熊の魚

蓬屋 月餅

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2章

6「俺達…今日は大人しくしてよう」

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 額に何かが触れ、彼は目を覚ました。
 冷えた空気の中で感じる柔らかなその感触と温かな香りには充分すぎるほど覚えがあり、彼は目を閉じたままそっと囁く。

「…はよ…くま…」
「おはよう」

 温かく、安心感のあるその声にとろりと目を開けた彼は、すぐ目の前にある大きくて滑らかな『熊』の胸に頬を擦り寄せた。

「…よく寝た…気がする…」
「うん。もう朝というよりは昼の方が近いと思う」
「そうか…そんな時間になってるのか…」

 『熊』は自らの体の近くに置いて温めていた彼の寝間着を広げ、寝具の中で彼に袖を通させる。
 そうしているうちにすっかり目が覚めた彼は、ちゅっと『熊』の頬に口づけてから「いつから起きてた?」とにこやかに尋ねた。

「その様子だと、随分前から起きてたな?」
「うん。いつもより少し遅いくらいに目が覚めて…それからずっと君を見てた。よく寝てて、全く起きそうになかったから」
「だろうな、あれだけすればさすがに。…へぇ、俺のことを見てたのか。そうかそうか、面白かったか?」
「…湯を浴びたほうがいい、沸かしてくる」
「もう、面白かったかって聞いてるのに…なぁ、湯を浴びる前に何か食べない?俺達、朝を食べそこねただろ」
「うん。だけどまずは用意しないといけないし…僕が作っておくから、その間に君は湯を浴びていて。その…やっぱり全部は出しきれてない…と思うから」

 『熊』の言い淀む姿に目を瞬かせた彼は、ふと自分の後ろが綺麗になっていることに気付く。
 昨夜さんざん絡み合った後で疲れ果てて眠ってしまったため、後ろはぐちゃぐちゃになったままのはずだ。
 まさか眠っている間に自分で綺麗にしたとは考えられない。

「く、熊…まさかお前、俺の…」
「…うん、起きなかったから」
「え、本当にお前が…」
「だいぶ出てたと思うけど、中までは確かめてないから…それに赤くもなってたし、湯が沁みるかもしれないけどゆっくり温まった方が…」
「う、うわ!待て、お前、その…後ろを見たのか、明るいところで!?」

 驚きと羞恥にぱっと顔を赤らめた彼は、思わず自分の尻の方へ手をやる。

「…でも、昨日の夜は君の中に入るのに何度もそこを…」
「そ、それとこれとは!だって昨日は暗かったし…」
「今更恥ずかしがるの、あんなに僕のことを煽ってきたのに…同じ君とは思えない」
「だ、誰だって意識のないときにそんなの見られて…その上、触って綺麗にしたなんて聞いたら!は、恥ずかしくもなるよ!」
「別に、可愛かったから大丈夫だよ。赤くなってて可哀想だとは思ったけど…すごく綺麗だし、可愛かった」

 堂々と開き直った様子で言う『熊』に、彼は絶句した。
 これはあまりにも恥ずかしすぎる。
 しかし、彼が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、『熊』は堂々と話し始めるようだ。

「…湯…浴びる…」
「うん」

 彼は寝具の中で寝間着を着終えると、のそりと起き上がって寝台の縁に腰掛ける。
 尻というよりも腰や下半身の筋肉が痛み、動くとだるい感覚がした。

「大丈夫?歩ける?」
「ん、まぁね…熊は?」
「僕も少しだるい…かな」

 彼は快感を追いかける最中ずっと無意識に下半身へ力を入れ続け、『熊』は初めて腰を、それも長い間打ちつけ続けていた。
 どちらも慣れない動きや力を使ったせいで、筋肉痛になっている。

「俺達…今日は大人しくしてよう」
「うん。…何か食べたいものはある?」

 『熊』の問いに次々と今までに食べた料理が脳裏をよぎった彼は急に空腹になり、「そうだな…」と考え込む。
 窓の外は時刻が分からないほどの吹雪になっていて、そばへ近寄るだけで体の芯から冷えていきそうだ。

