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26 さようならドロテア

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 元取引先から鷹を購入した証拠や、元使用人や元領民たちからの情報提供により、ボルダン伯爵の第二皇子並びに公爵令嬢暗殺未遂の罪が確定した。

 そんな事になっているとは露知らず、第一皇子名で召喚されたボルダン伯爵家の父娘は浮かれて登城した。兵に第二・・皇子の執務室まで案内され、小躍りしながら伯爵とドロテアがやって来る。
 待ち構えるは、クラウスティン公爵家から父と弟のミカエル。ヴェントゥル公爵家からは小父様とセオ兄様にその婚約者のエレナさんだ。

 そして、第二皇子ユリアン様とその隣に官僚の私が控える。


「お連れしました」
「入りなさい」

 勢ぞろいした私たちにドロテアは目を見開いて驚いていたが、それ以上に、皇族として上座に座るユリアン様をチラチラ見て驚愕している。

 どうやら、見たことがあるなとは気づいていそうだが、先日街で会った人物とは一致しないのだろう。それよりも、仮面を外し惜しみなく人間離れした麗しいお姿を見せるユリアン様が気になっているらしい。
 ユリアン様をまじまじと眺めては、一人頬を染めている。

「伯爵、私が第二皇子ユリアンです。こちらはクラウスティン公爵家のモニカ嬢ですよ? 最初に何か言うことはありませんか?」
「畏れながら、主催した狩りの際は誠に申し訳ございませんでした。まさか、我が領地でお二人が行方不明になるなんて……。本当に生きた心地がしませんでした。皇子課の皆様とご家族の皆様の捜索へのご協力にも感謝申し上げます」

「御託は結構。私たちを襲った鷹の出所も、毒が仕込まれていたことも全て調べが付いています。皇族と公爵家の令嬢の命を狙った罪、きちんと罪人として償って貰いますよ?」
「えっ!? パパったら、第二皇子とモニカの命を狙っていたの? ちょっと痛めつけるくらいかと思ってた」
「この馬鹿者。そ、そんな事をパパがするわけないだろう! いや~、妻を亡くしてから娘を少々甘やかし過ぎまして、このとおり頭の中に花が咲いておりまして」

 「なにそれ? でも今、パパ馬鹿って言ったよね!」「うるさい! 黙っていなさい!」とボルダン父娘が騒ぎ出し、面倒なのでサクッとユリアン様が次の一手に出た。

「自ら罪を認めないのなら、減刑はしません。ただ最後に一つ、面白い事をお教えしましょう。入ってください」
「失礼いたします」
「お、お前……。なぜここにいる?」

 ユリアン様の執務室に入って来たのは、先日までボルダン伯爵家で家令をしていたトムさんだ。私も今朝初めてお会いし、第二王子係の同僚だとレン係長から紹介された。

「先代にお世話になってから四十年、未だ私の名前すら覚えられないのですね。只々残念です。伯爵の動きは、私の方からもユリアン様に報告しておりました。逃げおおせることは不可能ですよ」

 ドロテアが先日、街で会ったユリアン様の名前を覚えないと言ったのは血筋だったのかもしれない。

「なっ! 雇ってやった恩も忘れ、裏切りおったのか!」
「事業や他の使用人の給料に回すため、貴方の代となって早々、私は無給で働いておりましたよ。それも全て、先代のボルダン子爵に雇っていただいた恩があるからです。貴方に恩義はこれっぽっちもございません」

「お前が勝手にしたことなぞ知らんわ!」
「伯爵、心配しなくて良いですよ。トムは一年程前から私の部下で、今までの分も補てん出来るくらいの給金は支払ってきましたから」
「へっ?」

 一年程前から第二王子係のトムさんとして伯爵家に潜入していた事実を知らされ、ボルダン伯爵が青ざめる。

「そういう訳で伯爵、今から兵部でみっちり取り調べですよ」
「ちょっと待ってください、ユリアン様! パパが居なくなったら私はどうすればいいんですか!!」
「ドロテアさん、心配しなくて大丈夫です。貴女の行き先はちゃんと準備しましたから」
「モニカはでしゃばらないで! いつもいつもいつもいつもいっつーも、うるさいんだから!」

 どこまでも駄目なだ。ここで大人しくしていれば、唯一の身内が収監された可哀想な令嬢として、情状酌量の余地があったのに……。
 私は何案か提出し、最終決定を一任された“ドロテア更生プラン”を、一番厳しい選択肢にする事を決めた。


「ユリアン様。先日お話したとおり、彼女とは一対一で決着をつけたいです。お許し願えますか?」
「勿論。モニカの気がそれで済むのなら、存分にそうすると良いよ」

「では、伯爵が収監される前に、親は親でケリをつけますかな?」
「我が家も加勢するぞ」
「クラウスティン公爵、ヴェントゥル公爵、ほどほどに頼みますよ」
「ミカエル、お父様と小父様をお願い」
「分かりました、姉上」

(そちらはお父様たち、もとい、ミカエルに任せれば安心ね)



 第二皇子の執務室には、セオ兄様とエレナさんが残った。

「俺は卒業パーティーで言いたい事言ったから、今回は女性陣に任せるぞ」
「私もモニカに一任済みです」
「モニカお姉様。最初に一言、私が彼女に申し上げてもよろしいですか?」
「ええ、勿論です。エレナさんは辛い思いをしたのですから」

 私に「ありがとうお姉様」と愛くるしい笑顔を向けながら、エレナさんが素早く動いた!

