心理学で恋愛ハックするはずが、エッチな妄想が全公開された件~AIの正体は7歳の頃に交換日記をした幼馴染でした~

月下花音

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第3話:アンカリング効果で心を掴む?

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【適合率:99%】

その無慈悲な数字は、まるで死刑宣告のように、俺の網膜に焼き付いて離れなかった。

妄想の中で、俺と高梨が決闘している。武器はチャンバラ用のプラスチック刀だ。
なぜプラスチックなのかは俺にもわからない。本気度が足りないのかもしれない。

舞台は何故か時代劇調の校庭。桜吹雪が舞う中、俺と高梨が睨み合っている。

『貴様……吉村あみを諦めよ』

『ふん、笑止千万。適合率95%の絆を、99%ごときが断ち切れるとでも?』

『99は95より大きい……それが、数学の真理よ!』

高梨の放つ「99%斬り」を、俺は「95%返し」で受け止める。

火花が散る。だがプラスチック刀なので、実際には「カチカチ」という情けない音しかしない。

『くっ……!だが、俺には……俺には、心がある!』

『心など、アルゴリズムの前には無力!』

『うおおおおお!』

俺の渾身の一撃が、高梨の爽やか笑顔を真っ二つに――

「……って、何やってんだ俺は」

我に返る。くだらなさすぎる。

俺とあみさんの適合率が95%。

そして、あみさんとあの爽やかイケメン野郎、高梨悠の適合率が、99%。

「うそ……だろ……?」

俺、佐伯賢司は、自室のベッドの上で、スマホを握りしめたまま天井を仰いでいた。

ゲインロス効果作戦の失敗など、もはや些細な問題だ。

俺たちの出会いは、AIによって祝福された、運命の赤い糸じゃなかったのか?

なのに、なんだこの仕打ちは。

俺より4%も高い男がいるだと?

ふざけるな。

俺の脳内で、嫉妬の炎が高梨の爽やかな笑顔を焼き尽くす。

(許さん……絶対に許さんぞ、高梨悠……!)

俺はベッドから跳ね起きると、スマホに向かって叫んだ。

「おいココロダイブ!どういうことだ説明しろ!なぜ俺が負けている!?」

【単純な事実です。現時点での恋愛市場価値、コミュニケーション能力、将来性、その他パラメータにおいて、あなたは高梨悠に劣後しています】

「ぐっ……!」

事実を淡々と突きつけられ、言葉に詰まる。

「な、なら!どうすればあいつに勝てる!?教えろ!」

【短期的に彼の総合評価を上回ることは不可能です。ただし、特定の状況下において、あなたの評価を意図的に引き上げる方法は存在します】

「なんだと……?」

【「アンカリング効果」を提案します】

アンカリング効果。

船が降ろした「アンカー(錨)」から動けなくなるように、人間は、最初に提示された情報や数字が、その後の判断に強く影響を与える、という心理効果だ。

例えば、最初に「定価10万円」と見せられた腕時計が、「本日限り3万円」で売られていたら、たとえその腕時計の本来の価値が1万円だとしても、ものすごくお買い得に感じてしまう。

「10万円」という数字が、思考のアンカーになるからだ。

「なるほど……つまり、俺が『高梨よりも格上の存在である』という強力なアンカーを、最初にあみさんの心に打ち込んでしまえばいい、というわけか……!」

そうだ。

最初に「こいつはすごい奴だ」と思わせてしまえば、多少のボロが出ても、その印象はなかなか覆らない。

高梨が後からどんなに爽やかアピールをしようとも、あみさんの心には、常に俺という巨大なアンカーが鎮座し続けるのだ。

(完璧だ……!これぞまさに、弱者の戦略……!)

俺の脳内で、三度、妄想の劇場が幕を開ける。

舞台は、大学のカフェテリア。

高梨が、あみさんをデートに誘っている。

『あみ、今度の日曜、空いてるか?』

『ごめんなさい、高梨くん。その日は、佐伯先輩から、心理学の特別講義を受ける約束があるの』

『佐伯……先輩?』

驚く高梨に、あみさんがうっとりとした表情で告げる。

『ええ。彼の論文は、ドイツの権威ある学術誌にも掲載された、すごい人なのよ。あなたとは、住む世界が違うの』

愕然とする高梨。

その向かいの席で、俺はコーヒーを飲みながら、ただ静かに微笑む……。

そして場面が切り替わる。

研究室で二人きりの「特別講義」。

『賢司先輩……心理学って、こんなに深いんですね……』

あみがうっとりと俺を見つめる。白いブラウスのボタンが上から3つも外れて、レースのブラが透けている。

『フッ……これが、学問の世界だ。君にだけ、特別に教えてあげよう……』

俺が資料を見せようと近づくと、あみが俺の腕を掴む。

『先輩……もっと近くで……教えて欲しいです……』

顔が近づく。あみの吐息が感じられる距離……。

(これが……適合率95%の運命の力……!)