「なんか温まるようなのがいいな。…あ、この間食べたやつは?あの、香辛料の効いた…」
「だめ、君の体に良くない」
「別に大丈夫だろ」
「辛いものはだめ。温まるものだね、分かった」
「もう…食べたいものは?って聞いてきたのは熊じゃんか…」

 扉に手をかけて待っている『熊』の元へ文句を言いながら向かうと、2人は痛む腰を押さえながら階下の調理場へと降りていった。

ーーーーーー

「…今日からしばらく2人きりで良かったよ。2人して腰を痛めてたら、皆から絶対に心配されたもんな」
「…そうだね」

 外の吹雪は一向に止みそうになく、窓は吹き付ける雪によって時々バシバシと音を立てている。
 湯を沸かすために薪を焚べながら、彼と『熊』は寄り添って暖をとり、細々と会話を交わす。

「はぁ…これからしばらく熊と『巣ごもり』か…悪くないな」
「うん」
「熊」
「なに?」
「俺、幸せだよ」
「…僕も、君といられてすごく幸せだ」

 ふと笑みを溢し、2人はどちらからともなく唇を重ね合わせる。
 パチパチと薪のはぜる音が心地よく、彼は悪戯心が湧いて囁く。

「なぁ、熊…」
「うん?」
「俺、美味かった?」

 唇が触れ合いそうなほどの距離で尋ねられた『熊』は頬を赤らめ、少し間をおいてから頷いた。

「…だよな。いや、分かってはいたんだけど聞いてみたかったんだ」

 愉快そうに微笑む彼に、『熊』はすっと目を細める。

「…これはいいの?」
「なにが?」
「さっきは後ろがどうのって恥ずかしがってたくせに、そうやって話をするのはいいんだ。…そうだね、昨日の夜の君は僕を焚きつけるためにもっと色々言ってたし、それに比べればこんなのは…」
「…もう沸いたな、湯桶に流そうか」
「…逃げたね」
「にっ…逃げたんじゃない!さっきは俺の知らない間に見られて…触られてたのが恥ずかしいって言ったんだ!俺は別に…」

 早口になりながら必死に言い訳をしている彼は、まるで手のうちに捕らえられてピチピチと跳ねる魚のようだ。
 『熊』は優しい笑みを浮かべながら、そんな彼の頬を撫でる。

「分かったから、ゆっくり湯を浴びておいで」
「…うん」
「美味しいご飯、作っておくから」

 『熊』に促されて彼が浴室へ向かうと、湯を沸かしていた外の大釜から樋を伝い、すでに湯桶に湯がいっぱいにはられていた。
 湯気が湯桶の木の香りを漂わせていて、とても良い気持ちになる。

(なるべく早くあがって熊にも湯を浴びさせてやらないとな…あいつもきっと体が汚れて嫌な思いをしてるはずだし)

 彼は湯を1桶、また1桶と全身にかけ、洗い粉で頭からつま先まで洗い残しのないように洗い清めていく。
 時々、湯をかけて体を温めると、その度にだるかった腰回りが楽になる。

(昨日は本当に…気持ち良すぎたな。あそこまでとは思ってなかったから、なんていうか…あんな風になるなんて、未だに夢だったんじゃないかと…あぁもう、ちょっと考えるのをよそう)

 彼は昨夜のことを考えるのをやめようとした。
 しかし、指の間がヒリヒリと痛めば手を固く握りあった時の、胸を洗えば『熊』に舌と手のひらで愛撫された時の光景や感覚を思い出してしまう。
 極めつけはやはり後ろを洗おうと手を伸ばした時だ。
 入り口はわずかに腫れていて、多少湯が沁みて痛む。
 彼は(昨日入ったものに比べれば、指1本くらいなんてことないじゃないか…)と息を吐いてから、そっと自らの中へ指を挿し込んだ。

