恋愛戦線からあぶれた公爵令嬢ですので、私は官僚になります~就業内容は無茶振り皇子の我儘に付き合うことでしょうか?~

めもぐあい

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25 嵐来て地固まる

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 その後も、マサさんメモの順路で街を見て回った。
 花屋さんで花束や観葉植物を買って、係の皆さんやサラさんへのプレゼントにしたり、ランチで初めて東方料理を食べたり、装飾品店に入ったりして楽しい時間を過ごした。

「次が最後の行き先で、花見が丘です」
「もう最後? 幸福な時間はあっという間に過ぎるね」

 二人で少し名残惜しく感じていると、遠くの方からキリキリと甲高い声が聞こえてきた。


「私をナンパするなんて、千年早いのよ! 私は、あんたみたいな男が声を掛けられるような身分じゃないの! あっちへ行って!」

 恐る恐るそちらを見ると、マサさんがドロテアを引き止めているところだった。調子の良い笑顔を見せているが、マサさんの拳はしっかりと握りしめられている。
 ドロテアは供もつけず大量の食材を抱え、こちらにグングン進んで来た。

「か弱いお嬢さん、大変そうですね。荷物は私がお運びしましょう」
「おじさん! いくら私が可愛いからって、自分の歳くらいちゃんと考えてよね!! はあ~、信じらんない。いくら私が魅力的だからって、どいつもこいつも」

 レン係長撃沈。大衆の目がある中、強攻手段に出られず、第二皇子係の猛者と忍の腕は役に立たない。

 レン係長とマサさんの目つきが鋭くなった時、私は『大丈夫です』と二人の元へ魔法で声を送った。ユリアン様も手で制すような動きをなされている。


「モニカ! こんな所で会うなんて奇遇ね!」
「ドロテアさん……」

 ドロテアは、ニヤニヤしながら突撃してきた。私もユリアン様も面倒な相手と遭遇し、辟易する。

「やだ、モニカってば! ブッククク。何その成り上がりの平民みたいな格好。すぅっっごくお似合いだね! ブククク」

 ドロテアはある意味期待を裏切らない。わざわざ私を見つけてやって来て、嫌味を言いたかったらしい。
 この、口に出さねば気が済まない性格は、どうしても治らないようだ。

「隣の男の人も、精一杯ジェントルに見せようとしているようだけど―― はあっ!? 格好いい!」

 ユリアン様を見て、その美貌に驚いている。行動は突拍子もないが、こんなところは単純で分かりやすい。

「ま、まあ顔は良くてもねぇー。官僚になったとはいえ、仮にも公爵令嬢のモニカがずいぶんと落ちぶれたもんね。平民のお金持ちに買われるなんて可哀想。いくら見た目が良くてちょっとお金が有っても、私なら平民なんて御免よ」

 ユリアン様を見ても第二皇子と気づけないのは仕方がないが、この隠し様のない溢れる気品を全く感じないのだろうか? そして、街の皆さんの目つきが怖い……。

「ドロテアさん、街中で大声をあげるものではありませんよ」
「ふん。モニカのお小言なんて、私は聞く必要がないの! 私、もうすぐ第一皇子ジェラルド様の婚約者になるのよ? モニカとは正反対の道を歩むの。どう? 羨ましいでしょ?」

 隣を見ればユリアン様がプルプルと首を横に振っている。
 また嘘をつき始めたらしい。その弟君が今こちらにいらっしゃいますが、大口を叩いて大丈夫ですか?

「あ、悪い事言っちゃったかしら。女を捨てて官僚になったモニカに、婚約者の話なんてしちゃダメだったよねぇー」
「……」

 これは結構グサリと来た。恋する前の私なら平気だったかもしれないが、ユリアン様に恋しながらも公に結ばれる事を捨て、官僚としてユリアン様の側にいようと決めた私の心にクリティカルヒットする。

(あ、ダメージを受けたのは私だけじゃなかったのね……)

 隣のユリアン様の眉間に皺が寄り、眉がヒクついている。あまり日を浴びず白く透き通った肌に、綺麗な青筋が……。

「オホン。ご令嬢は、ジェラルド様の婚約者となられるのですね。それはおめでとうございます。実は私、ジェラルド様と大変懇意にしておりまして。またお目にかかる機会もございましょう。その日を楽しみにしておりますよ」

「そ、そう。今度ジェラルド様に会った時、貴方と街で会ったと伝えるわ。え~と……」
「失礼しました。私は、ユリ――」
「あ、やっぱいいわ。人の名前を覚えるのも面倒だし、平民なら必要ないから」

