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1・白虎との再開
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雨脚が少し、強くなる。濡れた鋏を握りしめたまま、環は蘇った記憶の熱に頬を染めた。
ただの思い出のはずなのに、どうして今、こんなにも心が騒ぐのか。
(王子さま……)
その時、囁きのような静かな声が鼓膜を揺らした。
「こんにちは。またお庭で会えたね」
心臓が凍る。振り返ると、音もなく、気配もなく、男がそこに立っていた。
「誰ですか?お会いした覚えがないのですが…」
さっきまで幼少期の思い出に浸っていたせいか幼少期の「王子さま」と彼の面影が重なりそうになる。
「えっ!覚えてないの酷いなぁおでこに口づけした仲なのに…もう1回したら思い出してくれるかな?」
「えっ…じゃあ本当に王子…さま?」
確かにあの白虎を思わせる白髪と宝石の様なの瞳も全て一緒である。いや気づいていた。気づかないふりをしていたのだ。あまりにも非現実的で、あまりにも、恐ろしい偶然だから。
「そうだよ。まぁ王子じゃなくて悠人だけどね。」
悠人(ゆうと)様――。
そういえば数日前から伯爵の父親とともに屋敷に出入りしている青年がとても美丈夫だと女中たちが噂していた。
その彼が王子さまだったのか。
昔より大人になり、控えめに見える装いは彼の完璧な立ち姿によって比類なき気品を放っている。
そしてその静謐な瞳。穏やかな光の奥に、獲物を見据える獣のような獰猛さが潜んでおり色気を感じる。
悠人は、環の思考が停止したのを愉しむように見つめている。
環は、自分が手に持つ薄汚れた道具と、彼の洗練された品格との差に、思わず身を固くした。
「悠人、様は……。なぜ、ここに……」
「君に、会いに来た」
彼はこともなげに言い、傘もささずに一歩、また一歩と環に近づく。
泥濘が、彼の磨き上げられた革靴を汚していくのも構わずに。
「すみません、私は……悠人様にお会い申し上げるような、立場ではございませんから」
環は絞り出すように言うと、自分の汚れた指先を隠すように、固く手を握りしめて俯いた。
彼の視線から逃れるように、ただひたすらに頭を下げる。この状況は、あまりにも間違っている。
「そんな言葉が聞きたいんじゃない。それにこんな雨が降る中、庭仕事だなんて、手、冷たくないかい?」
悠人は環の手元を覗き込み、悲しそうに眉を寄せた。そして、環が身を引くより早く、泥のついたはさみごと、その手を大きな手のひらで包み込んだ。
「っ……!」
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
道具の冷たさとは比較にならない、彼の肌の熱。その熱が、まるで焼印のように環の自由を奪っていく。
「離して……ください……」
「嫌だ」
即答だった。
優しい声色とは裏腹に、その指には逃がさないという明確な意志が込められている。
「ずっと、この日を待っていた。君がどこで何をしているか、誰が君を冷遇してるか、僕は全部知っていたよ。ずっと、見ていたから」
「え……?」
「君をこんな場所に閉じ込めている連中を、僕は許さない。でも、もう大丈夫。僕が来たから」
悠人の瞳が、狂おしいほどの熱を帯びる。
それは、環の知る純粋な恋慕の色ではなかった。
すべてを焼き尽くし、独り占めしようとする、業火の色だ。
「覚えていてくれて嬉しいな。あのハンカチを貰ってからずっと、君は僕だけの陽だまりだった。僕だけを照らす、光だったんだ」
記憶の中の王子さまの声が、目の前の男の支配的な囁きに塗り替えられていく。
憧れは、瞬く間に恐怖へと変貌した。
この人は、おかしい。
けれど、庶子 (ニセモノ)である私を、この人は本物(ホンモノ)だと言ってくれる。
その甘い毒が、環の思考を痺れさせていく。
