42 / 396
4 ある二月の雪の夜
第一部 最終話* 反省していないらしい
しおりを挟む
俺はカズ先輩がやってくるのを待っていた。
成田空港。第二ターミナル、出発ロビー。
チェックインカウンターの近く。
ここにいれば来るだろうと思って今朝早くから待ち伏せしてる。
海外赴任の件は言ってくれなかったし、だから当然約束はしていないし、もちろん見送りに行くとも言ってない。
搭乗二時間前。
遠目に、背の高い、スーツ姿の見慣れた男が、スーツケースを引きながらやってくるのを見つけた。
俺の姿を見止めたカズ先輩は、一瞬驚いた顔をして、踵を返した。
おい、こら。
「カズ先輩! なんで逃げるんですか!」
いつも追っかけてきていたくせにさ。
ふたりとも走る。
出発ロビーはまだ人が少ないし、団体客はまとまって隅っこに寄っているし、だだっ広いので、少々走っていても誰かにぶつかることはない。とはいえ、走っている人などいなくて目立つ。
俺はほぼ手ぶらの私服でスニーカー、カズ先輩はスーツに革靴、でかいスーツケースとビジネスリュックとビジネスバッグも持っている。そんな大荷物なので、すぐに追いついた。
カズ先輩の腕を掴んで、止まらせる。カズ先輩は振り向く。
なんでそんな怯えたような目をしているのかと。涙ぐんでいるし。
「タキくん。……俺、言ってないよね。なんでいるの?」
少しだけやり返せた気分。俺も何度も思ったものだ。なんでいるんだよって。
「葉子さんに聞きました」
「言わないでって言ったのに……」
口止めしたって無駄だよ。
俺とカズ先輩だったら、葉子さんとは俺のほうがすでに仲良しだもんね。っていうか、たぶん口止め前に聞いたね、海外赴任の件。
「見送りに行きたいって言ったら、出発日も調べて教えてくれました。猫缶を貢ぎました」
「葉子、情報漏洩……。俺だって定期的に猫缶と猫グッズ献上してるのに……」
「っていうか、カズ先輩。なんで逃げるんですか? 俺に会いたい会いたいって散々言っていたくせに。俺が会いにきたらそんな態度なんですか」
「だってさ……お別れしたくないよ。こんなの、かならずお別れになる。もうお別れしたくない。嫌だから」
だが逃亡は観念したらしい。
建物の端っこの人のいない空間にふたりで移動する。というか連行。
滑走路を眺められる場所だ。端っこの飲食店のさらに裏側で、通りがかる人もいない。
俺たち以外、誰もいない。
音が遠くて静かだ。
「海外赴任、どのくらい行くんです?」
「……短ければ二年、長ければ五年……」
「あ、結構長いですね。どこへ?」
「バンコク……」
「なんで言わないんですか? そういう大事なこと」
「お別れになったら嫌だから。時々帰ってくるもん。だから会ってほしい……」
「まさか隠し通そうとしたんですか?」
俺は大阪で、カズ先輩は東京という体だから、今の連絡頻度ならしばらくは隠せると思う。
葉子さんがいるから無理か。実際、葉子さん情報だもんね。すぐバレちゃったわけだ。
「隠せるものなら隠したかった……隠せるとも思ってた……お互いに仕事があるし、俺が会いたいって言わなければ、それほど会わないだろうし……」
「そんなの無理でしょ。はあ」
「だって」
駄々っ子みたい。
カズ先輩は諦めたみたいに肩を落としている。視線は足元を泳いでいる。
「俺、タキくんには、幸せになって欲しいよ。君に、心から幸せでいてほしい。……だけど、不幸せにはならないでほしいけれど、俺は身勝手で、本当は、こんなことは全然、これっぽっちも思っていないけど――幸せにならないでほしい……。俺の知らないところで俺の知らないうちに、俺の知らない人と幸せにならないでほしい……。でも、いつか会えなくなる。俺のほうが距離があるって知ったら、タキくんは離れてしまう……」
「ほんとに身勝手ですね……?」
「忘れられないのは俺だもの。会いたいのは俺だけだから……」
「あんなに好き放題したくせに、責任とらないんですか?」
と言うと、カズ先輩はやっと顔をあげる。
