悠久の城

蓬屋 月餅

文字の大きさ
上 下
7 / 11

『実家』

しおりを挟む
 揃いの指輪を身に着け、結婚することにした玖一くいち律悠のりちか
 結婚と言っても住むところは今のまま変わらない上、生活に対してもなにか大きな変化が起きるというわけではないのだが、それでも『婚約した』という事実はなんとなく2人の心をふんわりとさせている。
 そんな なんとも言えない気持ちで日々の仕事をこなしつつ結婚に向けての支度をあれこれと進めていく彼らだったが、その中で絶対にはずせないと考えていることが1つあった。
 それは互いの家族への報告、挨拶だ。
 披露宴などの表立ったものは行わないと決めたからこそ、互いの家族への挨拶だけはきちんとしようというのが2人(特に律悠)の意向だった。
 付き合い始めて半年かそこらが経った頃から互いの家族には何度か顔を見せに行ったりしてはいたものの、やはり結婚の挨拶、報告というのはそれとはまったく異なる緊張感があるものだ。
 約束した日が近づくにつれ、玖一と律悠は手土産などにも気を遣いながら報告の仕方について何度も話し合った。


ーーーーーーー


 休みを合わせた2人がまず向かったのは『加賀谷』という表札がある家。
 律悠の実家だ。

「月ヶ瀬君、律悠!よく来たわね」

 律悠の母親に温かく迎え入れられる2人。
 玖一が恐縮しながら手土産の菓子を渡すと、律悠の母親はどこか律悠に似ているような微笑みを浮かべてリビングで寛ぐようにと促した。

 洋風の外観をしつつも建てられてからは少し年月が経っているらしく、少し広めの庭に植えられている木や植物達は育てられているというよりはそこでというような様子で大人しく緑を保っている加賀谷家。
 家の中には写真やちょっとした小物が適度に飾られていて、どこもすっきりとした印象だ。
 飾られている写真の中には律悠とその2人の兄、そして両親という5人で撮った様々な節目での家族写真もあり、幼い頃から成長していく律悠の姿を見ることができて玖一はなんとも嬉しそうにする。
 その他に飾られている小物もすべて家族旅行やそれぞれが行ってきた旅行先からのお土産らしく、どれにもすべて思い出が詰まっているのだと律悠は語った。
 家中の雰囲気がなんだか律悠の部屋のようでもあり、ゆったりとしていて落ち着くこの家に来ることを玖一は密かに楽しみにしてもいた。

 リビングには律悠の父親の他に2人の兄やその妻と幼い子供達も居て、律悠が「あれ?父さん達だけじゃなかったんだ」と驚いたように言うと「当たり前だろ」と律悠の2番目の兄が笑う。
 どうやら弟が『大事な話がある』と言って実家に帰ってくることを知り、妻子と共に実家を訪れていたらしい。
 元々律悠が玖一と付き合っていることに理解を示していた義姉を含む家族達。
 改めて律悠と玖一が結婚の報告をすると、2人の方が気恥ずかしく照れてしまうほどに全員が揃って祝福の言葉を浴びせかけてくれたのだった。

「玖一君のご家族へのご報告はこれからなんでしょう?今日はお昼はここで食べていけるんでしょう?」

 うきうきとして言う律悠の母親に「うん。そのつもり」と応える律悠。

「玖一と僕の休みが合ってゆっくりできるのが2週間後くらいだから、そのときに行くよ」
「そうなのね。お母さん達、玖一君のご家族にもご挨拶したいから…また良い時があればそういう風にお伝えしてね。すぐにではなくてもいいのよ、少しお茶をしたりお食事をしたり、私達はいつでもいいから」
「分かった」

 律悠の家族からの心遣いに「すみません、ありがとうございます」と玖一が恐縮すると、律悠の父親は「玖一君もこうして来てくれたんだから。私達が挨拶をするのも当然のことなんだよ」と柔らかな笑みを浮かべて言う。
 律悠とよく似たその目元は一家の明らかな血の繋がりを示しているようでもあった。