(ここにあんな大きい熊のが…まだ信じられないよ。だいたい、なんであんなに大きいんだ?前に俺が触ったときはあそこまで大きくなかったはずなのに…はぁ、あいつのは大きすぎるから、ただ動くだけでも俺の『良いところ』に当たるんだな。ゆっくりでも激しいのでも、あれでされたら…)

 彼は頭を振って思い出すのをやめさせようとする。
 これ以上は彼のものが反応し、いたずらに湯浴みの時間を伸ばしてしまうだけだろう。
 意識を逸らそうと彼は中に挿れた自らの指を動かし、放出された白濁を掻き出そうとした。
 だが、どれだけ中を探っても奥から白濁が溢れ出してくる様子はない。

(…?)

 彼が不思議に思いながら指を抜き出して見てみると、そこには若干の白濁が付いているのみで、想像していたものとは全く異なるものがあった。
 指はとっくに白濁に塗れていてもおかしくないはずだというのに。

(熊…!「だいぶ出てたと思うけど」って…昨日は本当に自分ので全部掻き出すくらいヤッたってことか!?そ、そんなまさか…!でもそうでなきゃこんなので済むはずないんだ、もっと沢山出てくるはず…)

(『…すごく綺麗だし、可愛かった』)

(あああぁぁ!!!俺がっ、俺が寝てる間に…!綺麗で可愛い!?嘘だ!すごく汚れてたに違いないのに…大体、なんで起きなかったんだ俺!どうやって綺麗にされたんだ、どれだけ見られたんだ…うわぁぁ!!)

 温まったおかげで体は少し楽になったが、それを上回るほど気疲れしてしまった彼は、なんとか湯浴みと着替えを終える。
 よたよたと調理場へ向かうと、そんな彼の様子を見た『熊』は驚きながら「大丈夫?」と尋ねてきた。

「大丈夫…うん、大丈夫だ…」
「そうは見えないけど…?」

 なかなか顔を合わせようとしない彼が気にかかり、『熊』はどこか痛めたのか、気分が悪いのか、と矢継ぎ早に尋ねてくる。
 気疲れをした本当の理由を口にできない彼は、『空腹だから』と言うことにした。
 事実、昨日の夕食から何も口にしていない彼はとても腹が減っていて、今にもぐぅぐぅと音が聞こえだしそうだ。

「いい匂いだな…」
「うん、もうほとんど出来てる」
「それじゃ熊も湯を浴びてこい…体、ベタベタして気持ち悪いだろ」
「でも…」
「鍵も窓掛けもきちんとかかってるし、吹雪はさっきよりも強くなってきてる。後にしたってどうせ同じなんだから、今浴びてこいよ。俺はここにいるし、なんなら湯を浴びるお前と話でもしようか?」

 彼の提案に、『熊』は頷いて応える。

「なるべく早くあがる」
「いいよ、ゆっくり温まってきな。熊も腰を痛めてるんだから」
「ここにいて、その火加減だけ見ておいて。いいね?」
「分かった」
「薪は取りに行かなくていい、ここにあるだけで足りるから」

 『熊』は何度も彼にここに居るように言い聞かせ、それからようやく浴室へ向かっていった。
 調理場は鍋が火にかかっているおかげでとても暖かくなっている。
 彼は背伸びをしたり、腰を反らせたりして昨夜のうちに痛めた筋肉をほぐしながら火の大きさを見守った。

(「火加減、どう?」)
「うん、大丈夫だよ」
(「そっか、ありがとう」)
「熊、これ、すごくいい匂いがするんだけど…もしかして!」
(「うん、前に君が好きだって言ってたやつだよ。…あ、まだ蓋は取らないで」)
「!」