誰でも落とせそうなのに、俺以外の誰にも落ちない、縋るような瞳でこちらを見る。
「責任ならいくらでも取るから、君に会いたい。君に会う権利が欲しい……」
俺はめちゃくちゃ考えた。
こんなに考えたことなんかないくらい。
カズ先輩は、俺とは違って家柄もよくていい会社に勤めていて、将来有望で、俺を好きなことなんてカズ先輩の人生にとって何の糧にもならない。
この先のカズ先輩の人生設計を考えると、俺のほうが気が揉めてくるよ。
俺を好きでいる時間の無駄、将来かならず後悔するでしょ。今のうちにすぱっと断ち切って、別々の道を歩んだほうが絶対にいいって。
俺は、仕事は平穏で楽しくて、やっと消耗させられなくて済んで、前向きな気持ちになってる。頑張れば彼女だってできるかもしれないし。うう、諦めたくないなあ……。
だけど、これで終わりにはできない。
「俺は、別に、お別れをしに来たんじゃないです。っていうか言わないなんて、有り得ないんですけど。二年とか、五年とか。バンコクって。なんなの……ちゃんと言ってくださいよ。恋人ごっこしてるんでしょ。その恋人に海外赴任言わないとか。不誠実。嘘つき。後ろめたいから嘘つくしかなくなるんでしょ。言わないのも嘘のうちですよ。いきなりいなくなられるこっちの気持ち、ぜんぜん考えてくれてないじゃないですか」
詰るつもりはなかったけれど、言いたいことを言おうと思ったらつい責める口調になる。カズ先輩に怒りをぶつけるなんて、昔の俺なら考えられなかったな。
「ごめん……」
「……とにかく! ただ単に、見送りに来ただけです。名古屋のときみたいにこれを機に清算しようとは、考えていませんから」
「本当? よかった……」
本当に心配していたらしい。
カズ先輩は安心したように胸を撫で下ろし、柔らかく笑った。
「嬉しいな。じゃあ、純粋に、タキくん、俺のことを見送りに来てくれたんだ……」
「餞別もないです。ただ会いに来ただけ。身一つ」
「かえって嬉しいな」
俺は言った。
「ごっこ遊びだって、続けるつもり……いや、ごっこ遊びって。俺やっぱそういうの苦手……」
「え、やっぱりそういう話? 一旦上げておいて落とす方式?」
「じゃなくて。あのー、ちゃんとしたいというか……俺は、俺のことを好きでいてくれる人と、きちんとした関係を築きたいんです。俺、真剣に考えるんで、ごまかしみたいな関係を続けようとするのはやめませんか……和臣さん」
それを聞いたカズ先輩は、周辺に誰もいないのを確認した上で、俺をそうっと抱きしめる。
名古屋駅でもぜひその配慮をして欲しかったよね。
耳元で囁いてくる。
「好きです。君が好きです。ずっと、ずっと好きでした。俺の恋人になってほしい」
「考えておきます……」
カズ先輩は怒った。
「この期に及んでその返事はなくない? いけるんじゃないかと勘違いしたじゃん」
「だって、俺、無理矢理やられたの、許してないですし」
「う……そうだね。ひどいことをしたね……」
「言っておきますけど、全然納得してません」
「うん。ごめんね……」
「だけど、恋人ごっこより、恋人のほうがいいです。きちんと言ってくれたら、考えるのに。あんなことして、信頼を裏切るなんて、ほんと最低だし、それからもずっと、ズレてることばっかしてるし」
「うん……」
カズ先輩は俺を強く抱きしめて、俺の頭を撫でる。
「きっと、真正面から告白したって、多紀くんなら、頑張って、真剣に考えてくれたね」
「わからないですけど、カズ先輩から言われたら、……応えられる自信はないですけど、だけど、真面目に考えたと思います」
「うん。君の人柄を信じてなかった、何重にも悪いやつでごめん」
「反省してください。誠実になってください」
「うん……約束する……」
でもさあ、俺の恋人がカズ先輩だなんて、いったい誰が想像できるわけ?
この先どうなるんだろ? 男同士だし、バンコク行っちゃうし。恋人って何するの? こんな状況で、今後どうすればいいわけ? なんにもわかんない。理想の恋人像とかけ離れてるし。俺みたいな恋愛初心者にとってハードモードすぎない?