悠人は、決して離さないとばかりに環の手を強く握りしめ、恍惚と微笑んでいた。
雨はまだ、降り続いている。
まるで、二人だけの世界を祝福するように。
ただの思い出のはずなのに、どうして今、こんなにも心が騒ぐのか。
(王子さま……)
その時、囁きのような静かな声が鼓膜を揺らした。
「こんにちは。またお庭で会えたね」
心臓が凍る。振り返ると、音もなく、気配もなく、男がそこに立っていた。
「誰ですか?お会いした覚えがないのですが…」
さっきまで幼少期の思い出に浸っていたせいか幼少期の「王子さま」と彼の面影が重なりそうになる。
「えっ!覚えてないの酷いなぁおでこに口づけした仲なのに…もう1回したら思い出してくれるかな?」
「えっ…じゃあ本当に王子…さま?」
確かにあの白虎を思わせる白髪と宝石の様なの瞳も全て一緒である。いや気づいていた。気づかないふりをしていたのだ。あまりにも非現実的で、あまりにも、恐ろしい偶然だから。
「そうだよ。まぁ王子じゃなくて悠人だけどね。」
悠人(ゆうと)様――。
そういえば数日前から伯爵の父親とともに屋敷に出入りしている青年がとても美丈夫だと女中たちが噂していた。
その彼が王子さまだったのか。
昔より大人になり、控えめに見える装いは彼の完璧な立ち姿によって比類なき気品を放っている。
そしてその静謐な瞳。穏やかな光の奥に、獲物を見据える獣のような獰猛さが潜んでおり色気を感じる。
悠人は、環の思考が停止したのを愉しむように見つめている。
環は、自分が手に持つ薄汚れた道具と、彼の洗練された品格との差に、思わず身を固くした。
「悠人、様は……。なぜ、ここに……」
「君に、会いに来た」
彼はこともなげに言い、傘もささずに一歩、また一歩と環に近づく。
泥濘が、彼の磨き上げられた革靴を汚していくのも構わずに。
「すみません、私は……悠人様にお会い申し上げるような、立場ではございませんから」
環は絞り出すように言うと、自分の汚れた指先を隠すように、固く手を握りしめて俯いた。
彼の視線から逃れるように、ただひたすらに頭を下げる。この状況は、あまりにも間違っている。
「そんな言葉が聞きたいんじゃない。それにこんな雨が降る中、庭仕事だなんて、手、冷たくないかい?」
悠人は環の手元を覗き込み、悲しそうに眉を寄せた。そして、環が身を引くより早く、泥のついたはさみごと、その手を大きな手のひらで包み込んだ。
「っ……!」
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
道具の冷たさとは比較にならない、彼の肌の熱。その熱が、まるで焼印のように環の自由を奪っていく。
「離して……ください……」
「嫌だ」
即答だった。
優しい声色とは裏腹に、その指には逃がさないという明確な意志が込められている。
「ずっと、この日を待っていた。君がどこで何をしているか、誰が君を冷遇してるか、僕は全部知っていたよ。ずっと、見ていたから」
「え……?」
「君をこんな場所に閉じ込めている連中を、僕は許さない。でも、もう大丈夫。僕が来たから」
悠人の瞳が、狂おしいほどの熱を帯びる。
それは、環の知る純粋な恋慕の色ではなかった。
すべてを焼き尽くし、独り占めしようとする、業火の色だ。
「覚えていてくれて嬉しいな。あのハンカチを貰ってからずっと、君は僕だけの陽だまりだった。僕だけを照らす、光だったんだ」
記憶の中の王子さまの声が、目の前の男の支配的な囁きに塗り替えられていく。
憧れは、瞬く間に恐怖へと変貌した。
この人は、おかしい。
けれど、庶子 (ニセモノ)である私を、この人は本物(ホンモノ)だと言ってくれる。
その甘い毒が、環の思考を痺れさせていく。
悠人は、決して離さないとばかりに環の手を強く握りしめ、恍惚と微笑んでいた。
雨はまだ、降り続いている。
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