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24 第二皇子とお忍びデート

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『グウギュルル』

 モーガンさんと会ってユリアン様を怒らせた日から三日目の朝、私は自分のお腹が盛大に鳴る音で目が覚めた――

「ミュミュッ!」
「フフッ。ごめんね、ココ。驚かせたわね」

 ココがびっくりして飛び起きコロンと転がってしまい、思わず笑ってしまった。


 あの日の翌日、目が赤く腫れてしまった私を見て、ノーラさんが「これで大丈夫よ」と、冷やしたタオルをしばらく当ててくれた。まるでお姉さんができたみたい。
 いつも軽い口調のマサさんは、「故郷の東方の甘味を食べる?」と、小さな包みをそっと渡してくれた。
 「元気が出ないのか? そんな時は、身体を動かしながら大声を出すと良い! 一緒に庭園を走り込みしよう!」とレン係長が言いだして、「モニカを脳筋にするな」と止められていた。

 寮の食堂では、いつもよく食べる私が食べきれないので、体調不良を疑われた。

(皆に心配をかけたわ。私はもう大丈夫。今日もたくさん仕事を教えてもらおう!)

 モニカ・クラウスティン復活します。時に痛む胸はその都度手当てをしてあげれば良い。
 お腹が減っても稼がなければ食べてはいけない。へこんでいないで仕事を頑張るのだ。

 それがユリアン様の幸せにつながると信じ――




「ユリアン様とお忍びで出掛ける? 今からですか?」

 ちょっとは平常心に戻れたと思ったばかりで、なかなかハードな指令をいただいた。

「あら、前に言っていたじゃない。今日ならユリアン様も時間がとれるし、警備も万全なのよ」
「どこに行くかは紙に書いてあるから、順番どおり指示に従ってなぁー。あ、ココは留守番。ノーラといるんだぞ?」
「早速俺とマサは配置に着くから、準備が出来たらいつでも街に来い。ハッハッハッ」

 そして私は、ノーラさんに女性官僚専用の休憩室に押し込まれた。

「すごい荷物ですね」

 大きな鞄をドサリと置きながら「そりゃあそうよ」とノーラさん。

「私もこのとおり、準備におお忙しだったのよ? さあさあ、主役の一人はさっさと支度をして。皆さん、メイクは頼みましたよぉー」
「はぁーい」

 テキパキと荷解きをはじめたノーラさんは、休憩中と思っていた人たちに次々道具を渡してゆく。
 あれよあれよと私は官僚の制服を脱がされ、いつもはしないメイクを施されていた。

 令嬢時代たまにメイクをした時にも、黒髪と瞳の色に合うように、寒色系の色でメイクするようお願いしていた。今出されているパレットの色味には、あまり馴染みがない。

「セレストブルーの瞳に合わせ、淡い色で施していきますね」

 そう言われ、私の顔に暖かい色合いのブラウンやらピンクやらが筆でフワリとのせられてゆく。

(なんだかいつもと違う私だ)

 切れ長にラインを入れることが多かった目にも、虹彩の上の方に入念にラインを入れられる。唇はベージュの紅をのせられ、眉はフワリと緩やかなカーブを描かれた。

 さらにノーラさんが取り出したのは、富裕層の方が着ていそうなライトグレーのワンピースとアイボリーのジャケット。装飾が施された華美なドレスより、所々に飾られたレースが可愛らしくて、今のメイクにぴったりだと思う。

(素敵……)

 グリーンやブルーの彩度が高いドレスを着ると、身が引き締まって社交という戦いの場に赴く時は良いけれど、今日の装いは自由に街を散策するのが楽しくなりそうで心が弾む。

(いやいや、勤務時間内だから。落ち着け私)

「ほらほら、早く着てちょうだい。帽子は被らないで、髪型をこった感じにするんだから」

 私の黒髪は複雑に編み込まれ、くるくるとまとめられていた。

「このリボンをつけて完成よ」

 背後で忙しく作業する人の手に、ウィスタリア色をしたリボンが渡されていた。


「可愛いわぁ。母にも見せたい」
「ユリアン様の乳母で、今もユリアン様の部屋付きのニナさんでしたか?」
「そうよ! モニカが覚えてくれたって知ったら、母もすっごぉーく喜ぶわぁ」

 全身優しいトーンで彩られた私は、少しあどけなくフワフワしていた。まるで気持ちまで柔らかくなったみたい。


 そして私は、ユリアン様が待っているという北城門へと向かわせられた――




(ユリアン様?)