顔を見合わせる。頬を両手で包まれる。間近で見ると、本当に端正な顔立ちだな。柔和で優しそうで、こういう顔に生まれたかったものだ。肌もきれいだし。
ふんわりした笑顔がよく似合う。中身は、受け止めきれないほど激しい。
好きなんだよ。
これが恋かどうかはわからなくても、この気持ちが恋ではなくても、やっぱり、好きなことにはかわりはない。ひどいことされたのも、許してしまいそうになるくらい。
どうせそんなに会わないかもしれなくたって、黙って遠くにいかれるなんて寂しいよ。
ただの先輩と後輩に戻れないなら、新しい関係を作るしかないじゃん。でもこの人に任せておいたら恋人ごっこだのペットだの、ズレてる関係ばっかだし。
「多紀くん。好き。俺が君を幸せにしたい。俺といてほしい。かならず幸せにするから。……俺の次にだけど。君といて幸せなのはまず俺だしね。すぐに帰ってくる。だから」
「じゃあ、待ってます」
「待っていて。多紀くん、好き。大好き。こんな日が来るものなんだな……信じられないや」
「俺もびっくりです……」
「多紀くん。多紀くんは、どうしたら幸せになれる? 教えてほしい。ひどいことしたのも償う。なんでもする……」
俺のほうも、カズ先輩の頬を両手で包んだり、髪を優しく撫でたりしてみる。
なんで触れ合っていると気持ちいいんだろ。やっぱ体かな。どうしようもないな。
「和臣さんに、キスされるのが好きです。気持ちいいので」
「それ、離れられなくなりそう……」
目を閉じながら唇を重ねる。柔らかい。温かい。
でもなんか冷たい。滴が落ちてくる。カズ先輩ときたら、また泣いてる。
仕方のない人だな……。
ひとしきりキスをした後、カズ先輩は名残惜しそうに俺を放し、めそめそ泣きながら、スーツケースの上に置いたビジネスリュックのサイドポケットに手を突っ込んで、何かを取って俺に渡してきた。
「多紀くん。これ持っておいて……」
「なんですか?」
手に握らされたもの。
なにかと思ったら、紛失防止用GPSタグ。ぜんぜん反省してないな、このストーカー野郎。悪いと思ってないんだろうな。
俺は呆れる。呆れつつ笑えてくる。
本来の用途で使うべきでしょ。バンコクで荷物を失くしたらどうするの?
<第一部 終わり。次の章に続く>
成田空港。第二ターミナル、出発ロビー。
チェックインカウンターの近く。
ここにいれば来るだろうと思って今朝早くから待ち伏せしてる。
海外赴任の件は言ってくれなかったし、だから当然約束はしていないし、もちろん見送りに行くとも言ってない。
搭乗二時間前。
遠目に、背の高い、スーツ姿の見慣れた男が、スーツケースを引きながらやってくるのを見つけた。
俺の姿を見止めたカズ先輩は、一瞬驚いた顔をして、踵を返した。
おい、こら。
「カズ先輩! なんで逃げるんですか!」
いつも追っかけてきていたくせにさ。
ふたりとも走る。
出発ロビーはまだ人が少ないし、団体客はまとまって隅っこに寄っているし、だだっ広いので、少々走っていても誰かにぶつかることはない。とはいえ、走っている人などいなくて目立つ。
俺はほぼ手ぶらの私服でスニーカー、カズ先輩はスーツに革靴、でかいスーツケースとビジネスリュックとビジネスバッグも持っている。そんな大荷物なので、すぐに追いついた。
カズ先輩の腕を掴んで、止まらせる。カズ先輩は振り向く。
なんでそんな怯えたような目をしているのかと。涙ぐんでいるし。
「タキくん。……俺、言ってないよね。なんでいるの?」
少しだけやり返せた気分。俺も何度も思ったものだ。なんでいるんだよって。
「葉子さんに聞きました」
「言わないでって言ったのに……」
口止めしたって無駄だよ。
俺とカズ先輩だったら、葉子さんとは俺のほうがすでに仲良しだもんね。っていうか、たぶん口止め前に聞いたね、海外赴任の件。
「見送りに行きたいって言ったら、出発日も調べて教えてくれました。猫缶を貢ぎました」
「葉子、情報漏洩……。俺だって定期的に猫缶と猫グッズ献上してるのに……」
「っていうか、カズ先輩。なんで逃げるんですか? 俺に会いたい会いたいって散々言っていたくせに。俺が会いにきたらそんな態度なんですか」
