【完結】迷惑だけど、離れたくない。~傲慢なエゴイストはグイグイくる君に焦がれる~

たるとタタン

文字の大きさ
3 / 7

三話 失われた太陽

しおりを挟む
コンペの提出期限まで、残り36時間。

玲は、砕けた模型の残骸を片付けることもせず、ただひたすらに作業を続けた。

破損した箇所は、予備のパーツを使い、徹夜で修復した。

その集中力は凄まじく、桐谷が出社した時には、模型は以前と寸分違わぬ、いや、むしろ悲壮なまでの完璧さを取り戻していた。

「先生……これ、一晩で……?」

桐谷は息を呑んだ。

玲はそれに答えず、最終チェックの指示を矢継ぎ早に飛ばす。

その姿はまるで、感情を捨て去った精密機械のようだった。

コンペのプレゼンテーションは、圧巻の一言だった。

玲は、自身の建築哲学と、この美術館が持つべき未来へのビジョンを、淀みなく、情熱的に語った。

審査員たちは彼の才能に感嘆し、会場は賞賛の渦に包まれた。結果は、言うまでもなく玲の圧勝だった。

キャリアの頂点を極めた瞬間。事務所は祝賀ムードに沸き、鳴り止まない祝福の電話に桐谷たちが追われていた。

しかし、玲の心は、不思議なほどに静まり返っていた。

手に入れたはずの栄光も、周囲からの称賛も、まるで他人事のように響く。

彼はただ、静かすぎる事務所の窓から、隣のアパートを見つめていた。

陽が住んでいるはずの部屋の窓は、カーテンが閉ざされたまま、固く閉ざされていたのだ。

「……ようやく、静かになった」

玲は誰に言うでもなく呟いた。

そうだ。これでいい。

これで、俺の日常は完璧な秩序を取り戻したのだ。あのノイズはもういない。

そのはずだった。

そんな思いとは裏腹に、心はぽっかり穴の空いたようなそんな気持ちだった。

翌日、玲は久しぶりに自宅のベッドで目を覚ました。

コンペが終わり、溜まっていた疲労が一気に噴き出したのだろう。

昼過ぎまで泥のように眠っていた。

空腹を覚えてキッチンに立つが、冷蔵庫にはミネラルウォーターしかない。いつもなら、陽が勝手に補充していたはずの牛乳も、卵もない。

仕方なくコンビニへ向かい、適当な弁当とコーヒーを買う。

事務所でそれを口に運ぶが、まるで砂を噛んでいるように味気なかった。

いつも食べていたはずの、あの温かい手作りの味を、舌が、体が、鮮明に記憶していた。

「たこウィンナーが食べたいな……はぁバカバカしい」

そう吐き捨てると玲は弁当を半分も食べずにゴミ箱へ捨てた。

そして、デスクに向かう。

新しいプロジェクトの構想を練らなければならない。

だが、真っ白な紙を前に、何も思い浮かばなかった。

あれほど湧き出ていたインスピレーションが、ぴたりと止まってしまったのだ。

静かすぎる。

思考を邪魔するものは何もない。

完璧な環境だ。

それなのに、頭の中は空っぽだった。

彼をオレは求めている。

「いつもみたいにバカみたいに騒ぐやつがいないと調子狂うな……」

カチ、カチ、と壁の時計の秒針だけが、やけに大きく響く。

その時、ふと視界の隅に入った観葉植物が、少しだけ萎れていることに気づいた。

陽が毎日のように水をやっていた、あの植物だ。

玲は無意識に立ち上がると、給湯室から水を汲んできて、その根元に静かに注いだ。

自分がこんなことをするなんて、以前の彼なら考えられなかっただろう。

「一ノ瀬さん、おめでとうございます!」

数日後、桐谷が晴れやかな顔で出社した。

「次のプロジェクト、早速いくつかオファーが来ていますよ。すごい反響です」

「……そうか」

「どうしたんですか? 元気ないですね。あ、そういえば、最近相葉さん、見ませんね。いつもならお祝いだって言って、ケーキでも持って飛んで来そうなのに」

桐谷の無邪気な一言が、玲の胸に突き刺さった。

「……あいつはもう来ない」

「え? どうしてです? 喧嘩でもしたんですか?」

「俺が、追い出した」

玲の淡々とした言葉に、桐谷は絶句した。

「そん……な……。あんなに一ノ瀬さんのこと……」

玲は桐谷の言葉を遮るように、仕事の指示を始めた。だが、その声には以前のような覇気はなかった。

日々は過ぎていく。

玲の日常は、陽が現れる前の状態に戻った。いや、それ以上に空虚で、色を失っていた。

朝、事務所に来て、夜、帰る。食事はコンビニか出前。誰とも必要以上の会話はしない。完璧な静寂。完璧な孤独。

それは、かつて彼が望んでいたはずの世界だった。

しかし、玲は今、その静寂の中で溺れそうになっていた。陽が置いていった些細な痕跡――少しだけ位置が変わっている本の角度、彼が拭いたせいで妙に綺麗な窓ガラス、そして今も微かに残る弁当の匂い――が、彼の不在を雄弁に物語っていた。

陽がいた日々は、確かに「ノイズ」だった。

彼の感情は、玲の合理的な世界では理解不能なバグのようだった。

だが、そのノイズが、自分の無機質な世界にどれだけの彩りと温かみを与えていたか。

彼の存在が、どれだけ自分の精神的な支柱となっていたか。

玲は、失って初めて、その途方もない事実に気づかされたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

率先して自宅警備員してたら宅配業者に両思い判定されてた話

西を向いたらね
BL
[配達員×実家暮らしニート] ・高梨悠斗 (受け) 実家住みのニート。常に家にいるため、荷物の受け取りはお手の物。 ・水嶋涼 (攻め) 宅急便の配達員。いつ荷物を届けても必ず出てくれる受けに対して、「もしかして俺のこと好きなのでは…?」となり、そのままズルズル受けの事が好きになる。

宮本くんと事故チューした結果

たっぷりチョコ
BL
 女子に人気の宮本くんと事故チューしてしまった主人公の話。  読み切り。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話

日向汐
BL
「好きです」 「…手離せよ」 「いやだ、」 じっと見つめてくる眼力に気圧される。 ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26) 閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、 一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕 ・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・: 短期でサクッと読める完結作です♡ ぜひぜひ ゆるりとお楽しみください☻* ・───────────・ 🧸Twitterもぜひ遊びに来てください🫧 ❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21 ・───────────・ 応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪) なにとぞ、よしなに♡ ・───────────・

勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布
BL
勇者パーティーを追放された魔法生物が騎士団長に拾われる話

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

路地裏の王子様と秘密のカフェ ―10年ぶりに再会した親友はトップアイドルでした―

たら昆布
BL
大学生の千秋がバイト帰りの路地裏で助けたのは、今をときめくアイドル『GALAXY』のセンター、レオだった。 以来、レオは変装して千秋の働くカフェへ毎日通い詰めるようになる。 ​「千秋に会うと疲れなんて全部消えちゃうんだ」 トップアイドルとは思えないほど素直に懐いてくるレオに、千秋は戸惑いながらも多忙な彼を支えたいと願うようになる。 ​しかし、千秋はまだ知らない。 レオが10年前に「また絶対会おう」と約束して別れた泣き虫な親友の玲央本人だということに。

僕たち、結婚することになりました

リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった! 後輩はモテモテな25歳。 俺は37歳。 笑えるBL。ラブコメディ💛 fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。

処理中です...