俺があみの肩に手を回すと、彼女は身を委ねてくる。

『賢司先輩……私……』

その瞬間、ドアが開いて高梨が入ってくる。

『な、なんだと……!佐伯……あみに何をしている!?』

『フッ……君には関係のないことだ。彼女は俺のものだ』

俺がそう言うと、あみが俺にしがみついて……。

『ごめんね、高梨くん。私……賢司先輩のこと……好きになっちゃったの……』

高梨が愕然として退場し、二人きりの研究室で、俺とあみは……。

『賢司先輩……続き、教えて……』

あみの手が俺のシャツのボタンを……スカートが乱れて白い太ももが……。

(最高だ……!これぞ、アンカリング効果の勝利……!)

「……フ、フフフ、ハハハハハ!」

「うわ、賢司、ついに壊れたか?」

ルームメイトの太郎が、気味悪そうに俺を見ていた。

いかん、また声に出ていた。

「いや、壊れてない!これは……心理学的な自己暗示のトレーニングだ!」

「嘘つけ。お前、さっきから『許さん高梨』『あみさんの白い太もも』『レースのブラ最高』ってブツブツ言ってただろ。しかも股間押さえてたぞ」

「ぐっ……!」

(まずい、また妄想で興奮してた……!)

俺は慌てて膝を抱えて下半身を隠す。

「お前、マジでヤバいぞ。妄想と現実の区別つかなくなってるだろ」

太郎は、あきれた顔で俺のスマホを覗き込む。

「うわ、何これ。『ココロダイブ』?お前、こんな怪しいアプリ入れてんの?」

「怪しくない!これは最先端の恋愛支援AIだ!」

「へー。で、そのAIに『アンカリング効果で逆転しろ』って言われてるわけ?」

「……そうだ」

「で、具体的にどうすんの?」

「まだ考え中だ」

「つまり、ノープランってことね」

太郎は、肩をすくめて自分のベッドに戻った。

「まあ、お前が何やっても応援するけどさ。でも、嘘はやめとけよ。絶対バレるから」

「……わかってる」

わかってる。わかってるんだ。

だが、もう誰も俺を止められない。

俺は、最強のアンカーを打ち込むべく、壮大な「嘘」をつくことを決意した。



数日後。

俺は、キャンパスの中庭で、その機会を待っていた。

ベンチに座り、親しげに話しているあみさんと高梨。

「あみ、この前のレポート、キャラ分析の視点が鋭かったな。今度の心理学ゼミ、その分析力を活かして一緒に発表しないか?俺、サポートするから」

高梨のやつ、俺の領域(心理学)どころか、あみさんの趣味(ラノベ)の領域にまで踏み込んで、自然に褒めやがった!

「ありがとう、高梨くん。でも、もう佐伯くんと組んでるから」

あみさんがやんわりと断るのが聞こえ、俺は心の中でガッツポーズをする。

やがて、高梨がサークルか何かに向かうのか、手を振ってその場を去った。

(……今だ!)

俺は、呼吸を整え、あみさんの元へと歩み寄ろうとする。

その直前、スマホがブルリと震えた。

【警告:作戦名『虚偽アンカリング』の成功確率、推定3.8%。無謀です。即刻中止を推奨します】

「3.8%!?黙れ!俺の知性と、この作戦の完璧さを舐めるな!」

俺は心の中でAIに悪態をつく。

【反論】知性以前に、嘘の準備が雑すぎます。成功を祈りません。

「うるさい!」

俺は通知をスワイプで消し、確固たる意志を持って彼女の前に立った。

「やあ、吉村さん。いい天気だな」

「あ、佐伯くん。こんにちは」

あみさんは、少し驚きながらも、笑顔で会釈してくれた。

その笑顔に一瞬心が揺らぐが、いかん、今は作戦中だ。

「……吉村さん。実は、君に話しておかなければならないことがある」

「え?なあに?」

俺は、少し悲しげな目を遠くに向け、独り言のようにつぶやいた。

「俺は、ずっと隠してきたんだが……俺の論文が、ドイツの新しい学術誌『Zeitschrift für Psycho-Fantasie(心理幻想ジャーナル)』に掲載されることになってな……」

どうだ。

ドイツ。学術誌。横文字。

これ以上ない知性のアンカーだ。

さあ、驚くがいい。尊敬するがいい!

