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一 クリスマスケーキの話
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『甘くないケーキを半分こ』
第一章
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「お待たせしましたー。これでラストです」
ジェノワーズを入れた最後のばんじゅうを配送のおじさんに引き渡すと、一時間ほど待たせていた配送のおじさんは急いで荷物を積み込み、雪の降る真っ暗な道を、MTの軽バンをうならせ、走っていった。
先程まで焼成していたジェノワーズの行き先は、県内各地にあるこのパティスリーカタギリが直営している洋菓子店で、それぞれの厨房で生ケーキの土台となる手筈となっている。今の時期はクリスマスケーキだ。
大量生産用の焼き菓子工場、十二月二十四日の午前四時。工場の一週間フル稼働は、そのようにして一段落したのだった。
俺の隣に、一ヶ月前に工場長として就任したばかりの寿人さんがやってきて、作業帽を外した。
「狭山さん。お疲れ様でした。狭山さんがいなければ、僕一人では到底乗り越えられませんでした」
と、彼は早口かつ棒読みで言い、深々と頭を下げた。その一連の動作は何の恥ずかしさも、下々の者に頭をさげる屈辱もない。
その代わりといってはなんだが、感情が一切込められていないため、口にしているはずの感謝も感じられなかった。驚くほど単調で無味乾燥だ。
むしろ、帽子とマスクの間にある隙間から唯一覗かせている目つきはきつく、眼光は鋭く、目が合うと反射的に体が緊張するほどである。
だが、彼がお世辞を言うとは思わず、俺は面食らった。俺は慌てて言った。
「寿人さん。頭あげてください」
俺が彼を寿人さんと下の名前で呼んだのは、ここの上層部はみんな同じ片桐姓だからだ。
いまは亡き会長も、シェフパティシェである社長も、先日までいた工場長のことも、みなが下の名前で呼び合う慣習である。それは従業員も同じだった。
寿人さんはマスクをとった。憔悴しきった顔があらわになる。痩せて眼窩はくぼみ、目の下の隈はひどく、唇は青白く、血の気が引いている。
それでも彼は美しかった。ちょっとみない容色の良さだ。鼻が高く、眉の形がよく、とくに瞳がきれいで、二十五歳にしてはあどけない面立ちをしている。工場の就任挨拶では、女性陣が「退職届、取下げようかな」と本気で思案していた。
長身で細身の体躯に、長い手足、黄金比の頭身は海外のモデルのような肉体美で、食品工場用の白い作業着でどれほど覆ってもそのスタイルは隠せない。
俺も彼も、ここ三日は徹夜だった。休憩をとるどころか、一息をつく暇もなく働き、疲弊しきった頭はずんと重く、お互いにふらふらである。
死にそうな顔をしている寿人さんに、俺は言った。
「寿人さんこそお疲れ様でした。いやー、三徹なんて専門学生ぶりです。しかも雪まで降っちゃって。メリークリスマス!」
というと、寿人さんは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、メリークリスマスと呟いた。そこにメリーの意味である楽しさや愉快さは一切感じられなかった。
第一章
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「お待たせしましたー。これでラストです」
ジェノワーズを入れた最後のばんじゅうを配送のおじさんに引き渡すと、一時間ほど待たせていた配送のおじさんは急いで荷物を積み込み、雪の降る真っ暗な道を、MTの軽バンをうならせ、走っていった。
先程まで焼成していたジェノワーズの行き先は、県内各地にあるこのパティスリーカタギリが直営している洋菓子店で、それぞれの厨房で生ケーキの土台となる手筈となっている。今の時期はクリスマスケーキだ。
大量生産用の焼き菓子工場、十二月二十四日の午前四時。工場の一週間フル稼働は、そのようにして一段落したのだった。
俺の隣に、一ヶ月前に工場長として就任したばかりの寿人さんがやってきて、作業帽を外した。
「狭山さん。お疲れ様でした。狭山さんがいなければ、僕一人では到底乗り越えられませんでした」
と、彼は早口かつ棒読みで言い、深々と頭を下げた。その一連の動作は何の恥ずかしさも、下々の者に頭をさげる屈辱もない。
その代わりといってはなんだが、感情が一切込められていないため、口にしているはずの感謝も感じられなかった。驚くほど単調で無味乾燥だ。
むしろ、帽子とマスクの間にある隙間から唯一覗かせている目つきはきつく、眼光は鋭く、目が合うと反射的に体が緊張するほどである。
だが、彼がお世辞を言うとは思わず、俺は面食らった。俺は慌てて言った。
「寿人さん。頭あげてください」
俺が彼を寿人さんと下の名前で呼んだのは、ここの上層部はみんな同じ片桐姓だからだ。
いまは亡き会長も、シェフパティシェである社長も、先日までいた工場長のことも、みなが下の名前で呼び合う慣習である。それは従業員も同じだった。
寿人さんはマスクをとった。憔悴しきった顔があらわになる。痩せて眼窩はくぼみ、目の下の隈はひどく、唇は青白く、血の気が引いている。
それでも彼は美しかった。ちょっとみない容色の良さだ。鼻が高く、眉の形がよく、とくに瞳がきれいで、二十五歳にしてはあどけない面立ちをしている。工場の就任挨拶では、女性陣が「退職届、取下げようかな」と本気で思案していた。
長身で細身の体躯に、長い手足、黄金比の頭身は海外のモデルのような肉体美で、食品工場用の白い作業着でどれほど覆ってもそのスタイルは隠せない。
俺も彼も、ここ三日は徹夜だった。休憩をとるどころか、一息をつく暇もなく働き、疲弊しきった頭はずんと重く、お互いにふらふらである。
死にそうな顔をしている寿人さんに、俺は言った。
「寿人さんこそお疲れ様でした。いやー、三徹なんて専門学生ぶりです。しかも雪まで降っちゃって。メリークリスマス!」
というと、寿人さんは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、メリークリスマスと呟いた。そこにメリーの意味である楽しさや愉快さは一切感じられなかった。
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