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10 初めての口付け
しおりを挟むマリウス様がお帰りになった後、執事や他の使用人達が我が家の門の前に塩を撒いていた……マリウス様の嫌われ具合が半端ではない。少し可哀想になってしまう。
その晩、父にマリウス様とのやり取りを、覚えている限り全て報告した。
「私の留守を狙って来てジェンマの婚約にケチをつけるとは! だが結局、ジェンマとの復縁は諦めたということだろう? 結果的には良かったのかもしれんな」
私もそう思いますわ。
「私の口からはっきり復縁をお断りして、マリウス様が納得されたのですから、確かに直接お話出来たことは良かったのかもしれません」
「ジェンマ、この話はお前からダリオ殿にきちんと報告した方がいい。ダリオ殿は王家の動向に不安を持っている。マリウス殿下が我が家を訪れたこと、お前と話をしたことについて、変な誤解が生まれたりせぬように、ダリオ殿と直接会ってお前の口から説明しなさい」
なるほど。ダリオ様は先日の馬車の中の会話でも、私が再び求められたらマリウス様の元に戻るのではないかと不安がっていらしたわ。
ダリオ様に誤解されたくない。私が今、愛しているのはダリオ様なのだ。マリウス様とのことは私の中ではもう既に終わったこと。「過去」である。
「わかりました、お父様。ダリオ様にきちんとお話しします」
「近いうちにダリオ殿を我が家に呼ぶから、二人でしっかり話しなさい。マリウス殿下の復縁の申し出をジェンマがはっきり断って、殿下も納得したということを、ジェンマ自身の言葉で伝えれば、ダリオ殿も安心するだろう」
そうですわね。ダリオ様の不安を払拭したい。そして、ダリオ様との結婚式を本当に心待ちにしている私の気持ちをわかってほしい――
****************
翌々日、ダリオ様とゴリちゃんがアマート公爵家を訪れた。父が二人を夕食に招いたのだ。
デザートを食べ終わったところで、父が言った。
「ダリオ殿、ジェンマから君に話がある。食後のお茶はジェンマの部屋で二人で飲んでくれ。大事な話だから侍女も外させる。二人だけでゆっくり話すといい」
「えっ? よろしいのですか?」
ダリオ様が驚いている。
未婚の女性の部屋に男性が入るなど普通は許されない。まして今は夜だ。おまけに侍女まで外させると言い出した父に驚くのも当然だろう。
「君とジェンマはもうすぐ結婚するんだ。構わんよ」
「は、はい……」
「グレゴリオ君はここで私達とお喋りしましょうね」
母がゴリちゃんに声をかける。ゴリちゃんは、
「はい!」
と素直に頷いた。
2階に上がり、ダリオ様を私の部屋に案内した。
「どうぞ中にお入りください」
「あ、ああ」
侍女はお茶を運び終えると部屋を出て行った。
緊張してます? ダリオ様? 妙な緊迫感が漂う。
「どうぞ御掛けになって」
ダリオ様がソファーに座ると、私はその横に座った。ダリオ様は私がソファーの向かいの椅子に座ると思っていたのだろう。少し驚いたようだ。うふふ、隣に座ると親密さが増すのですって。恋愛小説で読みましたのよ。
私はダリオ様に2日前のことを話し始めた。
「実は2日前にマリウス殿下が突然、我が家にいらっしゃったのです。父が王宮にいる時間に――――」
出来るだけ詳しく話したつもりだ。
ダリオ様はずっと険しい顔をして聞いていらした。マリウス様が私に復縁を迫ったくだりでは、頭を抱えて俯いてしまった。
覚えている限りのことを話し終えた私は、ホゥと息をつく。
「ジェンマ。ジェンマは私を選んでくれたんだね……」
「はい。勿論ですわ。私はダリオ様を愛しています。殿下も最後には分かってくださいましたわ」
「ジェンマ……ありがとう。愛してる」
ダリオ様は私を抱きしめた。
「ダリオ様……私、早く結婚したい……」
こんな甘えた台詞、私に似合わないかしら? ダリオ様のお顔を見上げる。
「ジェンマ……可愛い」
「えっ?」
「私も早くジェンマと一緒になりたい」
ダリオ様の声が急に甘さを帯びる。
「好きだよ、ジェンマ」
そう言うと、ダリオ様は唇を私のそれに重ねた。ひょ~! 生まれて初めての口付けですわ! 恥ずかしい~!
「ジェンマ、殿下と口付けをしたことある?」
「ありませんわ(ああ見えて殿下は奥手ですの)」
「ホントに?」
「本当ですわ(本当に殿下は奥手ですの)」
ダリオ様は何故か辛そうな表情だ。
「私は殿下に嫉妬してる。自分は婚姻歴があって子供までいるのに、殿下がジェンマに触れたかもしれないと思うだけで苦しいんだ。勝手だと分かっているけれど」
「マリウス殿下とは何もありませんわ(しつこいようですが殿下はびっくりするほど奥手ですの)」
ダリオ様が少し伏し目がちに問う。
「いい歳をしてずっと年下の殿下に嫉妬するなんて、私に幻滅した?」
ダリオ様ったら何て可愛いことをおっしゃるのかしら?
「うふふ。ダリオ様に限ってヤキモチは大歓迎ですわ」
それを聞いてダリオ様がお顔を上げる。
「ジェンマを誰にも渡したくないんだ」
「ダリオ様……」
「私の愛しいジェンマ」
ダリオ様は再び私に口付けた。甘い……蕩けそうですわ。
「ダリオ様……もっと……」
私は指でツゥーとダリオ様の喉仏をなぞりながら強請った。
「ジェンマ。貴女は公爵家の箱入り令嬢のはずなのに……一体どこで覚えたんだ? そんな男の煽り方を」
安心してください。ほぼ恋愛小説からですわ。
ダリオ様と私は何度も唇を重ねた。いつの間にかダリオ様の舌が入ってきて私の舌に絡みつく……の、濃厚ですわ! これが大人の接吻!? 腰が砕けそう。
「んっ……」
「ジェンマ、その声やめてくれ。口付けだけでは済まなくなってしまう」
そう言われても自然に声が出てしまいますの。
「だって、ダリオ様の口付けが気持ち良過ぎるからですわ」
「そうやってまた煽る。勘弁してくれ。ここは公爵家なのに」
さっきからダリオ様の視線がちらちらと私の豊かな胸に向けられている。ダリオ様も殿方ですのね。
「ジェンマ、皆の所に戻ろう。私の理性が限界だ」
「はい」
私は頷いた。
「ダリオ様、続きは結婚してからしましょうね。うふふ」
「ジェンマ……またそうやって……」
ダリオ様は私を強く抱きしめた。そしてそのまま、
「ここは公爵家、ここは公爵家、ここは公爵家だ」
と、しばらく唱えていた。精神統一?
ダリオ様と二人で階下に降りて居間に入ると、父が、
「何だ、もういいのか?」
と言って、私とダリオ様の顔を交互に見た。え? でも小一時間は経っていますわよ?
「うーむ。さすがに我が家では無理か……」
小声で父がブツブツ呟いている。
「え? お父様、何と仰いました?」
「あーいや。もういっそ既成事実でも作った方が安心かなーなんてな。ワハハハ」
絶句する私とダリオ様。それでわざわざ侍女まで外させたの? そんなの無理に決まってるでしょう!
「キセージジツって何?」
うぅ。そう問うゴリちゃんの純真な眼差しが痛い! 大人達は皆、目を泳がせた。
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