 そう思ったのは一瞬。待ち合わせ場所に気だるそうに座っている人物など一人しかいない。街に馴染むよう気楽な三つ揃えを着たユリアン様だ。
 マスクはつけている方が目立つから、今日は外でも外されて素顔をお見せになっている。
 ボーラーハットから流れる金の髪は、私と同じウィスタリア色のリボンで一つに結われていた。

(お揃いがちょっと気後れして恥ずかしいけれど、嬉しい)

 いつもの豪華な刺繍が散りばめられたコートより、シンプルな衣装はユリアン様の美しさを際立たせている。
 久しぶりに会ったユリアン様に、心臓が早鐘を打っていた。

「……お疲れ様です、モニカ」
「お疲れ様です……ユリアン様。恐れながら、本日の外出は私がご一緒させていただきます……」
「勿論かまいませんよ? 私が出掛ける約束をしたのは貴女ですから……」

「「……」」

 とても気まずい空気。最後に会った時、私はユリアン様を怒らせてしまったのだ。モーガンさんと一緒に帰ってきた時に聞いたのと同じ、低い声と他人行儀な話し方に胸がジクジクと痛む……。

「ああっ。もうっ。ごめんね、モニカ。意地悪したいんじゃないんだよ。ただ、どうしてもモーガンとモニカが二人でいた時の事が脳裏をよぎって、嫉妬してしまうんだ」
「嫉妬……。そんな! 私が夜道を一人歩いていたのを心配してくれたモーガンさんが送ってくれただけです! 嫉妬していただくような事は何もありません!」

 むきになって言い訳をしてしまった。だって、ユリアン様が嫉妬する必要なんてない。私はユリアン様のことだけしか想っていないのだから……。

「あのね、モニカ。レンに説得されて、仕事を覚えようと頑張るモニカをそっとしておこうと思ったけれど、やはり避けられるのは悲しいよ」
「……。私が弱いばかりに、ユリアン様を避けていたのは本当です……。ですが、この期間で少し気持ちがまとまりました。今日は色々お話したいと思っています」
「分かったよ――今日はゆっくり話していこう」


 久しぶりのユリアン様に安堵する。やっぱり私はこの御方が好きなのだ――




 しかし、このお顔で街に出掛けては大騒ぎになるのは目に見えていた。

「目立っていますね」
「仕方ないよ。いくら裕福な平民みたいに街に馴染ませようとしても、モニカの美しさは飛び抜けているからね」
「……ユリアン様の華のある容姿のせいだと思いますが……」

 互いに騒ぎの原因をなすり付け合っている。

「ええと、マサさんのオススメ一軒目はこちらですか。ペットショップですね、早く入ってしまいましょう。――えっ!」
「なになに、“お互い内緒で、ココへのプレゼントを選んでみましょう!”だって。面白いね。選んだ後、広場で見せ合いっこしようか?」
「はい」

 その他の指示がなくとも、ココへのプレゼントなら選びやすい。私たちは互いに見えないよう商品を選んだ。


「あそこのベンチに座って開けてみようか?」
「木陰なら目立ちませんしね」

 私はお世話のために買った爪切りやブラシ、ユリアン様はおもちゃを次々と袋から取り出す。

「あとは、モニカの瞳と同じセレストブルーのリボンだよ」
「私はユリアン様のお色、コバルト・バイオレットのリボンです」
「そして――今日の私たちとお揃いの――」

「「ウィスタリアのリボン!」」

「同じ物を選んでしまいました」
「そのようだね」

 ココが似たような色のリボンに囲まれじゃれついている様子を想像し、可笑しくなった。

「ハハッ。カラーバリエーションが乏しいなって思うかもね」
「フフッ。そして“なんかコレ邪魔だな”って顔をすると思います」

 久しぶりの私たちの穏やかな時間。この幸せをゆっくり噛み締める。

 しかしこの時、お馴染みのあの人物が、私たちの側までやって来ていたのだ――
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