(仮)捕虜となった女兵士が敵国の皇帝に求婚されたってよ

蛾花 凛太郎

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乱華という女 〜息を殺し続けた日々〜

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 雪がこんこんと降る、冬の寒い日。
 身共は、真澄鏡の第三皇女として生まれた。

 兄弟は兄が一人、姉が二人、妹が一人の五人兄弟。
 親父には三人の妃がいて、身共は三番目の妃の子どもだった。

 お袋は、元娼婦だった。
 元々顔立ちが良いのに加え、青みがかった白金の珍しい髪色と、透き通る橙と金色の瞳を持つオッドアイという神秘的な身体的特徴が、当時働いていた妓楼の中で人気を博していた。その噂が皇帝の耳に入り、月見の宴で踊り子として招待され、召し抱えられたらしい。


 正直、宮廷暮らしだった時の記憶はあまり覚えてない。
 毎日が息継ぎも出来ないほど必死に生きていたというのと、心休まる瞬間が無かったから印象に無いのだと思う。

 お袋は三重苦だった。元娼婦という偏見を持たれる過去、2人目の側室であること、そして身体が病弱だった。そのお袋の弱さに漬け込んだ周りの人間の当たりは、とてもキツかった。

 特に、兄と姉二人の母である皇后は、自分の子達に身共が近づこうものなら容赦なく引っ叩いた。だから身共も気を使って、姉達には近づかないように気をつけていたのだが、殴られる身共を見るのが楽しかったのか、兄に関しては皇后の前でわざと身共に話しかけてきた。


 嫌がらせは日に日に増していった。すでにヒ素で変色した銀皿に乗った食事を提供したり、洗濯された物に馬糞をつけられていたり、酷い時には医者になりすました強姦魔を寄越されたこともあった。

 子どもながらに、危険な環境にいることを悟った。助けてくれる人は誰もいない。だから身共が、周りの毒牙からお袋を守らなければならないと思った。


 授業の傍ら、お袋と親父には内緒で身の回りのことは全部自分でするようになった。料理は慣れるまでは必ず毒味は身共がしていたし、洗濯物も自分が洗った。島の医者は男しかいなかった為、緊急の時以外は医女に診てもらうように交渉した。

 一方で、皇室教育も自分に余念を許さなかった。お袋を理由に出来が悪い娘だと言われるのが悔しかったからだ。
 姉達に負けないように、やりたくもない作法や箏、舞、裁縫などの練習に全力を注いだ。興味がなくても、漢書や詩の勉強もし続けた。努力は実って、教師陣からは常に最高評価をもらっていた。その評価に反比例するかのごとく、お袋への嫌がらせは日に日に収まっていった。
 皇后も、自分の子どもよりも優秀なことが負い目なのか、身共を殴ることは次第になくなった。

 それでも気は抜かなかった。油断をすれば寝首を掻かれると常に自分を律し続けた。


 しかしある日、お袋が突然……


「今、楽しい?」


何故それを聞こうと思ったのかは今でも分からない。


「今のあんたの顔、親父の顔とそっくり! ブス過ぎて毎日笑い堪える身にもなれってww」
「おい!」
「せっかく私に似て可愛く産んだんだから、唯一の取り柄を無駄にすんじゃないわよ」


 病弱な身体とは相反するかのように、お袋は強靭なメンタルを持っていた。後宮に入っても、自分の正直な生き方を貫いていた。我慢や気遣いをするような性格ではなく、皇帝の事は普通にディスり、嫌がらせをされればその場で相手が泣き崩れることは愚か、暫く再起不能せしめるまで言葉攻めで追い込んだ。とてもでは無いが、側室に相応しい器ではなかった。

 それにこの頃、身共は彼女に『母親』としての器量も疑っていた。
 一度も褒められた事が無かったのだ。琴の腕を磨いても、どれだけうまく舞っても、知識を増やしても、周りが身共を評価する中で、唯一お袋だけはニコリともしなかった。

 やるせなかった。
 お袋に肩身が狭い思いをさせまいと奮闘し続ける自分が、時々阿呆らしく思えた。


「あんたさ、本当は何がしたいの?」
「今はお袋にこの薬(ゲロ苦い)を飲ませたい」
「いやん!  だってそれくっそマズいのに、即効性ないんだもん!」


 意図の見えないお袋の質問はこうして流した。


「じゃなくて、あんたが本当にやりたい事は何なの?  調理場の料理人?  後宮の宮女?  楽団員?  それとも文官?」
「今まで私に興味持たなかったのに何だ急に」
「そりゃそうよ。だって、自分が我慢してしてることばっか自慢してくるんだもん」


 身共はこの時、本当にお袋が何を言っているのか分からなかった。
 自分がいつ我慢したというのだ。身共はお袋を守る為に……身共ら親子が脅かされることなく静かに暮らしたいからしていること。この時は、何も我慢している自覚など全くなかった。


「ちょっとこっちにおいで」


 面倒な絡みに怪訝な顔をしながら薬の用意をする身共の腕を、お袋は優しく引いて寝台に座らせた。


「いつの間にこんなに可愛くなくなっちまったのかなぁ」


 そして顎に手を当て、身共の顔をまじまじと見つめながらしみじみと呟いた。


「私に後宮で肩身が狭い思いをさせまいと、勉強頑張ったり、踊りを頑張ったり、楽を学んだり……時には身を呈して毒味までして。挙句洗濯に掃除?  バッカじゃないの!  そんな我慢ばっかりしてりゃあ、私が褒めると思った?」
「……全部、知ってたのか?」
「あんだけブス顔になれば気づくに決まってんでしょ。私の顔に似て生まれたんだからブスになるのはおかしいの」


 理屈はよく分かんないけど、さっきから年増がよく上から目線で自分より若い女をブスブス言えるな。


「よく聞きなさい。あんたは私と違って、死ぬ時を選べるの。それってしたい事を好きなだけできるって事よ。でも、それだって年齢という制限があるの。物事には必ずタイミングって物がある。タイミングを少しでも間違えると、本来できたはずの事が永遠に出来なくなってしまう」
「じゃあお袋はどうなんだ!  お袋は体が弱くて老い先短…」
「誰が『老い先短い』だ?  誰が『老ける』だ?  その辺の雑草ババア共と一緒にすんな。私に失礼だろ。『短命』と言え、『短命』と!」
「はい」


 お袋は『老い』という言葉に敏感だった。いくら天性の美魔女でも、老化は治すことができないコンプレックスらしい。


「言っとくけど、私が他人より死にかけなのは、神様が美人の私を早くお膝元に置きたいからなのよ。神をも惑わす美貌の持ち主なの、最早罪なの」
「あっそう」
「だから、神に魅入られている私の事は気にせず、あんたはのほほんとやりたい事をすれば良いのよ。私よりブスの特権よ。自分の成したい事を頑張りなさい。頑張って頑張って、頑張ってやり切って……死にたい時に死になさい」


——それが、私があんたを産みたいと思った理由だから


 そっと抱き寄せられたお袋の身体が、暖かく感じた。
 私はこの時初めて、お袋が母であることを実感した。
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