 和やかに過ごす中では玖一の現在の仕事(退については両家とも家族には誰にも知られていないため、あくまでもについてのこと)に言及される場面もあったのだが、その際には律悠が間に立って「玖一の仕事先は僕の顧客でもあるんだよ」と庇い、くわしい事業内容には言及されないようにと取り計らっていた。

「言ってもいいのかもしれないけど、でも一応僕は信用第一の仕事をしてるし…あんまりどういう会社なのかとかはちょっとね。僕が独立してすぐからの付き合いがあるところなんだ」

 するとフリーランスで税理士をしている律悠の苦労については家族も理解しているようで「そっか、それもそうだな」と誰もが受け入れてくれる。
 しかし玖一も律悠の家族が自身の仕事について関心があるのも当然だと思い「初めてご挨拶させていただいたときと同じで、今も事務職をしています」と改めて差し障りのない程度に説明した。

「以前はオフィス…というか会社のパソコンで仕事をすることが多かったんですが、今はほとんど在宅で作業を。律悠さんと出逢った当時は私も会社にいることが多かったので、それをきっかけにお付き合いをすることになったんです。大変ですがやりがいもありますし、なにより律悠さんに出逢えたので…」

「今の会社に勤めていてよかったと、思っています」

 玖一の真摯な話しぶり。
 律悠の家族はそんな玖一のことがいっそう気に入ったらしく「もっとたくさん食べてね、こういうのは好き?」「玖一君、これからはもっとここへ来ると良い。お酒も用意しておくから」などと律悠そっちのけで話し始めた。
 玖一の整った容姿を含む人当たりの良さは3歳以下の子供達にも効果抜群らしく、律悠の甥や姪が「くいちくん」と呼びながら懐いているその様子に周りの大人達も微笑ましくなる。
 律悠の兄の妻達、特に次兄の妻は元々ブライダル関連の仕事をしていたということもあって2人の披露宴などについては強い関心を示していたのだが、そういったことは考えていないという話を聞き、残念そうにしながらも「なにか力になれることがあれば言ってね」と寄り添う言葉をかけてくれた。
 義姉がそうして力になると言ってくれたことも、律悠達にはとてもありがたいことだった。

 終始穏やかに済んだ律悠の実家への挨拶。
 だが、それとはまったく対照的なのが玖一の実家だった。


ーーーーー


 家族で洋食屋を営んでいる玖一の実家。
 店舗兼自宅のその家には現在 玖一の両親と姉、そして洋食屋で料理人として働いてもいる姉の夫の4人が暮らしているのだが、あと数ヶ月もするとそこに新たな生命も加わる。
 世帯が増えた月ヶ瀬家。
 そのため最近玖一の実家は建て直されたのだが…そんな新しいは玖一にとってはもはや馴染みのある家ではなくなっていた。
 なんとも居心地の悪い『他人の家』というような位置付けだ。
 さらに、玖一が『居心地が良くない』と感じる理由は家の外見や間取りなどが変わったからだけではない。
 律悠の家族とは違い、玖一の両親は玖一が心を寄せる相手が男性であること、そして律悠という恋人がいるということをあまり歓迎するような雰囲気ではなかったのだ。
 表立ってなにか言うことはないものの、ぎこちない態度などからはそれらが滲み出ている。
 玖一は何度か律悠に「挨拶をしたいから」と請われて連れて帰ったことはあれども、律悠を両親のそんな態度に付き合わせることはしたくないと考えていた。

 両親のそんな態度は自分にだけ向けられていればいい。
 優しく思いやりのある律悠に、なぜわざわざ辛い思いをさせなければならないのか。

 結婚の報告をしに行くのにも随分と渋った玖一。
 しかし律悠は「それでも僕達は結婚すると決めたんだから」と玖一をなんとか説得し、結婚の挨拶をしに玖一の実家を訪れていた。