 彼は鍋の蓋へと伸ばしかけていた手を急いで引っ込める。

「熊…俺のことが見えてる?」
(「…やっぱり。開けようとしてたんだ」)
「だってこんないい匂い嗅いでたらさ…」

 浴室にいる『熊』は時々湯を被る音をさせながらも彼に話しかけてきた。
 彼は会話をしつつ体をほぐし、さらに火加減を見守るという3つのことを同時にしていて、ゆったりしているような、忙しないような時間を過ごす。
 そのうち、湯浴みを終えた『熊』が濡れた髪を浴布で拭いながら調理場にやってきた。

「ありがとう。…うん、もう蓋を開けてもいいよ」
「ほんと!?」
「うん。火傷しないように気をつけて」

 彼が注意しながら鍋の蓋に手を伸ばしてそっと持ち上げると、ふわりと立ち昇った湯気はまず香りを、その次によく煮えた具材を見せる。

「うわぁ!う、美味そう…!!」
「早くよそって食べようか。…上へ持っていって食べる?」
「いや!暖かいし、片付けもすぐできるからここでいいよ!おかわりは絶対するし、いちいちここへ戻ってくるんじゃ…」
「分かった、じゃあそうしよう。そんなにお腹を空かせてるんだね…すぐに用意するから、そこの机で待っていて」
「うん!」

 『熊』が料理を器によそったりお茶を淹れたりしている間、彼はじっとしていることができず、そばをうろついたり机を何度も拭ったりしていた。
 ようやく料理が机までやってくると、彼は待ちきれないというように器へ手を伸ばし、匙を持つ。

「おまたせ。まだすごく熱いよ、気をつけて」
「うん!いただきます…!」
「召し上がれ」

 干し魚の汁物をふぅふぅと冷ましながら口に運んだ彼は、あまりの美味しさに目を輝かせながら満面の笑みを浮かべる。
 その『美味しい』と言わんばかりの表情はお茶を淹れて彼の前に差し出した『熊』にも向けられ、『熊』はくすりと微笑んだ。

「…美味しい?」
「うん、すごく!熊も食べなよ、すっごく美味しいよ!」
「うん…。本当だ、前に作ったよりもずっといい味になってる。君が絶妙な火加減を保ってくれたからだね、具材もよく煮えて味が染みてる…すごく美味しい」
「俺は何もしてないよ、熊がすごいんだって!もーっ、こんなの作れるなんて熊はほんと…すごいよ熊ちゃん!俺、何杯でも食べれる!」

 彼が汁物を次々に口へ運ぶのを見て、『熊』は「ゆっくり食べて」と声をかける。
 机の上にはあの忙しない数日の間に皆で作っておいたおかずもあり、それらも時々口にしながら、彼は汁物を2杯おかわりした。
 鍋いっぱいにあった汁物はすでに2杯分あるかどうかという量になっている。

「ま、まだ食べるの?そんなに入るの?」
「うん、まだまだ入る」
「だけど…夕方、また温めて食べたらどう?もう3杯も食べたし、他のおかずも食べないと」

 『熊』が心配そうに言うと、彼は「そっか、たしかに夕方にも食べたいな…」と呟いた。

「分かった、じゃあこれくらいにしておく」
「うん。…食べ終わったら、お茶とお菓子を持って上へ行こう。その分くらいはお腹に余裕を持たせてね」
「上で?ここの方が暖かいのに」
「そうだけど…でも、食堂が始まれば1日中ずっとここにいるでしょ。こんな時くらいは君と部屋でゆっくりしたくて…」
「く、熊ぁ…」

(そんなこと言うなんて…!だから、さっきも上がどうとか言ってたんだな?寒いのがなんだ、寝台でもどこでもくっついてりゃいいんだ。そこにお茶とお菓子があるなんて最高じゃないか…あぁ、もう、よし、決めたぞ。俺は熊にくっついて離れない)

