嫌われ黒領主の旦那様~侯爵家の三男に一途に愛されていました~

めもぐあい

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第2章 黒領主の旦那様

27 お母様と呼んだ日

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 フワフワして気持ち良いなぁ。

 たゆたう私はぬくぬくと柔かな物にくるまり、眩しい陽射しから身を隠そうとしていた。


「……ディア……クローディア……」

 名前を呼ばれた気がした。誰だろう? その声を聴きながら、まだこうしていたいな。

「クローディア!」

 ああ、ユージーンだわ。そうだった。私は死んだのね……。

 でも私、幸せを貰うばかりで、彼を幸せにできていない。お別れも言っていなかった。

「頼むから目を開けてくれ!」

 !? そうだ。彼を悲しませるのに死んでなんかいられない!! 目を開けろ!!



 急激に意識が浮上する。力を込めて目を開き目覚めると、慣れたコテージの寝台の上にいた。どこにも痛みはない。
 恐る恐る身体を動かせば、すぐ思い通りに動いてくれた。

「よかった……。目が覚めたか?」
「ユージーン。私どうして……生きているの?」

 一拍の間の後、答えが返る。

「レイラ様が助けてくれたんだ」
「レイラ様が……」

「ああ。ただ……。クローディアの怪我は致命傷だった。それを治すため、レイラ様の魔力が尽きた。それでもまだ、クローディアの傷は完璧に塞がらなかったんだ……」

 ユージーンが何を言わんとしているのか分かった。私の身体に傷や痛みはない。
 レイラ様は、命を削って私を助けてくれたんだ。闇の魔法を扱う同士として常々言われてきたこと。

“この力は禁忌。命を削って癒してはならない”を犯して……。


「レイラ様のご様子は?」
「意識はあった。でも、大分生命力を削ったみたいだ……。コンラッドに抱えられ城に戻られたが、その後の状態は分からない」

 自分の存在がレイラ様の……、たった一人の母の命を搾取した……。その事実に遠退いた気をユージーンが戻してくれる。

「コンラッドが、クローディアは逃亡したと思って捕まえようと飛竜を呼んだんだ」

 あの時、大きな影が近づいていたと思い出す。

「暗い森の中で、飛竜もクローディアの位置を把握できなかったようだ。コンラッドは最悪の野郎だが、クローディアにも飛竜にも罪はない」
「……コンラッドさんも、きっと動揺したんだわ」

 あの人の中心にはレイラ様が居る。私がレイラ様に危害を加えて逃げた罪人だったなら、彼の判断は間違いではない。
 なにより、私がすぐレイラ様と向き合えていたらこんな事には……。
 視界がぼやける。レイラ様が命を削って治してくれた身体に爪を立てようとする私を止めて、ユージーンが叱ってくれた。

「それはダメ。苦しいなら、俺の腕を貸す」

 ブンブンとかぶりを振って断った。甘い顔に似合わず逞しく鍛えられた腕を差し出すユージーンに救われる。


「――なあ、クローディア。レイラ様には一緒に暮らせない事情があったんじゃないか? まずはちゃんと話しを聞いてみると良い」
「……。そうね……。それに助けていただいたお礼もお伝えしないと……」


 ***


 翌日、レイラ様のお陰で身体に一切傷を残さなかった私は、ユージーンに連れられ公城に来た。ユージーンはあくまでもレイラ様がウィンドラ公国の現公であることだけは説明してくれた。
 きっと、また私の未来を考え、それ以上の話しはレイラ様とした方が良いと思っているのだろう。たった二歳しか違わないのに、ユージーンはいつも私にとっての最善を考えてくれている。

 彼の腕に添えた手に力をこめる。この天使はどこまでも私の行く末を、より善く、より幸福に導こうとしてくれる。

 一人じゃない。大丈夫。母とも向き合える――




 通された謁見の間の王座に座っていたのは、銀糸の刺繍が施された黒いローブに身を纏い、生気がなくいつもよりも青白いお顔をしたレイラ様だった。
 ひどく無理をさせてしまった現実に、胸が押し潰されそうになる。


「昨晩はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。命まで救っていただきありがとうございました……」
「命を救っていただきだと!? レイラ様の命を削っておきながら、よくもいけしゃあしゃあと!!」

 コンラッドさんに、レイラ様とユージーンが凍てつくような視線を向ける。

「お止めなさい! そもそもコンラッドが飛竜を飛ばさなければ、こんな事態にならなかったのです! それに、クローディアの命は私の命と同義! これ以上の口出しは許しません!」

 地を震わすかと思うほどの剣幕だった。ユージーンから放たれていた怒気が薄れる。
 コンラッドさんはハッとばつが悪そうな顔つきをしたが、すぐに苦虫を噛み潰したように唇を噛みしめ後ろへ下がった。

「黙っていてごめんなさい、クローディア。貴女が見た姿絵のとおり、クライヴと私は愛し合っていた。私たちの間に生まれたのが貴女よ。クライヴが亡くなったのも、先日オリバーからもらった手紙で知ったわ……。一人にしてごめんなさい……。母親らしいこともできなくてごめんなさい……。私がこの国と民を選んだと思われても仕方ないわ」

「……」

 レイラ様には立場があった。お父様は全てを受け入れた上でレイラ様を愛したからこそ、私がいるのだろう……。それでも私はまだ、何から話していいのか分からずにいた。

「でもね……。クライヴの死を一緒に悲しむことは許して欲しいの……。私のただ一人の愛した人、クライヴの忘れ形見の貴女と……」

 私もお父様の死を悲しむ間もなく叔父一家がやって来て、哀傷に浸る間もなかったように、レイラ様もオリバー小父様からの手紙を見てから、ずっと心を塞いで我慢してきたのかもしれない。
 なにも知らずに私がレイラ様に会いに来てしまったから、尚更気丈に振舞っていたのね……。

 愛する人と出会った今の私なら、レイラ様の気持ちが少しだけ理解できた。お父様の死はどれほどレイラ様に痛苦を与えているのだろうか……。

「ご覧ください」

 私は首から下げていた私のロケットペンダントを取り出し、そっとレイラ様にお渡しした。五年前に描かれたお父様の姿絵が入っている。

「ああ……。クライヴ……。年をとってもやっぱり良い男ね……。クローディアは子どもの頃から綺麗だったのね……」

 レイラ様の漆黒の瞳から別涙がこぼれる。その姿を見ていた私の目からも涙が流れていた。

「お父様……」

 震える肩を引き寄せられ、優しくレイラ様に抱きしめられた。甘いミュゲの香りがする。
 あの姿絵の赤子の私も、今の自分のように母の腕に包まれていたのかと思うと、自然にレイラ様の背中に腕を回していた。

「レイラ様……。おかあ……さま……」
「クローディア……。私一人ではクライヴの死を受け入れられなかった……。いつか歳をとって国を次の世代に託したら、ハイドに行ってクライヴと貴女と生きるのだけが夢だったの……」

「お母様!」

 物心がついてから母親がいなくても平気だと、ずっとやせ我慢をし虚勢を張ってきたが全て崩れ落ち、私は赤子の様に母の胸で泣きじゃくっていた――
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