 やはり重い雰囲気に包まれているリビング。
 玖一が律悠と共に結婚する旨を報告すると、というには少し合わない「そう…2人が、結婚を…」という玖一の母親の声が小さく響く。
 玖一の父親はいわゆる昔ながらの寡黙な人だ。
 そのため、こういった場面では特に玖一の父親がなにか言うまでは玖一の母親も姉も、そして料理人として弟子でもある義理の息子もなかなか口を開くことができないように見受けられる。
 シン…とした時間が過ぎる中、ようやく玖一の父親が口にしたのは「男同士で結婚とは…」というお決まりの言葉だった。
 きっと、机の下で律悠が手を握って止めていなければ玖一はすぐさま激しく反論していただろう。
 父親の言葉を聞いた玖一は悲しいやら虚しいやら、恥ずかしいやらで感情がめちゃくちゃになり、すぐにでもそれらが口をついて溢れ出しそうになっていた。
 (どうして俺の親はこうなんだろう)という思いさえも抱いていた。

「…月ヶ瀬さんが戸惑われるのも、ごもっともです」

 唇を噛み締めている玖一の手を慰めるかのように優しく握りながら、律悠は玖一の父親にしっかりと向き合いながら言う。

「私も…自分に対して戸惑う気持ちを持ちながら中学、高校時代を過ごしました。大学生になってからも、しばらくそうだったと思います」

「私は自分自身のことでも受け入れるまでに6年以上かかったんです。少なくとも私にとっては本当に…それぐらい難しいことでした」

「ですから月ヶ瀬さんが戸惑われるのも、ごもっともだと思うんです」

 柔らかく落ち着いているようでありながらも、悲しみまでもがこもっているように聞こえる律悠の声。
 律悠はそれから『門前払いせずに家へと上げてもらえたことへの感謝』や『2人そろっての報告をきちんと聞き届けてもらえたことへの感謝』をも口にした。


ーーーーー


「ごめんね…悠」

 報告と挨拶を終えて月ヶ瀬家を後にし、帰途につく玖一と律悠。
 沈んだ様子だった玖一は実家の玄関から少し行ったところにある道の曲がり角にさしかかったとき、ついに喉の奥から声を絞り出すようにして呟いた。

「悠のご家族は…加賀谷家の皆は俺にすごく良くしてくれたのに…それなのに俺のところはあんなんで…」

 加賀谷家とのあまりの違いに落ち込む玖一だが、律悠は「僕は大丈夫だってば。そんなに気にすることはないよ」といつも通りの微笑みを見せる。

「素敵なご家族だよね。僕はそう思う」
「どこが…どこが素敵なんだよ。父さんはあんなことばっかり言うし、今までも悠がきちんと挨拶してるのに全然…俺達のことなんてちっとも…」

 家族の態度にはうんざりした、というような玖一に、律悠は足を止めて「そんなことはないよ」と真っすぐに言った。

「玖、たしかに月ヶ瀬のご家族は僕の家とは違うかもしれない。でもね、だからって素敵なご家族じゃないってことにはならないんだ」

「…玖は今、ご両親のことを『僕達の関係を戸惑ってる』ってことに重きを置きすぎて考えてるんだね。でも、ご両親やお姉さんは昔から玖のことを大切にしてくれたでしょ?料理だって小さい頃にお父さんやお母さんが教えてくれたって言ってたし、時々家族皆で公園とかにお弁当を持って遊びに行くのが好きだったって、前に聞かせてくれたじゃん。ほらね?そういう素敵な思い出もあるのに『僕達のことをすぐに受け入れてくれないから素敵じゃない』なんて、そんな風に考えちゃうのはもったいないよ」

「それに、もし本当にご家族が僕のことを拒絶してたら…そもそもお家にも上げてもらえないと思うんだ、きっと。報告も聞いてもらえなかったかもしれないね。でも門前払いされたことは今日を含めて今までに一度もなかったし、僕はきちんとご挨拶させていただけてた、でしょ?ご両親は玖のことを大切に思っているから、戸惑いつつも僕と会ってくださってたんだよ。戸惑って当然なんだからすぐには受け入れてもらえなくても大丈夫、僕は本当に少しも気にしてないからね。ご家族にも時間が必要なんだよ」