 彼は口角を上げて目を細めると、目の前の『熊』の頬をキュッとつまむ。

「そうだな、そうしよう。『2人の部屋』でゆっくりしよう」
「…うん」

 そうして朝食とも昼食ともとれる曖昧な食事を終えた2人は、早々に片付けを済ませ、お茶やお菓子、そして湯を入れた容れものを持って2階へと戻った。

ーーーーーー

 すっかり冷え冷えとしている部屋は、どれだけ分厚い服を着ていても関係なく肌を粟立たせる。
 だが、布張りの長椅子の上にあがって身を寄せ合い、肩から足先まで全身を毛布に包んでしまえばそれも気にならない。
 寝台は乱れきったままになっていて、お菓子を食べてゆっくりした後で片付けることにした。

「…手先が冷たいね、やっぱり寒いかな」
「ううん、お茶もあるし毛布に包まってるし…湯もあるから大丈夫だよ。なによりもさ、熊がこうやって触ってくれてるんだから、じきに熱くなるって。俺は熊に触れられると火照ってきちゃうんだ」
「…今日は大人しくするんでしょ」
「まぁ、さすがにな…でも、だからって離れるのは無しだぞ。熊が俺の手を温めて、俺が熊にお菓子を食わせてやる。ほら、口開けろよ」
「ん…」

 彼は焼き菓子を1つ つまみ上げると、『熊』の口の中へ入れる。
 菓子を噛む『熊』に頬を擦り寄せると、彼の耳にもまるで自分が菓子を噛んでいるかのようなサクサクという音や菓子を飲み込む音が響き、不思議な感覚だ。

「サクサクしてて美味そうだな?俺も味見する…」

 彼が『熊』の唇に舌先で触れると、『熊』は少し口を開いてそれに応じる。
 ちゅっちゅっ、という音が響き渡る中、そのまま深く口づけ合うと、彼の口内にも菓子の甘さが伝わってきた。
 『熊』の香り、洗い粉の香り、そして焼き菓子の甘い香りが混ざり合い、心を満たしていく。

「ん…甘いな。だけど、美味いのはお菓子か熊かは分かんない」
「……」
「他のも食う?熊、これ好きそう」
「…これは君が好きそう」
「どれ?ちょうだい」

 彼が口を開けると、『熊』は小振りな砂糖菓子をつまんでその中へ入れようとする。
 菓子が口の中に入った時、彼は『熊』の指先を咥えてちゅっと音を立てさせた。

「…あ、甘っ!こんな小さいのに結構甘いな?お茶お茶…」
「……」
「これ、お茶との相性がすごくいいんだな。たしかに、俺これ好きかも…やっぱり熊は俺の好みがよく分かってるよ、他はどんなのが…」

 彼が何気なく『熊』の方を見ると、『熊』は顔を真っ赤にしてほんの少し体の向きを変える。

「熊?」
「なんでも…ない」
「そうか?熊もお茶を飲めよ、もう飲み頃になってるぞ」
「うん…」
「俺、子供の時からあんまりお菓子とかって縁が無くてさ。なんか、こう…緊張するんだよ、『これ、本当に俺が食べてもいいのかな』って」

 お茶を飲みながら菓子に目を遣る彼を『熊』はぎゅっと抱きしめて「いいんだよ」と語りかけた。

「全部食べていいんだよ、好きなのを好きなだけ」
「熊…」
「この食堂にあるものは全部好きに手を出していいものだから。…お菓子も、料理も、お茶も…なんでも」

 その言葉を聞き、彼は安堵感に包まれる。
 幼少の頃から今まで、彼は食事に対して関心を持つことなく生きてきていた。
 関心がなかったため、魚だけの食卓が続いても、鉱業地域での粗末な食事でも、用意の手間から生野菜をただ齧るだけで済ませたりするのでも構わなかったが、『熊』や食堂の女性達が作る料理を口にした今はそうではない。
 『食事』というものがただ腹を満たすだけのものではなく、それ以上に大きな意味のあることなのだと知った。
 そして、そんな大きな意味のある『食事』を『自由にしていい』と言われるのは、心のどこかで「自分なんかが」と卑下していた自分自身をすくい上げてくれる。