「だってさ……お別れしたくないよ。こんなの、かならずお別れになる。もうお別れしたくない。嫌だから」
だが逃亡は観念したらしい。
建物の端っこの人のいない空間にふたりで移動する。というか連行。
滑走路を眺められる場所だ。端っこの飲食店のさらに裏側で、通りがかる人もいない。
俺たち以外、誰もいない。
音が遠くて静かだ。
「海外赴任、どのくらい行くんです?」
「……短ければ二年、長ければ五年……」
「あ、結構長いですね。どこへ?」
「バンコク……」
「なんで言わないんですか? そういう大事なこと」
「お別れになったら嫌だから。時々帰ってくるもん。だから会ってほしい……」
「まさか隠し通そうとしたんですか?」
俺は大阪で、カズ先輩は東京という体だから、今の連絡頻度ならしばらくは隠せると思う。
葉子さんがいるから無理か。実際、葉子さん情報だもんね。すぐバレちゃったわけだ。
「隠せるものなら隠したかった……隠せるとも思ってた……お互いに仕事があるし、俺が会いたいって言わなければ、それほど会わないだろうし……」
「そんなの無理でしょ。はあ」
「だって」
駄々っ子みたい。
カズ先輩は諦めたみたいに肩を落としている。視線は足元を泳いでいる。
「俺、タキくんには、幸せになって欲しいよ。君に、心から幸せでいてほしい。……だけど、不幸せにはならないでほしいけれど、俺は身勝手で、本当は、こんなことは全然、これっぽっちも思っていないけど――幸せにならないでほしい……。俺の知らないところで俺の知らないうちに、俺の知らない人と幸せにならないでほしい……。でも、いつか会えなくなる。俺のほうが距離があるって知ったら、タキくんは離れてしまう……」
「ほんとに身勝手ですね……?」
「忘れられないのは俺だもの。会いたいのは俺だけだから……」
「あんなに好き放題したくせに、責任とらないんですか?」
と言うと、カズ先輩はやっと顔をあげる。
誰でも落とせそうなのに、俺以外の誰にも落ちない、縋るような瞳でこちらを見る。
「責任ならいくらでも取るから、君に会いたい。君に会う権利が欲しい……」
俺はめちゃくちゃ考えた。
こんなに考えたことなんかないくらい。
カズ先輩は、俺とは違って家柄もよくていい会社に勤めていて、将来有望で、俺を好きなことなんてカズ先輩の人生にとって何の糧にもならない。
この先のカズ先輩の人生設計を考えると、俺のほうが気が揉めてくるよ。
俺を好きでいる時間の無駄、将来かならず後悔するでしょ。今のうちにすぱっと断ち切って、別々の道を歩んだほうが絶対にいいって。
俺は、仕事は平穏で楽しくて、やっと消耗させられなくて済んで、前向きな気持ちになってる。頑張れば彼女だってできるかもしれないし。うう、諦めたくないなあ……。
だけど、これで終わりにはできない。
「俺は、別に、お別れをしに来たんじゃないです。っていうか言わないなんて、有り得ないんですけど。二年とか、五年とか。バンコクって。なんなの……ちゃんと言ってくださいよ。恋人ごっこしてるんでしょ。その恋人に海外赴任言わないとか。不誠実。嘘つき。後ろめたいから嘘つくしかなくなるんでしょ。言わないのも嘘のうちですよ。いきなりいなくなられるこっちの気持ち、ぜんぜん考えてくれてないじゃないですか」
詰るつもりはなかったけれど、言いたいことを言おうと思ったらつい責める口調になる。カズ先輩に怒りをぶつけるなんて、昔の俺なら考えられなかったな。
「ごめん……」
「……とにかく! ただ単に、見送りに来ただけです。名古屋のときみたいにこれを機に清算しようとは、考えていませんから」
「本当? よかった……」
本当に心配していたらしい。
カズ先輩は安心したように胸を撫で下ろし、柔らかく笑った。
「嬉しいな。じゃあ、純粋に、タキくん、俺のことを見送りに来てくれたんだ……」
「餞別もないです。ただ会いに来ただけ。身一つ」
「かえって嬉しいな」
俺は言った。
「ごっこ遊びだって、続けるつもり……いや、ごっこ遊びって。俺やっぱそういうの苦手……」
「え、やっぱりそういう話? 一旦上げておいて落とす方式?」
