渋谷カフェの人生哲学、お好き? ~一杯で変わる日常の味~

月下花音

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第28話「恋人の作り方、レシピはありますか?」

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 恋愛に、完璧なレシピなんて存在しない。

 でも、基本的な材料と手順を知っていれば、きっと素敵な一杯が作れるはず。

 今日は、そんな「恋のレシピ」について考えさせられる一日だった。

 *

 午後のカウンターで、あかりは新人バイトの山田くんに、ラテの作り方を教えていた。

「まず、エスプレッソをしっかり抽出して、それからミルクを温めるの」

「はい、分かりました」

 山田くんは真剣にメモを取っている。

「でも、最後はアドリブよ。レシピ通りじゃ、心のこもった一杯は作れないから」

 *

「姉ちゃん、乾さんのデート報告、聞いた?」

 僕は新しいネタ帳を開きながら、ニヤニヤしながら尋ねた。

「聞いたわよ。すごかったらしいじゃない」

 あかりも苦笑いしている。

 昨日、乾さんは意を決して拓海くんとホラー映画デートに行った。その結果は...

「拓海くん、映画館で3回も『うわあああ』って叫んだんですって」

「3回も?」

「しかも、最後は乾さんの肩に顔を埋めて震えてたって」

「あらあら」

「で、乾さんは『大丈夫ですよ、ただの映画ですから』って、めちゃくちゃ冷静だったらしい」

 僕たちは顔を見合わせて笑った。

「完全に立場が逆転してるじゃない」

「でも、それで距離が縮まったんだって。拓海くん、『君って、すごく頼りになるんだね』って言ったらしいよ」

「良かったじゃない」

 その時、当の乾さんが出勤してきた。顔がほころんでいる。

「乾さん、おはよう。デートはどうだった?」

 あかりが尋ねると、乾さんは恥ずかしそうに笑った。

「すごく楽しかったです。拓海くん、意外と可愛い一面があって」

「可愛い一面?」

「ホラー映画で、子猫みたいに震えてました」

 乾さんはクスクス笑っている。

「それで、今度は拓海くんが映画を選ぶことになったんです」

「何を選んだの?」

「『となりのトトロ』です」

「え?」

 僕とあかりは同時に声を上げた。

「ホラー映画の次がトトロ?」

「はい。『今度は、君に癒されたい』って」

 乾さんは嬉しそうに頬を染めた。

「あらあら、素敵じゃない」

 あかりは微笑んだ。

「でも、黒木さん」

「何?」

「恋人の作り方って、レシピはあるんですか?」

 乾さんの質問に、あかりは少し考えた。

「うーん、基本的な材料はあるかもしれないわね」

「材料?」

「『思いやり』『正直さ』『ユーモア』『共通の趣味』...そんなところかしら」

「なるほど」

 僕はネタ帳にメモした。

「でも、姉ちゃん」

「何?」

「それって、コーヒーで言うとどうなるの?」

「あら、ハル。いい質問ね」

 あかりは嬉しそうに答えた。

「『思いやり』はミルク、『正直さ』はエスプレッソ、『ユーモア』はシロップ、『共通の趣味』は香りづけのスパイスかしら」

「おお、分かりやすい」

「でも、一番大切なのは...」

 あかりは人差し指を立てた。

「淹れる人の愛情よ。どんなに良い材料があっても、愛情がなければ美味しくならない」

「深いな...」

 その時、店の入り口から一人の男性が入ってきた。

 30代前半くらいの、少し疲れた顔をしたサラリーマンだ。

「すみません、恋人の作り方、教えてもらえませんか?」

「え?」

 僕たちは驚いた。

「あ、すみません。変なこと言って。ただ、さっきの会話が聞こえて...」

 男性は恥ずかしそうに続けた。

「僕、30歳になるのに、まだ恋人がいなくて。どうすればいいのか分からないんです」

 あかりは優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。お座りください」

 男性は安堵の表情を浮かべて、カウンター席に座った。

「お名前は?」

「田村です」

「田村さんですね。まず、コーヒーはいかがですか?」

「あ、はい。ブレンドコーヒーで」

 あかりは、さっき作ったブレンドコーヒーを淹れ始めた。

「田村さん、恋人が欲しい理由は何ですか?」

「理由...ですか?」

「はい。まず、どんな味のコーヒーが飲みたいかを決めないと、豆は選べませんから」

 田村さんは少し考えた。

「...寂しいんです。家に帰っても一人だし、休日も一人だし」

「なるほど。では、どんな人と一緒にいたいですか?」

「優しくて、一緒にいて楽しい人...」

「それだけ?」

 あかりは、コーヒーを淹れながら続けた。

「恋人を作るのは、コーヒーを淹れるのと同じ。まず、自分がどんな味が好きかを知ることから始まるのよ」

「自分の好み...」

「そう。甘いのが好きか、苦いのが好きか。静かな人がいいか、賑やかな人がいいか」

 田村さんは真剣に考え始めた。

「僕は...静かで、本を読むのが好きな人がいいかな」

「素晴らしい。それが分かれば、あとは簡単よ」

 あかりは、出来上がったコーヒーを田村さんの前に置いた。

「図書館や本屋さんに行ってみてください。きっと、同じ趣味の人に出会えますよ」

「図書館...」

「そう。同じ豆(趣味)を好む人は、同じ場所に集まるものよ」

 田村さんの顔が明るくなった。

「なるほど!今度の休日、図書館に行ってみます」

「頑張って」

 田村さんは嬉しそうにコーヒーを飲み干して帰っていった。

「姉ちゃん、今回の哲学は分かりやすかったね」

「そう?」

「うん。恋人作りを、コーヒーの豆選びに例えるのは、なかなか的確だった」

 僕はネタ帳に書き留めた。

『恋人の作り方:まず自分の好みを知る→同じ趣味の場所に行く→愛情を込めて関係を育てる』

「でも、一番大切なのは何だっけ?」

「淹れる人の愛情よ」

 あかりは微笑んだ。

「どんなに良い材料があっても、愛情がなければ美味しくならない」

「つまり、テクニックより気持ちが大事ってこと?」

「そういうこと」

 その時、橘さんが店に入ってきた。

「こんにちは、あかりさん」

「橘さん、いらっしゃいませ」

 あかりの顔がパッと明るくなった。

「今日は、どんなコーヒーを?」

「あかりさんのおすすめで」

「かしこまりました」

 あかりは、特別に丁寧にコーヒーを淹れ始めた。

 僕はその様子を見ながら、ネタ帳に追記した。

『姉ちゃんの恋人の作り方:愛情たっぷりで、毎日コツコツと』

 恋にも、コーヒーにも、レシピはある。

 でも、一番大切なのは、作る人の気持ちなんだ。

 今日も、素敵な人生のアロマが立ち上った。

 *

 次回:第29話「その距離感、ミルクの温度で調整します」

 #渋谷クロスカフェ #恋人の作り方 #コーヒーブレンド #乾さんのデート報告 #人生のレシピ #愛情が一番大切
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