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第四章 ビタミン中毒
第四節
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桔梗シンタロウの家は、江ノ北区に位置していた。要するに桔梗シンタロウは金持ちだということだ。西区よりの北区なので、少々のお金持ちといった方が正しいだろう。ムムはそんな小綺麗な家にうんざりとした面持ちで、辺りを見渡した。ムムの体には北区の空気が合わないのだろう。本人がそう思いたいだけという気もするが。
遠州が呼び鈴を鳴らして数秒。身なりをまったく整えていない男性が姿を見せた。肌寒いというのにTシャツ一枚でいるところを見るに、外に出る機会すらないのだろうか。ボサボサの髪を胸のところまで伸ばしている。体型は細見だが、細いというより筋肉がないと言った方が正しい体型だ。頼りなさそうと言ってもいい。
「な、なんです?」
「アイドル・ミカンさんについて、少し調査していまして。お話を伺えないかと」
遠州はそう言いながら、自分より髪の長い同性に興味を隠せない。これだけ伸ばすためには果たして何年かかるのだろう。「あ、あぁ、アレか」
「アレ?」
「い、いやさっき見たんですよ、ネットで。ミカンが死んだってそう言ってました。ガセじゃないんだアレ」
「……ちなみに、どなたが?」「ゆ、有名な荒らし野郎が」
そう言われて思い出すのは根岸の姿だ。ハァ、とため息をついた遠州に追い打ちをかけるように桔梗は続ける。「あっ、そうそう、ミカンの人気に便乗したアイドル気取ってるデブもそう言ってました。彼女にももしかして聞き取りしました?」「……あはは」
遠州はもう何も言う気にはなれなかった。人間不信になりそうだ。
「ぼ、僕の話なんて聞いても、あんまり大したものはないですけど……聞きます?」
「ぜひ、お願いします」
疲れ切った遠州に対し、ムムは笑顔でそう言った。
*
桔梗シンタロウの家は遠州が見たどの家よりも広く、そして綺麗だった。機械系統が綺麗に並べられている部屋をはじめ、お金がかかっていると思わせる機械類たちは、遠州の心をワクワクさせるものだった。多少の知識しかない遠州ですら、その並べられたコード、工具、カメラ、扇風機、延長コードのすべてが最新のものであり、メーカーごとで揃えられていることが分かる。ムムはそんな部屋にまるで興味がないようで、それよりもミカングッズが並べてある部屋に興味津々だった。
「うわ、すごい量ですねグッズ」
「い、一応、全種類持ってます。割と新参だったんで、集めるのには苦労しました。特にミカンがアイドル活動を始めてから二、三年ぐらいの頃のグッズは現存しているものが稀でした」
並べられたグッズは媒体は問わず、様々なアイドル・ミカンの写真が印刷されていた。アルバムらしい本もあれば、タオルにミカンの姿が印刷されたものもある。壁にかけてあるキーホルダーの中には、まったく同じものもあり、ムムは頭をひねった。
「気に入ってるグッズとかは二個買ってるんですか?」
「あっ、違いますよ。それらはくじで当てたものなので。全種類コンプリートするまでに何回も何回もやって、それでかぶってしまっているだけです。僕、そういう無意味なことはしないんです。ほら、グッズを意味の分からない装飾で飾ったり、同じグッズを何個も買って、並べて、写真に撮って? 僕の場合、そういうことを自らすることはしません。自慢に見えたら気まずいでしょ?」
「……失礼なことかもしれませんが、桔梗さんもネットで似たようなことをされていたと思うのですが……メゾンというハンドルネームを使っていらっしゃるんですよね?」
遠州の言葉は桔梗の琴線に触れたらしかった。桔梗はもさもさと揺れる髪で表情を隠しながら早口で弁明する。
「ち、ちがっ! あ、いや、メゾンは僕の名前で間違いはないですけど、そうじゃなくて、あれはリクエストされたんですよ、周りのオタク仲間に。”どれぐらい持っているか”と聞かれたから、これくらいだと説明したくて写真を撮ったんです」
