する様子は、まるで恋人同士のようだった。
(心の声:うわー...見てらんない...!でも、なんか微笑ましい)
橘さんが淹れたコーヒーが完成した。
「どうでしょう?」
「いただきます」
あかりは一口飲んで、少し考えた。
「...美味しいです」
「本当ですか?」
「はい。少し薄いけど、優しい味がします。初心者にしては、とても丁寧に淹れられてますね」
「良かった...」
橘さんはホッとした表情を浮かべた。
「でも、まだまだ練習が必要ですね」
「そうですね。また教えてください」
「もちろんです」
その甘い空気に、僕は「うわー...見てらんない...!」と静かにその場を去ることを決意した。
充電器をそっと回収し、足音を立てないように店を出る。
外に出てから、僕は大きく息を吐いた。
「やれやれ...」
でも、悪い気分ではなかった。
姉ちゃんの、あんなに自然で幸せそうな笑顔を見たのは久しぶりだった。
普段は他人の恋愛にアドバイスばかりしている姉が、自分自身の恋を楽しんでいる。
それは、見ていてとても微笑ましかった。
その夜、僕は今日の出来事をネタ帳に書き留めた。
『姉の休日出勤。それは、恋という名の新しい豆のテイスティングだった。』
『バリスタの顔と、女性の顔。どちらも姉ちゃんの大切な一面』
あのインスタントコーヒー専門だった姉ちゃんに、ついにハンドドリップの春が来るのかもしれない。
橘さんの不器用なコーヒーも、姉ちゃんには特別な味だったんだろう。
完璧じゃないけど、心のこもった一杯。
それは、きっと姉ちゃんが一番求めていた味だったのかもしれない。
まあ、たまには、そういう甘いログも悪くない。
僕はそんな気持ちを胸に、家路についた。
明日からまた、姉ちゃんのコーヒー哲学を聞く日々が始まる。
でも今度は、少し違った気持ちで聞けそうだ。
恋をしている姉ちゃんの哲学は、きっと今までより温かいものになるだろう。
*
次回:第16話以降、物語はいよいよ中盤のクライマックスへ!
#渋谷クロスカフェ #秘密のデート #テイスティング #姉の女性らしさ #弟の視点 #恋の進展
のはずが、僕はうっかり、姉という名の戦場(ワークプレイス)に、大事な武器(充電器)を忘れてきてしまった。
そして今日、僕は姉の見たことのない一面を目撃することになる。
それは、バリスタとしてではなく、一人の女性としての顔だった。
*
閉店後の静寂に包まれたカウンターで、あかりは様々な種類のコーヒー豆を並べていた。
エチオピア、グアテマラ、コロンビア、ブラジル...世界各国の豆が、まるで宝石のように輝いている。
「テイスティングは、豆との対話なの」
あかりは一粒の豆を手に取り、香りを確かめる。
「一つ一つの豆に、物語がある。その物語を、一杯のコーヒーで表現するのが、バリスタの仕事」
*
休日。それは戦士の休息。のはずが、僕はうっかり、姉という名の戦場(ワークプレイス)に、大事な武器(充電器)を忘れてきてしまった。
日曜日の夕方。僕はスマホの充電が切れそうになって、慌てて充電器を取りに行くことにした。
「確か、カウンターの下に置いたはず...」
裏口の鍵は、いつものように植木鉢の下に隠してある。姉ちゃんは用心が悪いなあ、といつも思うのだが、今日はそれが幸いした。
そっと店内に入ると、意外にも明かりがついていた。
「あれ?誰かいるの?」
カウンターの方を見ると、そこには私服姿のあかりと、橘さんが二人きりで座っていた。
(心の声:うわ、これは...完全にデートじゃん)
僕は慌てて物陰に隠れた。
二人の前には、様々な種類のコーヒーカップが並んでいる。どうやら、新しいコーヒー豆のテイスティング(味見)をしているらしい。
「こっちの豆は酸味が強いけど、後味がスッキリしてるな」
橘さんが、一口飲んで感想を述べる。
「そうなんです!この豆の特徴をちゃんと分かってもらえて嬉しいです」
あかりの顔が、パッと明るくなった。
普段のバリスタの顔とは違う、リラックスした姉の笑顔。橘さんに見せる、少しだけ女性らしい表情。
(心の声:姉ちゃん、こんな顔するんだ...)
