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27 真名は貴方だけに
しおりを挟むその後しばらくして、彩音はユーグに結婚を申し込まれた。
「トメ様、貴女が好きです。私と結婚してください」
彩音に迷いはなかった。
「はい。お受けします」
そう答えた彩音を、ユーグは遠慮がちに抱き寄せた。
「ありがとう。きっと幸せにする。大切にするよ」
「私もユーグさんを大切にします。ずっと一緒にいて下さい」
「ああ、ずっと一緒だ。約束する」
「はい、ユーグさん」
「『ユーグ』と呼んでくれ」
「ユーグ。私のことは……『彩音』って呼んで」
「えっ?」
ユーグにだけは本当の名を呼んでほしい。
「私の ”真名” は『彩音』なの」
「真名?」
「ええ。私の ”真の名” よ。真名は夫となる人にだけ教える決まりなの。名付けた両親以外に私の真名を知る人は、今まで誰もいないわ」
「つまり、ご両親以外で貴女の真名を知るのは、これまでもこれから先も含めて私だけということか?」
「そう。それが真名の仕来たりなの」
「ニホンにはそういう風習があるんだね? けれど、祖母に真名があるという話は聞いたことがないが……」
しまった! そうよね――すみゑさんは同じ日本人だった。
「 ”真名” は、日本の中でも私の生まれ育った横浜だけに伝わる旧習なのよ」
かなり苦しいが、これで押し通そう。
「そうなのか? チバにはその風習自体が無いということか?」
「ええ、そういうこと」
⦅ ごめんね、ユーグ。嘘をつく私を許して! ⦆
「『アヤネ』というのが貴女の真の名なんだね?」
「ええ。”彩る音” と書いてアヤネと読むの」
「彩音、彩音……か。綺麗な名だ」
「ありがとう、ユーグ」
「私だけが貴女のことを『彩音』と呼べるんだね? 何だか不思議だ」
「ふふふ。二人きりの時はそう呼んでね。ただし、人前では絶対にダメだからね」
「ああ、わかった」
「私とユーグだけの秘密よ」
「彩音、彩音……愛してる」
ユーグはそう囁くと、そっと唇を彩音のそれに重ね合わせた。
結婚を決めた二人は、まずユーグの両親に伝えることにした。
ユーグの父親、ブラッハー伯爵は、つい先日、半年ぶりに領地から王都の屋敷に戻って来たばかりで、彩音は今回が初対面だ。
ブラッハー伯爵は現在は領地経営に専念しているが、元軍人で中将まで務めた経験があるとユーグから聞いている。
ユーグよりもずっと大きな体躯の伯爵を前に緊張する彩音。
「初めまして。トメと申します」
「トメ様、初めまして。ユーグの父、ジェローム・ブラッハーです。今年は領地での仕事が立て込んで、なかなか王都に戻ることが出来ませんでした。ようやくお会いできて、嬉しい限りです」
「私もお会いできて嬉しいです」
ユーグは両親を前にして、彩音と結婚の約束をしたことを報告した。
「トメ様が我が家にお嫁に来て下さるなんて、夢のようですわ!」
サクラは大喜びだ。
「サクラさん。いえ、お義母様。よろしくお願いします。これからもお料理を教えて下さいね」
「もちろんですわ! ユーグがモタモタしているものだから、ずっとヤキモキしてたんです。本当に良かったわぁ~!」
はしゃぐサクラを見て、ユーグが苦笑する。
一方、ブラッハー伯爵は喜色満面の妻とは対照的に、難しい顔をして彩音に尋ねた。
「サクラからの手紙で、トメ様が我が家によく御出で下さっていることは知っていたのですが、てっきりユーグの片恋で終わるものと思っておりました。トメ様は、本当にうちのユーグでよろしいのですか? トメ様ほどの女性なら、もっと有力な貴族の令息と、いくらでも婚姻を結べます。本当に我がブラッハー伯爵家に嫁いで来て頂けるのでしょうか?」
