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20話 大人の甘さ アッシュ
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「それで? まさか私を退治するとか、そんな野暮なことは言わないわよね?」
私は挑発するように脚を組み替え、スカートから白い太ももをちらりと覗かせる。
普通の男なら、これで視線が釘付けになり、息を呑むはず。
なのにアッシュは、ただ静かに、慈しむような目で私を見つめ返してきた。
「退治? まさか。俺はギルドのマスターだ。魔物だろうが人間だろうが、ここで美味い酒を飲み、法を犯さず、冒険者の邪魔をしなけりゃ、誰だって歓迎するさ。むしろ噂通りの別嬪で嬉しいくらいだぜ」
「あら、心が広いのね」
「広いんじゃねえよ。無駄な争いが嫌いなだけだ」
彼は椅子に深く腰掛けたまま、ゆったりと葉巻の煙を吐き出した。
その姿には、一分の隙もないけれど、同時に私を拒絶する鋭さもなかった。
ただ、そこに在るだけで周囲を安心させるような、巨大な大樹のような存在感。
「だがな、リリア。一つだけ言っておく」
彼は煙の向こうから、静かな声で続けた。
「ウチの若いのが世話になってるようだがな、お嬢ちゃん。ほどほどにしてやってくれんか?」
「……ほどほどとは?」
「とぼけるな。ガルの奴、最近上の空で仕事になりゃしねえ。ドラゴン相手に惚気話始めかねない勢いだ」
「ガルはまだ若い。あいつは真っ直ぐすぎて、自分の限界を知らない。お前みたいな魅力的な女に入れ込んだら、加減を知らずに全てを捧げちまうだろうよ」
「……あら。私、ちゃんと加減してるわよ? 彼を壊すつもりなんてないもの」
私が少し口を尖らせると、アッシュはふっと優しく笑った。
「ああ、分かってるさ。お前がただの悪食な魔物じゃないってことくらい、その目を見りゃ分かる」
「……え?」
「お前、ガルのことを結構気に入ってるだろう? ただの餌としてじゃなく」
図星を突かれ、私は言葉に詰まる。
アッシュは立ち上がり、ゆっくりと私の前まで歩いてきた。
威圧感はない。むしろ、温かい空気が近づいてくるようだった。
「お前は悪い女じゃねえよ。ただ、少し寂しがり屋で、欲張りなだけだ」
彼は私の目の前に立つと、大きな手で、私の頭をポンと撫でた。
子供扱いされたようでムッとするはずなのに、その手があまりに温かくて、私は身動きが取れなくなった。
「まあ、どんな女か調べて見れば、騎士様を袖にして、レナードの坊主を骨抜きにしてて流石に驚いたがな……」
「別に私がどんな男を餌にしようが私の勝手でしょ。誰にも迷惑かけてないもの……」
彼は私を自分が座っていた椅子の方に抱き寄せ自分の膝の上に座らせ、頭を撫で続けた。
「そうだな。お嬢ちゃんは別に悪くない。周りの男が勝手におかしくなってくだけさ」
アッシュの深い声が、胸の奥に染み込んでくる。
彼は私の顎に指を添え、ゆっくりと上を向かせた。
至近距離で見つめ合う、彼の瞳。そこには軽蔑も、下卑た欲望もない。
あるのは、私のすべて――サキュバスとしての本能も、孤独も、貪欲さをも理解し、受け入れるような、深海のように深い包容力だけ。
「……どうして、分かるの?」
「言っただろう。伊達に長生きしてねえってな」
彼は目を細め、困ったような、でも愛おしいものを見るような顔で笑った。
「若い男の情熱もいいが、そればかりじゃ疲れることもある。時には、何もかも預けて、ただ甘えたい時もあるだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、私の張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた気がした。
そう。私はずっと気を張っていた。
この世界に来て本当の意味で甘えられた人間はいなかった。
私は涙が滲みそうになるのを必死で堪えて、彼の胸に額を押し付けた。
「なんだか悪い大人みたいな言い草ね」
「まあ。実際ガルの恋路を邪魔してる時点で、ガルから見れば悪い大人ではあるから間違っちゃいねえぜ」
そうなんでもないように笑いとばした。
「そんな風に言われたら……私、どうすればいいか分からなくなっちゃうじゃない」
「分からなくていいさ。今はただ、ここにいればいい」
アッシュは私の背中に腕を回し、優しく抱きしめてくれた。
革のジャケット越しに伝わる体温と、タバコと革の混じった大人の匂い。
その腕の中は、世界で一番安全な場所のように感じられた。
「それに俺は悪い大人だからな。お前の相手にいつでもなってやる。お前が満足するまでな……」
耳元で囁かれた低音に、私の身体の芯が、甘く疼いた。
これは、今までのどの男とも違う。
激しく求め合うのでもなく、一方的に奪うのでもない。
ただ、この大きな器に包み込まれ、溶かされていくような快感。
「……お手柔らかに、お願いね……アッシュ」
私は彼のシャツをぎゅっと握りしめ、素直にそう呟いた。