全種類持っているとそう言えばいいじゃないですか。遠州はその言葉をぐっと飲みこんだ。言ったところで誰も得しないと判断したのだ。桔梗はもさもさと動いて、それから、遠州の顔色を見た。しかし、遠州の顔色には何も浮かんでいない。しいて言えば、理解できないという顔をしていた。
「ミカンさんにはまられた経緯などあればお聞きしたいですね」
「ぼ、僕はミカンがライブしている姿がすごく好きで。今でもその幻想を追い求めているだけですし……ミカンを殺した犯人も知りませんよ」
警戒心をむき出しにする桔梗を見て、遠州は、根岸と生成が情報をばらまいたことを恨んだ。余計なことをしやがって。ムムは遠州に苦笑して、桔梗に聞いた。
「それほどアイドルに入れ込んでいたら奥さんはどう思われるんでしょうか」
「あ、あぁ。別れました。ミカンのことを想いすぎて。”私とアイドルどっちが大事なの”って言われて。ちゃんと言いましたよ。ミカンだって」
にっこりと笑う桔梗には後悔のかけらもない。ムムは遠州が言っていたように、アイドルを好きになる人には家族を作るのは難しいのではないかと思えてきた。「で、でも離婚はしてません」
「はぁ? 何故?」
「し、知りませんよ、あっちの考えることなんて。まぁ別居ですけどね。別れたくないって言われるから、それなら、まぁって感じで」
ムムには桔梗も、それから桔梗の妻の気持ちも分からなかった。ただ、うらやましくないことだけは間違いない。遠州はこれ以上訳の分からない話をしたくはないと、早急に話題を変えた。
「今でもミカンさんのアイドル復帰を望まれていますか?」
「え? いや、彼女結婚してますよ? 子供連れてたし。妊娠を機に引退したんだと思いますけど」
「えっ!」
その事実を知る桔梗に驚くムムと遠州だったが、桔梗はさらに驚くような言葉を告げた。「見たんですよ、引退してからしばらく経って。子供と歩くミカンを」
「いつ見かけました? どこで?」
ミカンの姿を見ている。しかも引退した後の。遠州とムムは桔梗の言葉に食いつくが、桔梗は申し訳なさそうに後ずさりした。「い、いやいや、見ただけですって」
「それでも、事件解決につながります。教えてください! ぜひ」
遠州とムムの期待した目を見て、桔梗は長い髪をいじった。そして消えそうな声で言う。
「え、えっと、十年未満前のことだと思います。西区の方で寄りたいところがあって、それで、ミカンを見かけたって感じです。旦那の方は見てないんですが、相変わらず、綺麗で。……あっ、そういえば写真に撮ったような……? 残っているかも」
思わぬ収穫に期待する遠州に代わって、ケータイを弄る桔梗に、ムムはいくつか気になることを質問した。
「桔梗さんは、ご職業は何を?」
ムムの方をちらりと見た桔梗は髪をもさもさと揺さぶり、自身の表情を隠した。
「えっと、親のやってた仕事を受け継いでいますけど、な、名前だけの責任者ってだけだし、働いたことはないです。僕は家にいるだけなので……」
ムムは気づいた。桔梗の妻がなぜ頑なに別れを拒むのか。要するに桔梗は金のなる木というわけだ。もしかしたら妻の方は、西区で住んでいるから桔梗も西区付近の北区に住んでいるのかもしれない。妻に気持ちはあるのだろうか? ムムはこんなことを思った。しかし、気持ちがなければアイドルと自分のどちらを選ぶのなどと言った質問はしないだろう。いずれ仲直りするかもしれない。その時にまた、ミカンというアイドルが障害にならなければいいのだが。
「じゃあ普段は何を?」「えっ、と、ゲームです。一日中やってると言っても過言じゃないくらい」
「一日中? そんなにやって楽しいですか?」
「そ、そりゃ、楽しいですよ。しかも最近は時間限定の何かしらがあるゲームが多くて……一日中ネットに張り付いていないと最新情報を見られないこともありますし」「そんなこともあるんですね」