「…俺、いいのか」
「そうだよ、もちろん」
「そっか…」

 『熊』の髪の香りを胸いっぱいに吸い込んだ彼は、身を離しながら「熊がそう言うなら、そうだな!」と笑いながら言う。

「俺の心も体も魂も、全部熊が持ってるんだ。持ち主がそうだって言うんだから、そうじゃないわけないよな?…俺さ、今、本当に居場所はここだなって思い知ったよ」
「離れないと約束したのに、今更?」
「いや、なんていうかさ、『他に行く場所がないから』じゃなくて、『ここが俺の居場所だ』っていうこと。他に行ける場所があったとしても、他には行きたくないんだ。だって『ここが1番だ』って、そう思うもん。熊のところにしか居たくないんだ」
「うん…」
「熊、お前大変だぞ?俺はお前のそばじゃないと生きていられないんだ、精一杯大切にしてもらわなきゃ」
「もちろん」

 『熊』はまた1つ菓子をつまみ上げると、彼に食べさせる。
 そして、今度は彼が『熊』に菓子を食べさせた。
 2つ用意した杯は結局1つしか使わなくなり、焼き菓子や砂糖菓子の並んだ皿は感想を言い合いながら食べ進めてついに最後の1つになった。

「最後の1つ」
「え、俺の方が多く食べたよ」
「いいから」

 最後に残った1つは彼が最も好きだと言った菓子だ。
 「それじゃあ…」と『熊』がつまんでいる菓子を舌の上に載せると、良い香りと程よい甘さが口いっぱいに広がる。
 『熊』はいくつもの菓子を彼に食べさせたことで満足そうだ。
 そんな『熊』を見て、彼はまだ口のすぐそばにある指を歯で挟み込むと、指先をちらりと舐めた。

「…っ!」
「うん?待て、逃げるなって」

 『熊』の手を掴んで引っ込めなくさせると、彼は菓子を咀嚼し、お茶を飲みながら笑顔で言う。

「なぁ、指が甘いぞ。菓子をずっと触ってたからだな…」
「や、やめ…」

 彼は『熊』の指の腹を甘さが感じられなくなるまで何度も舐め、ついには軽く食んだり、吸い付いたりし始めた。

「……っ」
「熊…可愛いやつ…勃ってるぞ」
「…」
「これが…そんなに気に入ったか?」
「……」

 手のひらに口づける彼に、『熊』は「今日は大人しくするんじゃなかったの?」と苦しげに囁く。

「うーん…大人しく『する』の間違いじゃないか?」
「そんな…」
「なぁ、お互い気分がノッてるのに離れるなんて冗談だろ?『大人しく』シようよ…」 

 彼は自分と『熊』の下衣をはだけさせると、座っている『熊』の上に向かい合わせで跨った。
 そそり勃つ2本のものをすり合わせると、そこはどちらも拍動を強め、赤みを増す。
 痺れるような感覚が股の間から背筋、頭の先に至るまでを駆け巡っていった。

「熊…昨日沢山したはずじゃなかったのか…ここ、すごく固くなってるぞ…」
「…こんなことされたら、誰だってそうなるでしょ…」
「ははっ…そうだな…じゃあ触ったらもっと…」

 彼は2本を片手で緩やかに扱い始める。
 こうして比べてみると、たしかに彼のものよりも『熊』のものが大きいことは明らかだ。
 だが、すでにそんなことを気にかける余裕がなくなっている彼は、ただ快感を追いかけて根元から先端までを滑らかな手付きで撫でる。
 手のひらだけでも『熊』の熱を充分に感じられるというのに、自らの敏感なものは今この瞬間、ぴったりと『熊』のものにくっついていて、どれだけ小さな反応だったとしてもそれをつぶさに伝えてくるのだ。
 彼はさらに手を早める。