「え、すごーい!おめでとう!……でも、ごめん、そのジャーナル、聞いたことないな。新しいの?」

「そ、そうだ!まだ創刊されたばかりの、知る人ぞ知る、超マイナーなやつで……」

「へえ!テーマは何?」

「テーマは…『恋愛における認知バイアスのファンタジー的展開』だ!」

俺は、勢いででっち上げた、我ながら秀逸なタイトルを告げた。

しかし、あみさんはきょとんとしている。

「それ……めっちゃラノベっぽいね?」

「いや、学術的に深いんだ!」

「ふーん。で、先行研究はやっぱり、ダニエル・カーネマンのプロスペクト理論あたりを引用した感じ?」

「……え、えーっと……」

まずい。完全に墓穴を掘っている。

「それとも、社会心理学寄りで、ロバート・チャルディーニの影響力の武器シリーズとか?あ、もしくは進化心理学的なアプローチで、デイヴィッド・バスの配偶者選択理論?」

「あ、ああ、その……全部、総合的に、だな……」

冷や汗が止まらない。

あみさんの目が、キラキラと輝いている。

「すごい!それ、絶対読みたい!ドイツ語読めないから、翻訳版が出たら教えて!」

「……う、うん」

(やばい、やばすぎる……!)

俺の脳内で、警告アラームが鳴り響く。

このままでは、嘘がバレるどころか、期待を裏切ることになる。

俺が、顔面蒼白で固まっていると、あみさんは、不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。

「佐伯くん……?顔色悪いけど、大丈夫?」

その時、俺の視線は、彼女が手に持っている一冊の本に吸い寄せられた。

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』

ラノベだ。それも、超有名タイトル。

「それ……『俺ガイル』……?」

俺が、かろうじて声を絞り出すと、あみさんの肩が、ビクッと震えた。

「ち、違う!これは、その……現代日本における高校生の人間関係の力学と、それに伴う心理的葛藤を描いた、高度なケーススタディだから!特に、雪ノ下雪乃の心理描写が、認知バイアスの研究対象として非常に優れていて……!」

さっきまでの冷静さはどこへやら。

顔を真っ赤にして、早口でまくし立てるあみさん。

その姿は、どう見ても「研究」ではなく、「趣味」がバレたオタクのそれだった。

「へえ……ケーススタディ、ねえ……」

俺が、ニヤリと笑うと、あみさんは「うう……」と、さらに顔を赤くして俯いてしまった。そして、小さな声で付け加えた。

「それに…ゆきのんの、いつも本音でぶつかって、でも傷つきやすいところ…なんか、人間らしいっていうか…憧れる、かな」

その不意に見せた本音に、俺の心臓が大きく跳ねる。

(……やられた)

アンカリング効果。

俺は、彼女に「すごい奴」というアンカーを打ち込もうとして、失敗した。

だが、彼女は、無意識のうちに、俺に強力なアンカーを打ち込んでいたのだ。

「知的で、冷静で、真面目な文学部の女の子」

その先入観があったからこそ、今の、慌てふためき、そして本音を漏らす彼女の姿が、とてつもなく、破壊的に、可愛く見える。

俺の心臓は、もはや警報レベルで鳴り響いていた。

「ご、ごめん!私、急用思い出したから!」

あみさんは、そう叫ぶと、脱兎のごとく走り去ってしまった。

一人、中庭に残された俺。

嘘がバレた恥ずかしさと、彼女の新たな一面を発見した高揚感で、感情がぐちゃぐちゃだった。

「……俺、何やってんだ」

ベンチに座り込み、頭を抱える。

アンカリング効果で彼女を落とすどころか、自分がアンカーに縛られてしまった。

「知的で冷静な文学部女子」という先入観。

それが崩れたとき、彼女の本当の姿が見えた。

ラノベオタクで、慌てふためいて、本音をぽろっと漏らす、人間らしい女の子。

その姿が、もう、忘れられない。

「……最初から、こういう風に接してればよかったのかな」

変に心理学テクニックに頼るんじゃなくて。

嘘をつくんじゃなくて。

ただ、素直に、好きだって気持ちを……。

だが、一つだけ、確かなことがある。

「敵わない……でも、最高に、好きだ……!」

俺は、天を仰ぎ、敗北と、そして、どうしようもない恋心を、同時に噛み締めるのだった。

夕焼けが、中庭を赤く染めていく。

その光の中で、俺の影だけが、長く伸びていた。

手の中のスマホが、ブルリと震える。

【アンカリング作戦:失敗】

【評価:D-(嘘が稚拙すぎます。小学生からやり直しなさい)】

【追伸:ほら、言ったでしょう】

【ただし、副次的効果を確認】

【追加データ】心拍数上昇は、佐伯賢司の『稚拙な嘘』への呆れか、それとも『オタク趣味の露見』による動揺か?……あるいは、第三の可能性は?分析中…

「え……どういう、ことだ……?」

ココロダイブが示した、謎めいた分析結果。

それは、俺の新たな混乱の始まりを、静かに告げていた。
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