「ぼ、僕って何か一つのことをやっているとそれにしか時間を使えない性格なんですよ。昨日なんて酷かったですね。ちょっとした気持ちで始めたゲームが、そのうち一位になるまでやろうってそういう風に考えちゃって。気づいたら、オール……徹夜でした。一位とったときは仲間と喜び合いましたけどね」
「ミカンさんのファンとの交流とかは?」
「え、い、いやないです。そもそも今の時代、ミカンの名前を知っている人はいても、ミカンのファンを名乗る人は少ないですよ。だって何年も前に引退しちゃったし」
確かに。そう言われてムムは思い出した。ミカがミカンを応援するファンはもういないとムムに告げたあの寂しそうな瞳を。
「桔梗さんの身近にもいらっしゃらないですか?」
尚も食い下がり、どうにか容疑者を見つけようとする遠州に、桔梗は残念そうに首を横に振った。「ざ、残念ですけどね。僕や、荒らし、デブ女だけですよ。”ビタミン中毒”なんて名前をプロフィールに書くのは」
「そのことを奥様は知ってらっしゃるんですか?」
「さ、さぁ。最近はあんまり連絡とってないから」
桔梗は触っていたケータイを遠州に見せた。
「ほらこれですこれ! 顔もばっちり写ってる」
遠州は唖然とした。よく知る人物がそこに映っていたからだった。手に持つ袋には野菜やら何やらが頭を覗かせているところを見るに、買い物中なのだろうか? 困ったように眉を下げ、笑う彼女はどうやらスーパーの店員と話しているようだった。目線がこちらにないのはそのせいだともいえる。優し気な表情。長く伸びた黒い髪。
しかし言われて見れば納得する。彼女の笑みは、小さい頃から変わっていないらしい。アルバムに映る彼女は今の彼女と違って笑顔の写真が少なかったゆえに気づかなかった。「女将……」
遠州はすべて気づいた。
居酒屋に行ったとき、ふと話題に出したアイドル・ミカンのことを慈しむように話す彼女の表情。居酒屋自身の雰囲気、女将の態度。事件に関係しているなど誰が思うものか。いや、そうではない。遠州は自身の気持ちを理解した。分からなかったのではない、分かりたくなかったのだ。遠州自身がそれを望まなかったから。そしてユズの笑顔への既視感。決定的なのは昨日、女将にユズのことを話したときの、あの表情。そうだ、彼女が。
「彼女がレモンだったのか……」
遠州が呼び鈴を鳴らして数秒。身なりをまったく整えていない男性が姿を見せた。肌寒いというのにTシャツ一枚でいるところを見るに、外に出る機会すらないのだろうか。ボサボサの髪を胸のところまで伸ばしている。体型は細見だが、細いというより筋肉がないと言った方が正しい体型だ。頼りなさそうと言ってもいい。
「な、なんです?」
「アイドル・ミカンさんについて、少し調査していまして。お話を伺えないかと」
遠州はそう言いながら、自分より髪の長い同性に興味を隠せない。これだけ伸ばすためには果たして何年かかるのだろう。「あ、あぁ、アレか」
「アレ?」
「い、いやさっき見たんですよ、ネットで。ミカンが死んだってそう言ってました。ガセじゃないんだアレ」
「……ちなみに、どなたが?」「ゆ、有名な荒らし野郎が」
そう言われて思い出すのは根岸の姿だ。ハァ、とため息をついた遠州に追い打ちをかけるように桔梗は続ける。「あっ、そうそう、ミカンの人気に便乗したアイドル気取ってるデブもそう言ってました。彼女にももしかして聞き取りしました?」「……あはは」
遠州はもう何も言う気にはなれなかった。人間不信になりそうだ。
「ぼ、僕の話なんて聞いても、あんまり大したものはないですけど……聞きます?」
「ぜひ、お願いします」
疲れ切った遠州に対し、ムムは笑顔でそう言った。
*
桔梗シンタロウの家は遠州が見たどの家よりも広く、そして綺麗だった。機械系統が綺麗に並べられている部屋をはじめ、お金がかかっていると思わせる機械類たちは、遠州の心をワクワクさせるものだった。多少の知識しかない遠州ですら、その並べられたコード、工具、カメラ、扇風機、延長コードのすべてが最新のものであり、メーカーごとで揃えられていることが分かる。ムムはそんな部屋にまるで興味がないようで、それよりもミカングッズが並べてある部屋に興味津々だった。