「なぁ…音がし始めてる…すっごくイヤラシイ音…どっちのからか、もう分かんないな…」
「んん……」

 『熊』が背もたれによりかかると、跨っている彼は半ば『熊』を押し倒している形になり、より密着度が増す。
 そのうち、『熊』は彼の上衣の前を開けさせると、ぷっくりと立っている彼の乳首に吸い付いた。

「はぁぁっ!く、くま…!!」

 昨夜よりも強く吸われたり食まれたりするものの、不思議と痛みはない。
 むしろ、唇で挟み込まれてぐいっと引っ張られた時に感じた痺れは強烈な快感をもたらし、彼の下のものにまでそれが伝わる。
 彼が手を動かしていられなくなると、今度は『熊』が2本同時に扱い始めた。

「や、やめ…それやめろ…おれ、おかしく…んうぅ!!」
「……」
「あっ、だめだって…!で、でちゃ…いやだ、おれ、おまえと…おまえといっしょに…あ、あっ」
「うん…一緒に…」
「あっあっあ、き、きもちい…くまぁ…あぁ、おれ…もう…でる…っ」
「……っ」

 彼が喉元を反らし、『熊』が彼を抱きしめながら強く胸を吸った時、2人の下半身には半分透き通った白濁が飛び散った。
 それらは少しサラサラとしていて、『熊』の腹を時間の経たないうちから下へと流れ始める。
 放った後の余韻から抜け出せない彼をしっかりと抱きしめながら、『熊』は白濁が腹の上を滑る感覚をじっと受け入れた。

「くま…おれ…暑い…」
「うん…汗をかいたね」

 彼が見ると『熊』は額に汗をにじませていて、上気した頬と相まって年上とは思えないほどの幼い雰囲気が漂っている。
 口づけを何度か交わして『熊』の上から降りると、腹に散らばった白濁が『熊』のものへと滑り落ちていて、彼はそれを拭おうと手を伸ばした。

「いい…君はまず衣をきちんとして。風邪を引く」
「う、うん…」

 白濁を先端に滲ませ、平常時に戻りきっていない『熊』のものは、きっと彼が近くを触れるだけでも再び反応を示すに違いない。
 彼は大人しく手を引っ込めたが、視線は『熊』のものから離せずにいた。

(熊の…俺が口でしたら、熊は気持ちいいかな…?)

「どうしたの?」
「あっ…い、いや、汗かいたな…って…」
「うん、また湯を浴びたほうがいいね」

 いつの間にか夕方の時刻になっていて、2人は湯を浴びたら夕食にしてしまおうと決める。
 湯を沸かしている間に昨日から乱れきったままの寝台をようやく片付け、彼が湯を浴びている間に『熊』が調理をし、『熊』が湯を浴びている間は彼が寝具や衣を洗った。

ーーーーーー

「明日は吹雪が止みそうだね」
「そう…なのか?」
「うん。少し勢いが弱まったし、だいたい毎年これくらいで1度止むんだ。そうしたら雪を除けないと…君は中で暖まってて」
「いや、俺もやるよ。子供の頃なら少しやった覚えがあるし…2人の方がいいだろ」
「そう?それじゃあ2人でやろうか、たくさん暖かくして。だから、今日は大人しく…じゃなくて、早く寝る…じゃなくて、えっと…」

 彼は思わず笑い声をあげた。
 『大人しくする』は彼によって別の意味に言い換えられてしまったため、他の言い方を考えているようだが、『早く寝る』も彼の手にかかれば『そういう意味』にされかねない。
 そんな『熊』の考えを察し、彼はにこやかに言う。

「分かってるよ!早く休もう、明日に備えてさ」
「休む…うん、そうだね。雪はとりあえず食堂の前とか、裏の扉のところ、屋根をちょっとすればいいから」
「うん。…明日までに腰がよくなればいいけど。どうかな?」

 彼と『熊』は互いの腰を擦って労りながら、顔を見合わせて笑みをこぼした。
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BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

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