「失礼いたしますわ!」
「わっぷ!」

 なんと、エレナさんがセオ兄様に飛びついている。いくらエレナさんが小柄で華奢でも、ドレスの重量を考えればそれなりの重さがあるはずだ。それを難なくセオ兄様は抱き上げた。

(さすが大型犬と小型犬。絵になる二人だわ……)

「ドロテアさんだったかしら? 一時期私のセオドア様に懸想したようですが、貴女が付け入る隙なんて一切ありませんでしたわね。ざぁーんねん」

 そう言って、エレナさんは兄様の頬にキスをした。私より四つも年下でまだ学園にも通っていないのに、私よりも大人でとても大胆だ。すごい。
 思わず両手で顔を覆い、指の隙間から見える二人を、ドキドキしながら見てしまった。

「彼は私のモノ。モニカお姉様の優しさに免じてこの場は治めますけれど、次はありませんわよ?――セオドア様、惚けていないでさっさと行きますわよ」
「あ、ああ」

 赤くなったセオ兄様は、エレナさんを抱き上げたまま退室した。エレナさんは末恐ろしい。これならヴェントゥル公爵家も安泰だろう。

「なっ、いったい何だったの……」

 珍しく唖然とし、言葉が出ないドロテア。
 ドロテアは伯爵と違って法的に裁かれることにはならないが、このまま放置するわけにはいかないと国は判断した。官僚として、私が彼女の更正先を言い渡す。


「ドロテア。次は私から話があるんだけれど?」
「やだ。モニカも平民と一緒になって働いているうちに、そんな話し方をしちゃうようになったんだ。クスッ」

 あんたは最初から私にこんな話し方だったぞ? と言いたいところだが、話が進まないので捨てておく。

「私、貴女を親友だと思ってた。セオ兄様と繋がるために利用されたとしても、その時の私は学園生活が楽しかったのは本当。だから、これ以上何もしなければ穏便に済ませ、許してあげようと思ってた」

「それで? 私は友達だなんて思ってなかったし、モニカに許してもらう必要もないしね。モニカって、一人の世界で完璧令嬢しててつまらないんだもん。あ、もう違うんだっけ。平民に馴染んだ官僚だもんね」

 官僚仲間まで貶められる発言に腹が立つ。

「フン。どうせまた、おかしな魔法でも使うんでしょ? そういうところも嫌いなのよ」

 今までの経験から、ドロテアに理詰めは通用しないと知っている。セオ兄様が卒業パーティーの時彼女に言ったように、分かりやすい言葉の方が良いのだろう。エレナさんの対応も、明瞭で効き目があったのかもしれない。明確にハッキリと伝えるのだ!

「いいよ。魔力は使わないから。――官僚として国の決定を伝えます。ドロテア・ボルダン、貴方は辺境の修道院に入ることになります。そこでしっかり今までの行いを反省し、更生しなさい。以上」
「はあ!? 何を偉そうに! ふざけんじゃないわよ!!」

 掴みかかってきたドロテアを躱す。

「クソっ。モニカのくせに!!」

 こりずに今度は平手打ちしてきたドロテアの手を左腕で払いのけ、その勢いを利用しクルリと回転させる。そして――

 ――パシーン――

 私の右の手のひらが、ドロテアの左頬を気持ちいい程打ち抜いた。

「痛いっ! パパにだってぶたれたことないのに! モニカのバーカバーカ」
「黙りなさい」

 もう一発。今度は右手の甲で、ドロテアの右頬を打ち抜いた。

「私の分と嫌な思いをした皆の分よ。貴女は人を貶め過ぎたの。――じゃ、これで本当にさようなら。御機嫌よう――」

「ふっ、ふえっ。うえ~ん」

 両頬を押さえ、大声を上げ泣き出したドロテアを残し、私は第二皇子の執務室を立ち去った。そうしなければ、私も泣いてしまいそうだったから……。彼女に国としての決定を言い渡したのだから、涙を見せるわけにはいかない。
 彼女を親友と思っていた時期もあった。素行に問題のある女性ばかりが集まり、一番厳しいと言われる修道院を最後に私が選んだ。初めて人を叩いた……。

 予想以上に、ドロテアと決着をつけた事は辛かった。後は願うばかり。彼女の人生が、少しでも明るいものとなりますように――
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