「もちろんです。フツツカ者ですが、どうぞよろしくお願いします。お義父様」
そう言って、彩音はとびきりの”聖女スマイル”を伯爵に向けた。
「『お義父様』……まさか聖女様からそう呼ばれる日が来るとは――」
伯爵はそう言うと、先程までの難しい表情をガラリと変えて相好を崩した。
そんな夫にサクラが言う。
「あら、ジェローム。ずっと同居していた私の母も聖女だったのよ? 貴方は免疫があるのではなくって?」
「いや、だってサクラ。義母上はあくまで義母上だったからな。こんなにも美しいトメ様に『お義父様』と呼ばれる破壊力たるや、もう!!」
そう話す伯爵の顔は、もはや完全に緩み切っている。
「父上! 鼻の下を伸ばさないで下さい!」
不機嫌そうな声を出し、父を睨むユーグ。
「おいおい、ユーグ。父親を威嚇するなよ。あまり狭量だとトメ様に嫌われるぞ」
「えっ?!」
父に言われて、ユーグが不安そうに彩音の顔を覗く。
彩音はにっこり笑って、愛しい婚約者に告げた。
「どんなユーグも大好きよ」
真っ赤になるユーグ。
そんな息子を見て、サクラは可笑しそうに声を立てて笑い、ブラッハー伯爵も「これは面白いモノを見ることが出来た」と、ニヤリとしたのだった。
後日、王宮にて国王と王太子チェーリオに、ユーグとの婚約を報告した彩音。
国王もチェーリオも「はー!? 文官と婚約?!」と驚きの声を上げ、そして次の瞬間、二人揃って魂が抜け落ちたような表情になった。彼らにとってユーグは大穴だったらしい。彩音が先代聖女の孫であるユーグと親しくしている事は王家も知っていたはずだが、一見、目立たない文官であるユーグに、まさか恋愛的な意味で彩音を持って行かれるとは、全く予想していなかったようである。
もちろん、神官長にも報告した。
国王や王太子とは違い、神官長は彩音の婚約を諸手を挙げて喜んだ。
「トメ様! 早く結婚式を挙げて下さい! その方が神に祈りが届きやすくなります。あ、出産もなるべく早くお願いしますね!」
⦅うん。清々しいくらい、私個人の幸せなんて考えてないね。その正直なところ、嫌いじゃないわ、神官長⦆
神官長はその後、やけに整っている産休・育休制度について詳しく説明してくれた。
二人の婚約が公表されると、ユーグは王宮勤めの男性たちから嫉妬まじりの皮肉や悪口を言われるようになったらしい。中には直接的な嫌がらせをしてくるヤカラまでいるとか。
神官長からその話を聞いた彩音は、心配になってユーグに尋ねた。
「ユーグ、大丈夫? あまり酷いようなら、私から宰相様に言って注意してもらおうか?」
「大丈夫だよ。彩音は何も心配しなくていい」
「でも、私と婚約したせいでユーグが嫌な目に遭うなんて――あー! ホント腹立つ!!」
「皆の憧れの聖女と結婚するんだ。このくらいの事は覚悟してたし、平気だから」
「だけど……」
「私はこうして彩音と二人で過ごせるだけで、この上なく幸せなんだ。悪口や嫌がらせなんて些細な事だよ」
「でも心配なの。本当に困ったら、ちゃんと相談してね」
「ああ、わかった」
「ユーグ……」
彩音はユーグを見上げると、背伸びをして自分から彼に口付けた。
ユーグは一瞬驚いたように目を瞠った後、彩音を強く抱きしめた。
「彩音……煽らないでくれ。ガマン出来なくなったら困る」
婚約してるんだからガマンしなくていいのになーと思うが、言えるはずもなく、彩音もガマンするしかない。
「あー、抱かれたい」
呟く彩音。
「おい、トメ。心の声が漏れてるぞ」
呆れたようにダミアンが言う。
「え? ああ、いいのよ。ダミアンしかいないんだから」
「失礼なヤツだな。少しは取り繕えよ」
「悪魔に取り繕う必要なんてないでしょ?」
「ひでぇ~扱い」
「こんなに可愛がってるのに?」
「愛玩動物的な可愛がり方だがな」
「アハハハハハ」