「うわ、すごい量ですねグッズ」
「い、一応、全種類持ってます。割と新参だったんで、集めるのには苦労しました。特にミカンがアイドル活動を始めてから二、三年ぐらいの頃のグッズは現存しているものが稀でした」
並べられたグッズは媒体は問わず、様々なアイドル・ミカンの写真が印刷されていた。アルバムらしい本もあれば、タオルにミカンの姿が印刷されたものもある。壁にかけてあるキーホルダーの中には、まったく同じものもあり、ムムは頭をひねった。
「気に入ってるグッズとかは二個買ってるんですか?」
「あっ、違いますよ。それらはくじで当てたものなので。全種類コンプリートするまでに何回も何回もやって、それでかぶってしまっているだけです。僕、そういう無意味なことはしないんです。ほら、グッズを意味の分からない装飾で飾ったり、同じグッズを何個も買って、並べて、写真に撮って? 僕の場合、そういうことを自らすることはしません。自慢に見えたら気まずいでしょ?」
「……失礼なことかもしれませんが、桔梗さんもネットで似たようなことをされていたと思うのですが……メゾンというハンドルネームを使っていらっしゃるんですよね?」
遠州の言葉は桔梗の琴線に触れたらしかった。桔梗はもさもさと揺れる髪で表情を隠しながら早口で弁明する。
「ち、ちがっ! あ、いや、メゾンは僕の名前で間違いはないですけど、そうじゃなくて、あれはリクエストされたんですよ、周りのオタク仲間に。”どれぐらい持っているか”と聞かれたから、これくらいだと説明したくて写真を撮ったんです」
全種類持っているとそう言えばいいじゃないですか。遠州はその言葉をぐっと飲みこんだ。言ったところで誰も得しないと判断したのだ。桔梗はもさもさと動いて、それから、遠州の顔色を見た。しかし、遠州の顔色には何も浮かんでいない。しいて言えば、理解できないという顔をしていた。
「ミカンさんにはまられた経緯などあればお聞きしたいですね」
「ぼ、僕はミカンがライブしている姿がすごく好きで。今でもその幻想を追い求めているだけですし……ミカンを殺した犯人も知りませんよ」
警戒心をむき出しにする桔梗を見て、遠州は、根岸と生成が情報をばらまいたことを恨んだ。余計なことをしやがって。ムムは遠州に苦笑して、桔梗に聞いた。
「それほどアイドルに入れ込んでいたら奥さんはどう思われるんでしょうか」
「あ、あぁ。別れました。ミカンのことを想いすぎて。”私とアイドルどっちが大事なの”って言われて。ちゃんと言いましたよ。ミカンだって」
にっこりと笑う桔梗には後悔のかけらもない。ムムは遠州が言っていたように、アイドルを好きになる人には家族を作るのは難しいのではないかと思えてきた。「で、でも離婚はしてません」
「はぁ? 何故?」
「し、知りませんよ、あっちの考えることなんて。まぁ別居ですけどね。別れたくないって言われるから、それなら、まぁって感じで」
ムムには桔梗も、それから桔梗の妻の気持ちも分からなかった。ただ、うらやましくないことだけは間違いない。遠州はこれ以上訳の分からない話をしたくはないと、早急に話題を変えた。
「今でもミカンさんのアイドル復帰を望まれていますか?」
「え? いや、彼女結婚してますよ? 子供連れてたし。妊娠を機に引退したんだと思いますけど」
「えっ!」
その事実を知る桔梗に驚くムムと遠州だったが、桔梗はさらに驚くような言葉を告げた。「見たんですよ、引退してからしばらく経って。子供と歩くミカンを」
「いつ見かけました? どこで?」
ミカンの姿を見ている。しかも引退した後の。遠州とムムは桔梗の言葉に食いつくが、桔梗は申し訳なさそうに後ずさりした。「い、いやいや、見ただけですって」
「それでも、事件解決につながります。教えてください! ぜひ」
遠州とムムの期待した目を見て、桔梗は長い髪をいじった。そして消えそうな声で言う。
