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第1章 黒領主の婚約者
11 戻りはじめた感情
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ユージーンが王都に行って、もう一週間が経ってしまった。まだ、たった一週間なのかな?
「贅沢になってしまったのかも……」
エリカもいてくれるし、最近は他の使用人のみんなとも少しずつ打ち解けてきた。
領地経営の方も順調だし、未だ私を見かけると距離をとる人も多いけれど、声を掛けてくれる人も確実に増えている。
「これからやってみたい事まで、考えられるようになったんだもんね」
温かい食事をいただけて、綺麗な服を着られる。それらに感謝の気持ちを忘れず、領主の務めを全うしようと前向きに過ごしていたのだけれど――
「ユージーン……」
信頼できる家令が不在になった途端、急に落ち着いた心地がしないのだ。嘲笑われても、病気の時看病されなくても、一人で耐えることができていたのに。
「弱くなったのかもしれないわね」
目まぐるしい自分の気持ちの変化を受け止めきれず、自嘲気味。
それにしても、家業の伝手で情報を集めるとはいえ、変なことに巻き込まれたりしていなければ良いのだけれど――
「クローディア様……。またぼうっとなされて。ユージーン様がお帰りになりましたよ?」
「ほわっ!」
――ガタン――バンッ――
「お待ちくださいっ! ――もう……、クローディア様ったらわかりやすい。飼い主が帰った時の小型犬みたいで可愛すぎる……」
ユージーンが帰って来た! 私は執務室から玄関まで、はしたなくも走っていた。
「ユージーン、お帰りなさい!」
「クローディア様! ただいま戻りました。そんなに慌てて、怪我でもしたら大変ですよ?」
困ったように眉尻を下げたユージーンは、まるで子どもに言い聞かせるような口調になっているけれど、全然気にならない。
ユージーンに対しては気を張ることもないし、ありのままの自分をさらけ出すことができる。
「貴方の立場を悪くするような問題は起きなかった? 危険な目には遭わなかった?」
「大丈夫ですから落ち着いて下さい。ゆっくり執務室でご説明いたしますね。ちゃんと収穫がありましたよ」
「何かわかったのね!? さすがだわ!」
はしゃぐ私の出迎えを鷹揚に受け入れてくれたユージーンだが、言葉の最後の方にニヤリとした気がする。気のせいかな?
あまりにも彼を頼り過ぎているし、心まで依存しているのをこの一週間で感じていた。
でもそれって、エリカにも同じはずなんだけれどな……。
***
「王都で調査をしたところ、サディアス・オルディオが以前から賭博場に出入りしていることを掴みました。少し前から大金をつぎ込みだし大負けばかりしていたので、いい名物になっていましたね」
白目をむいて倒れそうになる。仮初めの婚約者だとしても恥ずかしい。
「その資金の出所を探ったのです。怪しいのはヘイデンでした。クローディア様が領主となった後、オルディオ家のタウンハウスを訪れていたのです」
「ヘイデンが!? うーん……。私が相続した後の二ヶ月で彼が横領した金額が2,500万イェンで……、500万イェンは手つかずのまま回収できているから――」
その二人が繋がっていたことに驚いたが、家令と婿予定が会っていてもおかしくはない。
「ええ。残り2,000万イェン。休日以外ずっとこの屋敷にいたヘイデンが、二ヶ月で全て使い切るには一度に大きな支払いをしたはず。国の憲兵団に取り調べの経過を確認したところ、1,000万イェンは投資に使っていました。これはそのまま、クローディア様の名義に変わる予定だそうです」
「横領はされたけど、ヘイデンが周到な人間で助かったのね」
ヘイデンのことだから、きっと見込みのある良い事業に投資したのでしょうね。ちょっとこの先が楽しみなくらいかも。
「そして、残りの1,000万イェンですが、それがサディアス・オルディオに渡っていました。そこで夜の界隈に明るい知人に話を通し、その賭博場付近でサディアスを取り押さえようとしたのです」
「ええっ! そんな危ないことをしていたの!?」
確かに、豊穣祭でのエリカとの立ち回りを見て、ユージーンも腕が立つ人だと思っていたが、強いのと危険に身を投じるのとは別。
だって、例え息子が軍神と名高くても、送り出す母親はずっとその身を案じ祈り続けるだろうから。
眉間に縦皺が入った私を見て、ユージーンがとびきり明るい声を出して話しを続けた。
「いやー。サディアスは存外持っているタイプの人間でしてね。なんとその日、サディアスが初めて大勝ちしたのです。そのままサディアスを子爵家に連れて行き取り立てる予定でしたが、これに変わりましたよ」
ユージーンが鞄から800万イェンの小切手を取り出した。ん? もう一枚書類がある。
「婚約解消届! 慰謝料がたったの200万イェン!? しかも、サイン済みじゃないの!」
「勝手な判断をして申し訳ございませんでした。200万イェンは、私の給金から差し引いていってください」
私に向かって頭を下げるユージーンを必死に止める。
「そんなことできないわ!! ――ユージーン……、ありがとう……。貴方のお陰で、あんな人を夫に迎えずに済んだわ……」
感極まりながらお礼を言う私に、ユージーンが柔らかく顔をほころばせた。そのままこの天使と一緒に天に昇って召されてしまいそうになる……。
こんなに幸運な事が起きてもいいのだろうか?
