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19 先代聖女の孫
しおりを挟む部屋に入って来たその文官は少し緊張しているようだったが、彩音の顔を見た途端、一瞬目を瞠り、そして表情を曇らせた。無理もない。今の彩音は明らかに弱っていて普通の状態ではないのだから。
「聖女様。初めてお目に掛かります。王宮文官のユーグ・ブラッハーと申します。面会をお許し頂き、ありがとうございます」
「トメです。貴方は先代聖女すみゑさんのお孫さんですよね?」
「ご存知でしたか?」
「昨夜、夢にすみゑさんが現れて『明日、孫を行かせるからね』と言われたんです」
「そうでしたか……実は、祖母は昨夜、私の母の夢にも出て来たそうなのです」
「お母様の?」
「はい。私の母は先代聖女である祖母の末娘なのですが、夢の中で祖母に『聖女がホームシックに罹って苦しんでいる。お握りを作ってユーグに持って行かせるように』と告げられたそうです」
「お握り……ですか?」
「はい。この国には米がありませんから本物のお握りとは少し違いますが。祖母は昔からずっと、ニホンの料理を再現しようと試行錯誤を繰り返していました。この世界にある食材を使って、出来るだけニホン食に近い物を作ろうと、ある種の執念を燃やしていたのです。そして元々料理好きだった私の母に、それらの料理を伝授しました」
「そうなんですね……」
「とにかく、食べてみて下さい」
ユーグはそう言うと、手に持っている包みを彩音に差し出した。
包みを開けると小さめの三角お握りが二つとお新香が入っていた。
「わぁ……本当にお握りだ」
思わず声を上げる彩音。
ユーグは、そんな彩音を見て柔らかく笑うと、
「麦茶[モドキ]もお持ちしました」
と、言いながら、水筒を取り出した。
お握りの具はシャケ[モドキ]と梅干[モドキ]だったが、モドキとは思えない程、見た目も味も本物に近かった。
「美味し~い! 私、お握りの具の中でシャケが1番好きなんです!」
「そうですか。それは良かった」
ユーグはそう言って彩音に麦茶をついでくれる。
「トメ様。一つご提案があります」
「はい? 何でしょう?」
「私は毎日、母が作るニホン風の弁当を持参して王宮に通っています。トメ様さえお許しくだされば、母はトメ様のお弁当も作りたいと申しておりますが、如何でしょう?」
「えーっ!? 毎日、日本風のお弁当が食べられるって事ですか?」
「はい、そうです。母は、せっかく覚えたニホン風料理を家族以外に振る舞う機会がなかなか無くて、ウズウズしておりまして……是非とも、トメ様に作って差し上げたいと」
「嬉し~い! 是非お願いします!」
彩音はお握り2つとお新香を完食した。
「ご馳走様でした。本当に美味しかったです。ありがとうございました」
ユーグに心からのお礼を言うと、彼は、
「いえ。お口に合って良かったです」
と、表情を緩めた。
こんなに食べたのは久しぶりだ。
側で見ていたアンナが、安堵の余り涙目になっている。
「『お米を食べるとチカラが湧く』って聞くけど、本当だわ。あっ? でもこれはお米じゃないんですよね?」
彩音の問いに答えるユーグ。
「はい。この国の穀物を使っています」
「スゴイ……本物のお米の味がしたわ。シャケも梅干も本物そっくり。貴方のお祖母様もお母様も天才だわ!!」
彩音が興奮気味にそう言うと、ユーグは、
「ありがとうございます。母が聞いたら大喜びするでしょう」
と、言って微笑んだ。
その夜、部屋にやって来たダミアンに、彩音は昼間の出来事を話した。
「トメ、良かったな」
「うん。明日からお昼が楽しみだわ」
ニマニマする彩音。
「トメが元気じゃないと、オレもつまらないからな」
「悪魔なのに聖女に元気でいて欲しいなんて、よく考えたらダミアンって変じゃない?」
「そっかー? オレとお前は友達だろう? 悪魔だって友達の心配くらいするぞ?」
「え? 私たちって、友達だったの?」
「違うのか?」
「いや、まぁ……友達と言えば友達なのかな?」
「オレが友達だって認めれば友達だ」
「何というオレ様!?」
「悪魔だからな」
「……うん。そうだね」
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