狩るつもりで来たのに、いつの間にか、私はこの心地よい檻の中に自ら入っていたのだ。
でも、今はそれがたまらなく幸せだった。
私は挑発するように脚を組み替え、スカートから白い太ももをちらりと覗かせる。
普通の男なら、これで視線が釘付けになり、息を呑むはず。
なのにアッシュは、ただ静かに、慈しむような目で私を見つめ返してきた。
「退治? まさか。俺はギルドのマスターだ。魔物だろうが人間だろうが、ここで美味い酒を飲み、法を犯さず、冒険者の邪魔をしなけりゃ、誰だって歓迎するさ。むしろ噂通りの別嬪で嬉しいくらいだぜ」
「あら、心が広いのね」
「広いんじゃねえよ。無駄な争いが嫌いなだけだ」
彼は椅子に深く腰掛けたまま、ゆったりと葉巻の煙を吐き出した。
その姿には、一分の隙もないけれど、同時に私を拒絶する鋭さもなかった。
ただ、そこに在るだけで周囲を安心させるような、巨大な大樹のような存在感。
「だがな、リリア。一つだけ言っておく」
彼は煙の向こうから、静かな声で続けた。
「ウチの若いのが世話になってるようだがな、お嬢ちゃん。ほどほどにしてやってくれんか?」
「……ほどほどとは?」
「とぼけるな。ガルの奴、最近上の空で仕事になりゃしねえ。ドラゴン相手に惚気話始めかねない勢いだ」
「ガルはまだ若い。あいつは真っ直ぐすぎて、自分の限界を知らない。お前みたいな魅力的な女に入れ込んだら、加減を知らずに全てを捧げちまうだろうよ」
「……あら。私、ちゃんと加減してるわよ? 彼を壊すつもりなんてないもの」
私が少し口を尖らせると、アッシュはふっと優しく笑った。
「ああ、分かってるさ。お前がただの悪食な魔物じゃないってことくらい、その目を見りゃ分かる」
「……え?」
「お前、ガルのことを結構気に入ってるだろう? ただの餌としてじゃなく」
図星を突かれ、私は言葉に詰まる。
アッシュは立ち上がり、ゆっくりと私の前まで歩いてきた。
威圧感はない。むしろ、温かい空気が近づいてくるようだった。
「お前は悪い女じゃねえよ。ただ、少し寂しがり屋で、欲張りなだけだ」
彼は私の目の前に立つと、大きな手で、私の頭をポンと撫でた。
子供扱いされたようでムッとするはずなのに、その手があまりに温かくて、私は身動きが取れなくなった。
「まあ、どんな女か調べて見れば、騎士様を袖にして、レナードの坊主を骨抜きにしてて流石に驚いたがな……」
「別に私がどんな男を餌にしようが私の勝手でしょ。誰にも迷惑かけてないもの……」
彼は私を自分が座っていた椅子の方に抱き寄せ自分の膝の上に座らせ、頭を撫で続けた。
「そうだな。お嬢ちゃんは別に悪くない。周りの男が勝手におかしくなってくだけさ」
アッシュの深い声が、胸の奥に染み込んでくる。
彼は私の顎に指を添え、ゆっくりと上を向かせた。
至近距離で見つめ合う、彼の瞳。そこには軽蔑も、下卑た欲望もない。
あるのは、私のすべて――サキュバスとしての本能も、孤独も、貪欲さをも理解し、受け入れるような、深海のように深い包容力だけ。
「……どうして、分かるの?」
「言っただろう。伊達に長生きしてねえってな」
彼は目を細め、困ったような、でも愛おしいものを見るような顔で笑った。
「若い男の情熱もいいが、そればかりじゃ疲れることもある。時には、何もかも預けて、ただ甘えたい時もあるだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、私の張り詰めていた糸が、ぷつりと切れた気がした。
そう。私はずっと気を張っていた。
この世界に来て本当の意味で甘えられた人間はいなかった。
私は涙が滲みそうになるのを必死で堪えて、彼の胸に額を押し付けた。
「なんだか悪い大人みたいな言い草ね」
「まあ。実際ガルの恋路を邪魔してる時点で、ガルから見れば悪い大人ではあるから間違っちゃいねえぜ」
そうなんでもないように笑いとばした。
「そんな風に言われたら……私、どうすればいいか分からなくなっちゃうじゃない」
「分からなくていいさ。今はただ、ここにいればいい」
アッシュは私の背中に腕を回し、優しく抱きしめてくれた。
革のジャケット越しに伝わる体温と、タバコと革の混じった大人の匂い。
その腕の中は、世界で一番安全な場所のように感じられた。
「それに俺は悪い大人だからな。お前の相手にいつでもなってやる。お前が満足するまでな……」
耳元で囁かれた低音に、私の身体の芯が、甘く疼いた。
これは、今までのどの男とも違う。
激しく求め合うのでもなく、一方的に奪うのでもない。
ただ、この大きな器に包み込まれ、溶かされていくような快感。
「……お手柔らかに、お願いね……アッシュ」
私は彼のシャツをぎゅっと握りしめ、素直にそう呟いた。
狩るつもりで来たのに、いつの間にか、私はこの心地よい檻の中に自ら入っていたのだ。
でも、今はそれがたまらなく幸せだった。
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