暗闇だった私の世界に、また新たな光が次々さしこんできた。その光はどんどん輝きを増し、私の心を包んで温めてくれた――
「贅沢になってしまったのかも……」
エリカもいてくれるし、最近は他の使用人のみんなとも少しずつ打ち解けてきた。
領地経営の方も順調だし、未だ私を見かけると距離をとる人も多いけれど、声を掛けてくれる人も確実に増えている。
「これからやってみたい事まで、考えられるようになったんだもんね」
温かい食事をいただけて、綺麗な服を着られる。それらに感謝の気持ちを忘れず、領主の務めを全うしようと前向きに過ごしていたのだけれど――
「ユージーン……」
信頼できる家令が不在になった途端、急に落ち着いた心地がしないのだ。嘲笑われても、病気の時看病されなくても、一人で耐えることができていたのに。
「弱くなったのかもしれないわね」
目まぐるしい自分の気持ちの変化を受け止めきれず、自嘲気味。
それにしても、家業の伝手で情報を集めるとはいえ、変なことに巻き込まれたりしていなければ良いのだけれど――
「クローディア様……。またぼうっとなされて。ユージーン様がお帰りになりましたよ?」
「ほわっ!」
――ガタン――バンッ――
「お待ちくださいっ! ――もう……、クローディア様ったらわかりやすい。飼い主が帰った時の小型犬みたいで可愛すぎる……」
ユージーンが帰って来た! 私は執務室から玄関まで、はしたなくも走っていた。
「ユージーン、お帰りなさい!」
「クローディア様! ただいま戻りました。そんなに慌てて、怪我でもしたら大変ですよ?」
困ったように眉尻を下げたユージーンは、まるで子どもに言い聞かせるような口調になっているけれど、全然気にならない。
ユージーンに対しては気を張ることもないし、ありのままの自分をさらけ出すことができる。
「貴方の立場を悪くするような問題は起きなかった? 危険な目には遭わなかった?」
「大丈夫ですから落ち着いて下さい。ゆっくり執務室でご説明いたしますね。ちゃんと収穫がありましたよ」
「何かわかったのね!? さすがだわ!」
はしゃぐ私の出迎えを鷹揚に受け入れてくれたユージーンだが、言葉の最後の方にニヤリとした気がする。気のせいかな?
あまりにも彼を頼り過ぎているし、心まで依存しているのをこの一週間で感じていた。
でもそれって、エリカにも同じはずなんだけれどな……。
***
「王都で調査をしたところ、サディアス・オルディオが以前から賭博場に出入りしていることを掴みました。少し前から大金をつぎ込みだし大負けばかりしていたので、いい名物になっていましたね」
白目をむいて倒れそうになる。仮初めの婚約者だとしても恥ずかしい。
「その資金の出所を探ったのです。怪しいのはヘイデンでした。クローディア様が領主となった後、オルディオ家のタウンハウスを訪れていたのです」
「ヘイデンが!? うーん……。私が相続した後の二ヶ月で彼が横領した金額が2,500万イェンで……、500万イェンは手つかずのまま回収できているから――」
その二人が繋がっていたことに驚いたが、家令と婿予定が会っていてもおかしくはない。
「ええ。残り2,000万イェン。休日以外ずっとこの屋敷にいたヘイデンが、二ヶ月で全て使い切るには一度に大きな支払いをしたはず。国の憲兵団に取り調べの経過を確認したところ、1,000万イェンは投資に使っていました。これはそのまま、クローディア様の名義に変わる予定だそうです」
「横領はされたけど、ヘイデンが周到な人間で助かったのね」
ヘイデンのことだから、きっと見込みのある良い事業に投資したのでしょうね。ちょっとこの先が楽しみなくらいかも。
「そして、残りの1,000万イェンですが、それがサディアス・オルディオに渡っていました。そこで夜の界隈に明るい知人に話を通し、その賭博場付近でサディアスを取り押さえようとしたのです」
「ええっ! そんな危ないことをしていたの!?」
確かに、豊穣祭でのエリカとの立ち回りを見て、ユージーンも腕が立つ人だと思っていたが、強いのと危険に身を投じるのとは別。
だって、例え息子が軍神と名高くても、送り出す母親はずっとその身を案じ祈り続けるだろうから。
眉間に縦皺が入った私を見て、ユージーンがとびきり明るい声を出して話しを続けた。
「いやー。サディアスは存外持っているタイプの人間でしてね。なんとその日、サディアスが初めて大勝ちしたのです。そのままサディアスを子爵家に連れて行き取り立てる予定でしたが、これに変わりましたよ」
ユージーンが鞄から800万イェンの小切手を取り出した。ん? もう一枚書類がある。
「婚約解消届! 慰謝料がたったの200万イェン!? しかも、サイン済みじゃないの!」
「勝手な判断をして申し訳ございませんでした。200万イェンは、私の給金から差し引いていってください」
私に向かって頭を下げるユージーンを必死に止める。
「そんなことできないわ!! ――ユージーン……、ありがとう……。貴方のお陰で、あんな人を夫に迎えずに済んだわ……」
感極まりながらお礼を言う私に、ユージーンが柔らかく顔をほころばせた。そのままこの天使と一緒に天に昇って召されてしまいそうになる……。
こんなに幸運な事が起きてもいいのだろうか?
暗闇だった私の世界に、また新たな光が次々さしこんできた。その光はどんどん輝きを増し、私の心を包んで温めてくれた――
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