「じゃなくて。あのー、ちゃんとしたいというか……俺は、俺のことを好きでいてくれる人と、きちんとした関係を築きたいんです。俺、真剣に考えるんで、ごまかしみたいな関係を続けようとするのはやめませんか……和臣さん」
それを聞いたカズ先輩は、周辺に誰もいないのを確認した上で、俺をそうっと抱きしめる。
名古屋駅でもぜひその配慮をして欲しかったよね。
耳元で囁いてくる。
「好きです。君が好きです。ずっと、ずっと好きでした。俺の恋人になってほしい」
「考えておきます……」
カズ先輩は怒った。
「この期に及んでその返事はなくない? いけるんじゃないかと勘違いしたじゃん」
「だって、俺、無理矢理やられたの、許してないですし」
「う……そうだね。ひどいことをしたね……」
「言っておきますけど、全然納得してません」
「うん。ごめんね……」
「だけど、恋人ごっこより、恋人のほうがいいです。きちんと言ってくれたら、考えるのに。あんなことして、信頼を裏切るなんて、ほんと最低だし、それからもずっと、ズレてることばっかしてるし」
「うん……」
カズ先輩は俺を強く抱きしめて、俺の頭を撫でる。
「きっと、真正面から告白したって、多紀くんなら、頑張って、真剣に考えてくれたね」
「わからないですけど、カズ先輩から言われたら、……応えられる自信はないですけど、だけど、真面目に考えたと思います」
「うん。君の人柄を信じてなかった、何重にも悪いやつでごめん」
「反省してください。誠実になってください」
「うん……約束する……」
でもさあ、俺の恋人がカズ先輩だなんて、いったい誰が想像できるわけ?
この先どうなるんだろ? 男同士だし、バンコク行っちゃうし。恋人って何するの? こんな状況で、今後どうすればいいわけ? なんにもわかんない。理想の恋人像とかけ離れてるし。俺みたいな恋愛初心者にとってハードモードすぎない?
顔を見合わせる。頬を両手で包まれる。間近で見ると、本当に端正な顔立ちだな。柔和で優しそうで、こういう顔に生まれたかったものだ。肌もきれいだし。
ふんわりした笑顔がよく似合う。中身は、受け止めきれないほど激しい。
好きなんだよ。
これが恋かどうかはわからなくても、この気持ちが恋ではなくても、やっぱり、好きなことにはかわりはない。ひどいことされたのも、許してしまいそうになるくらい。
どうせそんなに会わないかもしれなくたって、黙って遠くにいかれるなんて寂しいよ。
ただの先輩と後輩に戻れないなら、新しい関係を作るしかないじゃん。でもこの人に任せておいたら恋人ごっこだのペットだの、ズレてる関係ばっかだし。
「多紀くん。好き。俺が君を幸せにしたい。俺といてほしい。かならず幸せにするから。……俺の次にだけど。君といて幸せなのはまず俺だしね。すぐに帰ってくる。だから」
「じゃあ、待ってます」
「待っていて。多紀くん、好き。大好き。こんな日が来るものなんだな……信じられないや」
「俺もびっくりです……」
「多紀くん。多紀くんは、どうしたら幸せになれる? 教えてほしい。ひどいことしたのも償う。なんでもする……」
俺のほうも、カズ先輩の頬を両手で包んだり、髪を優しく撫でたりしてみる。
なんで触れ合っていると気持ちいいんだろ。やっぱ体かな。どうしようもないな。
「和臣さんに、キスされるのが好きです。気持ちいいので」
「それ、離れられなくなりそう……」
目を閉じながら唇を重ねる。柔らかい。温かい。
でもなんか冷たい。滴が落ちてくる。カズ先輩ときたら、また泣いてる。
仕方のない人だな……。
ひとしきりキスをした後、カズ先輩は名残惜しそうに俺を放し、めそめそ泣きながら、スーツケースの上に置いたビジネスリュックのサイドポケットに手を突っ込んで、何かを取って俺に渡してきた。
「多紀くん。これ持っておいて……」
「なんですか?」
手に握らされたもの。
なにかと思ったら、紛失防止用GPSタグ。ぜんぜん反省してないな、このストーカー野郎。悪いと思ってないんだろうな。
俺は呆れる。呆れつつ笑えてくる。
本来の用途で使うべきでしょ。バンコクで荷物を失くしたらどうするの?
<第一部 終わり。次の章に続く>
326
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる