エリート先輩はうかつな後輩に執着する

みつきみつか

文字の大きさ
43 / 396
過去編 ある四月から九月の話(カズ視点)

一 眠れない

しおりを挟む
 数学。二週目の問2を同じ箇所で間違えたことに気づいて、つい力が入って鉛筆の芯が折れた。根元のほうが折れたので、だいぶ削らないといけない。
 自分が情けない。無駄なことをする時間など、一分一秒たりとも、ないのに。
 午前三時。
 男子学生寮はしんと静かだ。起きている人がいなくなり、もう少し経てば起きる人がいる、途切れるような時間に差し掛かる。
 この時間に電動の鉛筆削りは使えない。隣室に響く。
 学生寮は通常は二人部屋のところ、特進科と普通科の大学進学予定者は一人部屋を与えられる。隣も進学予定者の一人部屋だ。
 勉強机の端に置いてあるペン立てのカッターナイフを取る。銀色の刃をかちかちと出していく。
 ノートの上で、左手に持った鉛筆を、右手のカッターナイフで削ぎ落していく。薄くめくれた木くずと黒鉛の粉が落ちていく。
 俺は、中国史上もっとも残酷といわれる処刑方法を思い浮かべる。
 凌遅刑。一九〇五年廃止。光緒帝。伯母は西太后。傀儡。最後は毒殺。ほどなく西太后も崩御。最後の皇帝、愛新覚羅溥儀が即位……。満州事変、関東軍……。
 黒鉛は鉛ではなくて炭素。……これはいらない。第一志望の大学は、英語、国語、地歴または数学。ボローデール山。日本で最初に鉛筆を使ったのは徳川家康。普及したのは明治維新後……。ウィーン万国博覧会。一八七三年……。
 二年生最後の模試で第一志望がC判定だったのは、また体調が悪かったせい。緊張すると胃腸が悪くなる。医者からは精神的なものだといわれている。
 高校受験で全滅したなんて、後にも先にも俺だけだ。滑り止めを含むすべての志望校がA判定だったのに、すべての本番で体調を崩した。トラウマを身体が強烈に覚えている。薬なしに眠れない。
 だが、そろそろ寝なければならない。これ以上は脳の回転に差し障る。人体は繊細かつ合理的にできている。無理を押せばどこかに皺寄せがくる。
 引き出しから薬を出して、机の端のペットボトルの水で飲む。十五分で効く。
 カッターナイフの刃に、勉強机の明かりが鋭く反射する。少しだけ手首の血管に当ててみる。冷たい。
 刃を舌で舐めてみる。唇で挟んでみる。金属の味。ひたひたと刃を味わいながら、取り留めなく考える。体を削られていく感覚に思いを馳せる。縦に刺したり、薄くめくったり。
 もうやめたい。
 月曜日。月曜日は嫌いだ。大嫌いだ。考えるだけで息ができなくなる。最初の失敗が月曜日だったから。
 早く、今すぐにでも人生が終わればいいのに。毎晩眠る前に考えている。二年間考え続けてきた。カッターナイフの刃をかちかちと戻しながら思う。
 実行するなら、日曜日がいい。月曜日が永遠に来ないように。
 やがて朝が来る。来なくてもいいのに。
しおりを挟む
感想 341

あなたにおすすめの小説

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

仕方なく配信してただけなのに恋人にお仕置される話

カイン
BL
ドSなお仕置をされる配信者のお話

処理中です...