 これ以上赤恥をかかないよう、ユリアン様はヒントを与えようとしたのに……。ドロテアはチャンスを自ら潰した。

「私はそんなこんなで色々と忙しいから、もう行くわ。平民になるのなら、これからは気安く話し掛けないでよ。じゃあね」
「……気をつけて」

 私もユリアン様も思考が停止し、ベンチにはりつけになってしまった。色々突っ込みたいが、関わりたくないので省略しよう。

「ギャ」

 少し歩いたところで、ドロテアが転んで買ったものをぶちまけた。野菜やら生活用品やらがゴロゴロ転がっていく。さすがに放ってはおけないので、拾うのを手伝った。

「ふ、ふん。モニカに手伝ってもらわなくても、私なら華麗にチャチャっと対処できたわ。でも一応お礼は言っておく。今度こそじゃあね」

 そういってドスドスと足を踏み鳴らしながら、ドロテアは帰って行った。
 お礼は言われていない……。ただ、彼女に対しての方針が浮かんできた――

「ユリアン様、ドロテアは本当に伸び伸び育ち過ぎただけで、悪質な犯罪を計画して犯すタイプではないですよね?」
「ああ。そんな感じがビシバシ伝わってきたよ。きっと彼女は、馬鹿で性格がアレなだけなんだろうね。モニカや私の命を狙ったのは、伯爵の独断だと思う。もうすぐその辺りもはっきりするかな」

 それでも人に迷惑を掛けっぱなしはよろしくない。

「ユリアン様、お願いがあります。ボルダン伯爵の罪が公になる時、ドロテアと二人で話をさせてください」

 彼女の性質を考慮した上で、きちんと対峙しなければならないだろう。
 今のはただ、買い物中に転んでしまった帝国の民をおもんぱかっただけ。落とし前をつける時はきちんとつけないと、ドロテアのためにならないと思った。

「モニカの気が済むようにして欲しい。ちゃんと、モニカにとって善くなるような方向で考えていくからね。――フウ。嵐も去ったし、花見が丘に向かおうか?」
「はい。いつもありがとうございます、ユリアン様」

 私とユリアン様は、ドロテアが過ぎ去った帝都の街を二人並んで歩く。街の皆さんにも「お騒がせしました」と頭を下げると、集まっていた視線も「大変だな。二人でゆっくりするといい」とでも言うかのように穏やかになり、私たちの周囲から人垣がなくなっていった。



(やっと花見が丘に到着ね。綺麗な所……)

 花見が丘は帝都の定番デートスポットらしい。ビオラや皇帝ダリアに囲まれながら、夕日に照らされた帝都の街を一望出来た。ここでのマサさんからの指示は、最後に残った封筒を開ける事。

「ユリアン様、開けますね」
「うん。お願い」


“お二人の瞳の色を混ぜたらウィスタリア色になりますね。そのリボンは頑張り屋の弟分と妹分に、私からのプレゼントです。ノーラ”

“俺が考えた仲直りのためのデートプランはどうでしたか? ウィスタリアは俺の故郷では藤色と呼ばれています。花言葉は『決して離れない』です。マサ”

“係一同何処までもお仕えし、私たちが必ずお二人を支えます。どうぞ思うがままに――。レン”


「皆さん……」
「あいつら……」

 小高い丘に、一陣の風が吹き抜ける。ユリアン様のボーラーハットが飛びそうになり、二人同時に押さえようとして指先が重なった――

「あっ、申し訳ござ――」

 咄嗟に手を引っ込めようとしたが、ユリアン様に指先をギュッと掴まれる。

「ユリアン……様?」
「ねえ、モニカ。私の状況は変わっていない。けれど、モニカへの想いもずっと変わらない。自分に都合のいい事しか言っていないと分かっている。でも、もうモニカと離れたくないんだ。お願いだ。私の人生を、一番近くで見ていてはくれないかな? モニカを愛しているんだ」

 伝えてくれてありがとうございます、ユリアン様。私もユリアン様に、決意してきたことをお伝えしよう。

「私もユリアン様を愛しています。ジェラルド様や帝国の事を考えるユリアン様は、けして都合のいい事を選択してきた御方ではありません。だからこそ私は、ユリアン様に幸せになっていただきたいのです。官僚としては勿論、私に出来ること全てでユリアン様のお側にお仕えし、幸せになっていただきたく存じます」

 私を掴んでいたユリアン様の指先に手を重ねた。その上からさらに、ユリアン様の手のひらが重なる。

「私もモニカに幸せになって欲しい。歪かもしれないけれど、ずっと二人でいよう」
「はい。ユリアン様、ずっとお側におります。――あ、そうでした、これを受け取ってください」

「オニキスのネックレスかい?」
「はい。皇族の方にお贈りするのは気が引けましたが、私がいただいたお給料でユリアン様にプレゼントしたかったのです」

「また同じような事を考えていたね。私からもモニカにプレゼントがあるよ。クラウスティン家のご令嬢には見劣りする品だろうけど、一緒に出掛けた記念に贈りたかった。モニカが選んでいたのは、ココや係の者への土産ばかりだったから」
「シトリンのイヤリング……。仕事中も身につけられますね。大切にします」

 二人共、装飾品店でこっそり準備していたと思うとくすぐったい。私たちは照れながらも、互いに贈り物を着け合った。


 この選択の辛さに、これからも打ちのめされるかもしれない。
 でも、ユリアン様も同じ気持ちを抱えて生きてゆくのだ。
 そう思えばこれから先の苦労など、きっと二人で乗り越えられるはず。

 ユリアン様の輝く髪の色をしたイヤリング。私は耳に飾られたそれにそっと手を振れ、決意を新たにしていた――
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