「え、えっと、十年未満前のことだと思います。西区の方で寄りたいところがあって、それで、ミカンを見かけたって感じです。旦那の方は見てないんですが、相変わらず、綺麗で。……あっ、そういえば写真に撮ったような……? 残っているかも」
思わぬ収穫に期待する遠州に代わって、ケータイを弄る桔梗に、ムムはいくつか気になることを質問した。
「桔梗さんは、ご職業は何を?」
ムムの方をちらりと見た桔梗は髪をもさもさと揺さぶり、自身の表情を隠した。
「えっと、親のやってた仕事を受け継いでいますけど、な、名前だけの責任者ってだけだし、働いたことはないです。僕は家にいるだけなので……」
ムムは気づいた。桔梗の妻がなぜ頑なに別れを拒むのか。要するに桔梗は金のなる木というわけだ。もしかしたら妻の方は、西区で住んでいるから桔梗も西区付近の北区に住んでいるのかもしれない。妻に気持ちはあるのだろうか? ムムはこんなことを思った。しかし、気持ちがなければアイドルと自分のどちらを選ぶのなどと言った質問はしないだろう。いずれ仲直りするかもしれない。その時にまた、ミカンというアイドルが障害にならなければいいのだが。
「じゃあ普段は何を?」「えっ、と、ゲームです。一日中やってると言っても過言じゃないくらい」
「一日中? そんなにやって楽しいですか?」
「そ、そりゃ、楽しいですよ。しかも最近は時間限定の何かしらがあるゲームが多くて……一日中ネットに張り付いていないと最新情報を見られないこともありますし」「そんなこともあるんですね」
「ぼ、僕って何か一つのことをやっているとそれにしか時間を使えない性格なんですよ。昨日なんて酷かったですね。ちょっとした気持ちで始めたゲームが、そのうち一位になるまでやろうってそういう風に考えちゃって。気づいたら、オール……徹夜でした。一位とったときは仲間と喜び合いましたけどね」
「ミカンさんのファンとの交流とかは?」
「え、い、いやないです。そもそも今の時代、ミカンの名前を知っている人はいても、ミカンのファンを名乗る人は少ないですよ。だって何年も前に引退しちゃったし」
確かに。そう言われてムムは思い出した。ミカがミカンを応援するファンはもういないとムムに告げたあの寂しそうな瞳を。
「桔梗さんの身近にもいらっしゃらないですか?」
尚も食い下がり、どうにか容疑者を見つけようとする遠州に、桔梗は残念そうに首を横に振った。「ざ、残念ですけどね。僕や、荒らし、デブ女だけですよ。”ビタミン中毒”なんて名前をプロフィールに書くのは」
「そのことを奥様は知ってらっしゃるんですか?」
「さ、さぁ。最近はあんまり連絡とってないから」
桔梗は触っていたケータイを遠州に見せた。
「ほらこれですこれ! 顔もばっちり写ってる」
遠州は唖然とした。よく知る人物がそこに映っていたからだった。手に持つ袋には野菜やら何やらが頭を覗かせているところを見るに、買い物中なのだろうか? 困ったように眉を下げ、笑う彼女はどうやらスーパーの店員と話しているようだった。目線がこちらにないのはそのせいだともいえる。優し気な表情。長く伸びた黒い髪。
しかし言われて見れば納得する。彼女の笑みは、小さい頃から変わっていないらしい。アルバムに映る彼女は今の彼女と違って笑顔の写真が少なかったゆえに気づかなかった。「女将……」
遠州はすべて気づいた。
居酒屋に行ったとき、ふと話題に出したアイドル・ミカンのことを慈しむように話す彼女の表情。居酒屋自身の雰囲気、女将の態度。事件に関係しているなど誰が思うものか。いや、そうではない。遠州は自身の気持ちを理解した。分からなかったのではない、分かりたくなかったのだ。遠州自身がそれを望まなかったから。そしてユズの笑顔への既視感。決定的なのは昨日、女将にユズのことを話したときの、あの表情。そうだ、彼女が。
「彼女がレモンだったのか……」
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