 それから律悠はさらに「ご家族でお店をされてるのだって、すごいことだと思うんだ。素敵だよね」と微笑んだ。
 律悠がかけた言葉は玖一の胸に沁み込み、傷ついてしまっていた部分をすっかり癒して持ち直させていく。
 項垂れたまま「悠…ありがとう」と玖一が呟くと、律悠は「あはは、しょんぼりしちゃって~大丈夫だってば!」と笑みをこぼしながら再び歩き出した。

「ほら、買い物して帰ろう?今日はしゃぶしゃぶにしよっか、しばらく食べてないし」
「しゃぶしゃぶ…そうだね、そうしよ」
「うん、鍋物は今のうちに食べておかなきゃ。すぐに暖かくなって鍋物の季節じゃなくなっちゃう」

 すると玖一はその隣に並んで歩きながら「じゃあ牛ひき肉も買っていこうかな」と微笑んだ。

「明日は悠の大好きなラザニアを作ってあげる。器いっぱいにね」
「えっ!嬉しい!美味しいんだよね、玖のラザニアってトマトとホワイトソースが絶妙で…」
「分かってるよ、上のチーズは少なめで ひき肉はトマトの味が濃い方が好きなんでしょ?他にも悠が好きなものをなんでも作るよ。パウンドケーキも焼くからね、ティラミスも作ってあげる。それからあとは…」

 次々と玖一によって挙げられていく料理や菓子の名。
 律悠は本当にそれらすべてを作ってしまいそうな勢いの玖一に「そんなにはいいよ!ラザニアだけで十分だから!」とクスクス笑った。


ーーーーーー


 ガチャンと音がして閉まる家の戸。
 夫と共に家へと戻ってきた玖一の姉は来客後の片づけがされているリビングに戻り、夫に支えられながら椅子に座って一息つく。
 つい先ほど結婚の報告を終えて帰途についた弟。
 彼女は落ち込んでいるようだった弟の玖一やその結婚相手である律悠になにか言葉をかけてやりたいと思い、身重であることを心配する夫と共に後を追ったのだが…すぐそこの曲がり角の先で2人が話しているのに気付き、その一部始終を角の手前で聞いていたのだった。

(「そういう素敵な思い出もあるのに『僕達のことをすぐに受け入れてくれないから素敵じゃない』なんて、そんな風に考えちゃうのはもったいないよ」)

(「戸惑って当然なんだからすぐには受け入れてもらえなくても大丈夫、僕は本当に少しも気にしてないからね」)

(「ご家族にも時間が必要なんだよ」)

 玖一の姉はけっして玖一達のことを否定的に見ていたわけではない。 
 むしろ応援したいとさえ思っていたのだが、なんと声をかければいいのかが分からず、さらに自分が何か言うことで両親と玖一達の仲が拗れてしまうのではないかと恐れていたのだ。
 自分が口を挟むことではない、と一歩引いてしまっていた玖一の姉。
 だが、今はその心境に対して少し変化がもたらされていて、いつの間にか彼女はふっくらとした自らのお腹をさすりながら「…お父さん、お母さん」と口を開いていた。

「私、この子には幸せになって欲しいの」

「くいちゃんはすごく…幸せそうだったね」

 それがどの程度両親の心に響いたのかは分からない。
 しかしその後に彼女の夫が「お義父さん、お義母さん、このお菓子すごく美味しいですよ」と玖一達の手土産である菓子を薦めると、ふと空気が和やかになったのはたしかだった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

〜オメガは体力勝負⁉〜異世界は思ってたのと違う件

BL / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:183

【即落ち2コマSS】白雪姫と七人のドワーフ【R18】

umi
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:44

宝珠の少年は伯爵様に責められる

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:9

七人の囚人と学園処刑場

BL / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:193

その杯に葡萄酒を

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:6

(人間不信の悪態エルフ奴隷しか頼れない)追放後の悪役聖女に転生したので

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,236pt お気に入り:223

俺の犬

BL / 連載中 24h.ポイント:426pt お気に入り:296

魔法使いと兵士

BL / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:37

処理中です...