小悪魔からの手紙

はな夜見

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第一章 失くした鍵

第一節

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 死体はすでに江ノの遺体保管庫へと移されていた。白骨化した死体は、女性か男性か素人にはわからないだろう。遠州から案内され遺体を目の前にしたムムと松葉は、手袋をはめ、それぞれ自身の仕事に努める。ムムは探偵として、そして松葉は江ノ唯一の医師として。遺体の状況を確認した。

「場所は江ノ墓地周辺の道端。状態は白骨化しきっていた。墓に遺体を埋める業者が発見したらしいが、埋めようとした土地にすでに遺体が埋められていたなんてお笑いだな」
「死体を隠すなら墓地というわけか」「笑うところだぞ」

 何やら分厚い資料を持って話を進める遠州に、ムムは遺体を確認しながら質問を投げかけた。

「何故ユズさんだと?」「愛し合った証」

 遠州が指差したのは左手。小さい指に小さい指輪が光っている。白骨化までしているというのに遺体の指から外されることのなかった指輪をムムは迷うことなく外した。裏には名前のイニシャルらしきMの文字と、それから日付。二十年ぐらい前の日付だ。ムムはふぅん、と相槌を打ったのち、遠州ではなく松葉へと質問を移した。

「死亡推定年数は?」
「少なくとも三年前以上前だ。白骨化しきっている。土に埋められていたし失踪のタイミングと一致するな」「事故か? 事件か?」

 死亡原因を聞こうとしないムムに代わり、遠州が尋ねた。松葉は首を振ったのち、言った。「分からない。事件であれば骨に跡が残らない方法だろう」

「ややこしくなってきやがった」

 遠州の文句にムムは愛想も見せずに吐き捨てた。「それが遠州さんの仕事だ」


 ムムの言葉に遠州は肩を竦めた。やりたくてやっているわけではない。それが遠州の率直な思いだった。

 親の七光という言葉が遠州にはよく似合う。父親が有名な警察官ということもあり、警察の道を志した遠州だが、それが気に入らなかった時期もあった。俗にいう反抗期というやつだ。警察などただの偽善だと、遠州は今でも思うところがある。結局は真の悪を裁くことができないのだと。

 しかし、今はなぜだか警察という偽善の存在を享受できるようになっていた。なぜなら、まず、この立場は何かと都合がいい。この立場にいれば、合法も非合法も、遠州自身が決めることができる。そして、警察というのは何かと住民の信頼を得られやすい。もちろんそのための努力を遠州は欠かしたことはなかったが、それでも七光のおかげが大きかったことは間違いがないのだ。

 遠州は何も言わずに目を閉じた。この不満を目の前にいる生意気な女に話してしまえば、後々面倒なことになることは目に見えている。どうにか感情を押し殺し、そして何とも思っていない風に話をつづけた。


「とりあえずモミジさんに指輪の確認は取った。奥さんの白骨化は見たくないそうだがな」
「動揺は?」「勿論」
「違和感は?」

 ムムの追撃に遠州は眉間に少しシワを寄せるように表情を動かした。どう言えば、この生意気な探偵が手中に収まるか、考えたのだ。もうこれ以上お守りをしなくていいように、そして今後二度と関わらなくていいように。優秀とは言い難い頭脳をフル回転して、遠州は答えを出した。

「分からん」

 結果、遠州は保身を選んだ。それは少なくとも嘘ではない言葉だった。ムムは遠州の意図などつゆ知らず、その言葉を鵜呑みにして、少し考えた。遠州は腐っても警察だ。彼が分からないと結論を出したということは、つまり、モミジからは違和感を少なからず感じたのだろう。しかし、確信があるほどじゃない。だから迷い、そして、結論は出なかったのだ。

 松葉の検視が終わってから、遠州は事件性の有無や、遺体の詳しい確認など必要な記録をとると、どこかへと姿を消した。残った松葉は微動だにしないムムを薄く開いた眼で観察しながら、手袋を外す。彼女の優秀な脳が次に何を考えるのか、その結末を気にしてのことだった。

「……どうする? ムム」
「変わらないさ。やるべきことはなんにも」

 そう言ってムムも手袋を外した。この遺体から得られたことは二つ。この遺体は藍沢ユズであること。そして、モミジに届いたあの手紙はユズからではなく、第三者から届いたものであるということ。


「さぁ。なに飲もうかな」
「……俺は付き合ってやらないからな」

 松葉の冷たい声にムムは笑った。

「問題ない」
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