「こないだお前に頼まれた件、探って来たぞ」
「どうだった? やっぱりヒドイの?」
「ああ。だけど、お前が心配する必要はない」
「どうして? 自分の婚約者が悪口を言われたり、嫌がらせをされたりしたら、心配するのは当然でしょ?」
「ユーグに限っては、そんな心配は不要だって言ってるんだ」
「へ?」
「まあ、たいていのヤツらは皮肉を言ったりワザと聞こえるように陰口を叩く程度で、ユーグも相手にしていないみたいだった。けど、一人、とりわけ執拗にユーグに絡んでくる武官がいてな。そいつはユーグに『聖女が心身ともに弱っているところに付け込んだ卑怯者!』って、何度も食ってかかってた。それが段々とエスカレートしてきて、最近じゃ、仲間の武官を引き連れて来て5~6人で文官のユーグ1人を取り囲んで罵るようになったんだ。どっちが卑怯だよ? って思ったけどな」
「酷い……」
日本人の血を引いているユーグは、この国の男性としてはさほど身長が高くない。体格の良い武官達に取り囲まれるなんて、きっと怖いよね?
「そいつらマトメて神殿の地下牢にぶち込んで、神罰を与えてもらうように聖リリュバリ神に祈ってやろうかしら?」
「おいおい。聖女の発想じゃねぇぞ」
「だって、許せないわ!」
「心配要らない。もう少し日が経てば、そいつらは全員、王宮からいなくなる」
「え? 何で?」
「ユーグがそいつらの不正を暴いて上に報告したからだ」
「不正? 全員が不正に関わってたの?」
「とりあえず、証拠はバッチリ揃ってるみたいだな」
「……まさか?」
「なっ? だから言っただろ?『ユーグに限って心配は要らない』って」
「そういうこと……ね」
「そういうことだ。アイツ、やっぱスゲェ~な。安定の腹黒だぜ」
ユーグは強い。
彩音は安堵した。
好きな男があまり純粋だと心配になってしまう。
腹黒いくらいが安心だわ――――女心とは、そういうモノなのだ。
正式に婚約が調うと、彩音とユーグは二人きりで過ごす時間がそれまでよりグッと増えた。
ユーグは人前では彩音のことを「トメ」と呼ぶが、二人きりになった途端、「彩音」と甘く囁く。
苦し紛れにラノベを参考にでっちあげた ”真名の旧習” だが、「二人だけの秘密」というのは、思った以上にクるモノがある。実に刺激的で良い。
おかげで二人の愛はますます燃え上がり、彩音とユーグは現在、超絶ラブラブモードだ。ビバ! 真名プレイ!?
今日も二人きりでじゃれ合う彩音とユーグ。
「彩音」
「なぁに、ユーグ」
「愛してるよ」
「私も」
「ちゃんと言ってくれ」
「私も……ふふふ」
「最後まで言わないと、こうだぞ」
「やだ、ユーグ。耳はダメだってば」
「彩音がちゃんと言ってくれないからだ」
「いやん。舌でそんな……あっん」
「そんなに感じるのか? ココか?」
「もう! ユーグのバカ!」
「そんなことを言う悪い唇は塞いでやる」
「んん!?」
「まだまだ足りない」
「やん、ユーグってば……んんぁ……」
「彩音……好きだ」
「けっ。末永く爆発しろ!!」
ダミアンの声がした。
終わり
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ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
URL of this novel:https://www.alphapolis.co.jp/novel/628331665/937590458
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感想ありがとうございます。
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