僕は物陰に隠れながら、姉の見たことのない一面にドキマギしていた。
「黒木さんの淹れ方だと、豆の個性がすごく引き立ちますね」
「ありがとうございます。でも、まだまだ勉強中です」
「そんなことないですよ。僕、コーヒーのことはよく分からないけど、あなたの淹れるコーヒーは特別だと思います」
橘さんの素直な褒め言葉に、あかりは少し照れた。
「橘さんも、味の違いをちゃんと分かってくださるから、淹れがいがあります」
二人の会話は、仕事の話をしているようで、その雰囲気は完全にデートだった。
「そうだ、今度僕が淹れますよ。お礼に」
橘さんが提案した。
「え、橘さんがコーヒーを?」
「実は、この前からコーヒーの淹れ方を勉強してるんです。あなたに教えてもらいたくて」
「まあ、そうなんですか」
あかりは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、お手並み拝見、ですね」
「プレッシャーかけないでくださいよ」
橘さんも笑いながら、カウンターの向こうに回った。
そして、慣れない手つきでドリッパーをセットし、お湯を沸かし始める。
「最初に豆を蒸らして...」
「そうです。30秒くらい待ってください」
「こんな感じですか?」
「もう少しゆっくりお湯を注いで。そう、上手です」
あかりが優しく指導する様子は、まるで恋人同士のようだった。
(心の声:うわー...見てらんない...!でも、なんか微笑ましい)
橘さんが淹れたコーヒーが完成した。
「どうでしょう?」
「いただきます」
あかりは一口飲んで、少し考えた。
「...美味しいです」
「本当ですか?」
「はい。少し薄いけど、優しい味がします。初心者にしては、とても丁寧に淹れられてますね」
「良かった...」
橘さんはホッとした表情を浮かべた。
「でも、まだまだ練習が必要ですね」
「そうですね。また教えてください」
「もちろんです」
その甘い空気に、僕は「うわー...見てらんない...!」と静かにその場を去ることを決意した。
充電器をそっと回収し、足音を立てないように店を出る。
外に出てから、僕は大きく息を吐いた。
「やれやれ...」
でも、悪い気分ではなかった。
姉ちゃんの、あんなに自然で幸せそうな笑顔を見たのは久しぶりだった。
普段は他人の恋愛にアドバイスばかりしている姉が、自分自身の恋を楽しんでいる。
それは、見ていてとても微笑ましかった。
その夜、僕は今日の出来事をネタ帳に書き留めた。
『姉の休日出勤。それは、恋という名の新しい豆のテイスティングだった。』
『バリスタの顔と、女性の顔。どちらも姉ちゃんの大切な一面』
あのインスタントコーヒー専門だった姉ちゃんに、ついにハンドドリップの春が来るのかもしれない。
橘さんの不器用なコーヒーも、姉ちゃんには特別な味だったんだろう。
完璧じゃないけど、心のこもった一杯。
それは、きっと姉ちゃんが一番求めていた味だったのかもしれない。
まあ、たまには、そういう甘いログも悪くない。
僕はそんな気持ちを胸に、家路についた。
明日からまた、姉ちゃんのコーヒー哲学を聞く日々が始まる。
でも今度は、少し違った気持ちで聞けそうだ。
恋をしている姉ちゃんの哲学は、きっと今までより温かいものになるだろう。
*
次回:第16話以降、物語はいよいよ中盤のクライマックスへ!
#渋谷クロスカフェ #秘密のデート #テイスティング #姉の女性らしさ #弟の視点 #恋の進展
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